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ヘルタースケルター

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  • 岡崎京子
  • 1200円
  • ビートルズには珍しく激しいリズムをもった曲の名前をタイトルとした本書は、とりわけ雑誌掲載時から傑作と評判が高かったものだ。

メディア芸術祭で「マンガ部門」というのがある。今年の大賞は「カジムヌガタイー風が語る沖縄戦」。社会派なテーマでドキュメンタリーの雰囲気もする(実際読んでいないけど)作品だ。そして優秀賞が「ヘルタースケルター」である。「整形に整形を重ねて生きる、ひとりぼっちの女の子の戦慄がはしる落ち方」という解説がついていた。

受賞作品は「展示」されていてその場で読める。この作品は以前から気になっていたのでいい機会だった。まったく内容を知らないでいたので、意外なお話だった。主人公りりこは整形によって美しくなった。しかしその身体を維持していくのには膨大なメンテナンスフィーを要した。このあたりは特に新鮮味は感じないが、その世界観と破滅への(まさに)戦慄はものすごい。

芸能界という視聴者から見える世界。美容という欲望商品への魅惑。TV消費社会の残酷さ。これらのテーマが絶妙に合わさった迫力ある作品だ。とくに「見せる側」と「見る側」の交換可能性というものが興味深い。芸能人はもはや遠く憧れの存在ではない。いつでも近づけるような親近感を持つことも出来るし、僕らは既に街中で「見られていないかも知れない」という恐怖を味わうようにすらなっている。

誰もが(お金さえ払えば)美しくなれる。自分を変えることが出来る。その先にどんなリスクがあろうとも、変われる自分への盲目的な欲望というものがある。僕らはTVや雑誌で芸能人を揶揄しながら、自分の生活に引き寄せて矮小化する。瞬間・瞬間に芸能人という「商品」を消費している。それが人間としてリアルな存在であったことを理解しつつも、同時に消費することへも慣れている。

これらの相反する行動は、自分が商品となることへの倒錯した憧れをつくっているように思う。人間として扱われる以前に「人間という商品」となって店頭に並ぶことをまず望む。扱われない商品は存在していないことと同義なのだ。そして商品となった自分は、同じように消費されることを望むのだが、その先の破棄までは想像し難い。

だが一方で、はじめから破棄されることを意識し、一時のゲームとして振る舞うことを可能としている人もいる。この作品で登場する若手アイドルだ。はじめから美しさを手に入れ、商品であることが普通である人生。むしろ商品からの解放に憧れを抱く。

これらは、2つの立場がつねに交換可能性をもっているのにも関わらず、当事者には選択の余地が見えないという困難さがあって興味深いテーマだ。一気に読んでみたが、後から不気味さが響いてくる。2004-03-07/k.m

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カテゴリー-マンガ,社会