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ピアニスト

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  • 仏=オーストリア/ヘラルド
  • 監督・脚本:ミヒャエル・ハネケ
  • 製作:ミヒャエル・カッツ/イヴォン・クレン
  • 原作:エルフリーデ・イェリネク
  • 撮影:クリスティアン・ベアガー
  • 出演:イザベル・ユペール/ブノワ・マジメル/アニー・ジラルド/アンナ・ジーガレヴィッチ/スザンネ・ローター/ウド・ザーメル

昨年のカンヌでグランプリと主演女優・男優賞を獲得した注目作。中年に差し掛かった今も母親に束縛されるピアノ教授のエリカが主人公。ピアノ演奏が流れる中、屈折した主人公の変質的な愛を痛切に描いています。


前回「ぴあ」のPFFで観た「ベニーズ ビデオ 」はインパクトがあった。ただ、物語の内容というよりも、主人公の行動から見えてくる監督の「人間」に対する冷徹な眼差しに衝撃的なものを感じた。黒沢清の作品に出てくる「人間」にも、得体の知れない恐怖を感じる。けれどハネケ作品に感じる恐怖は、都市生活者に表れる欲望の深さが、他者性の不在という次元ではなく、誰しもが所持している領域かもしれないという「あたりまえの倒錯さ」ぶりに対してだ。

「観察」という視点で僕ら観客に強いられる「倒錯さぶり」の数々は、残酷さや不条理感などを脱色させ、日常のなかに存在する他愛もない均質さにつつまれた「滑稽なモノ」として現前する。それが監督の狙いなのかは定かではないが、有る意味とても暴力的な行為ではないだろうか。なぜならそこには、擬似的なりにも「倒錯」を内在させる作用があり、「痛さ」をマヒさせる危険性すら感じてしまうからだ。もはや「映画」の悪影響などという、マスコミの感情的な分析を遠のかせてしまうくらい「リアル」に危険性を与える恐怖感。

実はこれが単なる「演出レベル」の分析であって、真に危険な表現など何処にでもあるし、何処にも無いとも言える。あらゆる表現が恣意性を持ち受け止める側へ発信されようと、それが「文化」だという分別を持っているのが今の「現実」なのである。全てが記号的に解釈され、それらへ無意識に「操られている」一方で、したたかに演じている自分を「認識」しているのが現代人の倒錯ではないだろうか。この映画はそのことを鋭くえぐり出し僕らの前へ差し出しているのだ。みんな乖離しているのだと。どこかで知りながら演じているのだと、そう言われている様な気がした。2002.02.23k.m


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カテゴリー-映画