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ネバーソープランド

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  • ネバーソープランド
  • 小林エリカ
  • \1,000
  • 河出書房新社
  • 2001

都市は時として巨大な郊外のように存在する。そんな時はどこへ行っても疎外感を覚える。匿名な自分の姿へ圧迫を感じる。落ち着ける場所が見つけられず戸惑う。疲労と緊張が交互に押し寄せる。知っているようで見たことのない風景。自分を受け入れる何者も存在しないという閉塞感。このように自らを追いつめていく意識はどこから来るのだろうか。さっきまで背景だったものへ意識過剰になっていく。この小説を読んでいるとそんな息苦しさを思い出した。

医療廃棄物の油と煙に部屋を汚染され、身体をねばねばとさせる・・。主人公はウェンディーごっこに夢中だ。それは身体をきれいに保つあそび、子供のように無垢な結晶として。

しきりに繰り返される「性的である自分をどう受け入れるか」ということよりも気になってしまうのは、もしもこのまま時代が発展を遂げていったら、こんな老人夫婦(そう見えた)は存在しているかもしれないという事。いや、僕らのような世代が年をとったらそうなっているかも知れない。世代という枠を自らはめたがるのがこの国の習性なら、世代特有の物語を維持する方が困難だ。旦那さんの、奥さんの、お母さんの、パパの、、。特定の世代が送る、特定の物語。そんなものに普遍があったら恐ろしいではないか。この主人公がそれを物語っている。

想像の自由と、再現力の飛躍的な向上。この両者によって、今や「惨たらしさ」や「気持ち悪さ」にルールはなくなった?。乙女ちっくな口調でホラー映画のようなスプラッター場面を、ただの場面として消化できるのだから。簡単に・・「部屋の中で白鳥にレイプされ、内蔵が飛び散って」しまうのだ。

主人公の想像したネバーランドは意識のない世界なのか、欲望を超越した世界なのか、あるいはまったく逆の世界、おぞましくどん欲な・・。ああ、追求したって頭がおかしくなりそうだ、でも笑えます(やっぱりね)。2003.01.05k.m


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