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サイト・グラフィックス展

  • 会期: 2005年1月20日(木)〜4月10日(日)
  • 会場: 川崎市市民ミュージアム・ギャラリー

昨年、多摩川駅近くにあるart & river bankでの片山博文展をみてその後、深川雅文さんによるサイト・グラフィックスという概念を知り現代写真に興味を持ち始めた。そして今年この展示が開かれ今日、川崎市市民ミュージアムへ行きオープニング・トークショーにて深川さん本人からレクチャーを受けることが出来た。しかもart & river bankを主催している美術評論家の杉田敦さんとのトークショーだった。

会場はイスのないカーペット敷きに60人が車座になって入るこじんまりとしたものだった。満員だが静かな雰囲気で、きっと写真を勉強しているのだろうと思われる学生風の人が多かった。深川さんは私のすぐ脇にあったPCに移動してきてサイト・グラフィックス論なるものを説明した。内容は昨年、「カメラ・オーストリア」にて行われたシンポジウムの翻訳を雑誌で読んでいたのだがほぼそれと同じだった。岡田紅陽と野口里佳における風景写真の変容についての解説からはじまるものだ。

ランドという言葉が国家とかの象徴的な意味合いを含むことに対して、サイトは歴史的な意味をはぎ取られた中性的な「場」として定義されている。東西冷戦の崩壊。その後の無秩序な民族紛争。ポストモンダンの差異の戯れ。相対化させられる物事・・。90年以降世界が直面した歴史概念の崩壊から生まれた動きを写真表現にもなぞらえ、風景写真から横断的に日本の現代写真を捕らえるための補助線として提案された概念ではないか。

杉田敦さんは文脈としては分かるが、風景写真に結びつけるあたりや、作家の手法へ共通のイデオロギー喪失を見出すことへは疑問を持っているような発言だった。そして自らが主催しているart & river bankで行われた展示作品に対して覚えた面白みを伝えていた。特に原田晋さんの作品の解説が興味深い。そこではTV画像がかなりのピンボケにより撮影され、しかも対象は無秩序にピックアップされているのだ。

杉田さんは、写真を学ぶ学生には教科書のようにされているロラン・バルトの「明るい部屋」から「写真には志向される対象が必ず存在する」という言葉を引いた。けれど原田さんのような作品には向かうべき対象が実在しているものではなく、TVに移されたイメージであり、そのイメージの向こうですら、リアルが存在しているとは限らないことを示した。

二人のトークショーは何れもコンテンポラリーな感覚を拾い上げる付箋であることには違いないのだろう。文学や映画、思想や建築の世界でもおこっている動きになぞらえて日本の現代写真を解説してくれる深川さんのサイト・グラフィックス論は、作品が感覚にうったえるものと、その構造を分析するパースペクティブ的な楽しさを同時に味わえる意味でとても興味深い。一方、若手写真家のずれた視点へスポットを与える杉田さんは、作品の力強さを様々なチャンネルで切り取ってくれる明快さがあった。

残念ながらパンフレットがなかったのだが、まだ始まったばかりのため間に合っていないのだろうか。それにしてもこの場所は不便すぎる。しかも菊竹清訓さんの設計されたこの空間は展示には不便ではないか・・。ルイス・ボルツの「夜警」という作品はまるでヴェンダースのエンド・オブ・バイオレンスのようだった。2004-01-23/k.m


カテゴリー-展示写真