わたしたちに許された特別な時間の終わり


  • 著:岡田 利規

●三月の5日間

週刊ブックレビューで紹介されていた。この番組は毎週自動録画しているのだけど、月に1回くらいしか見ていなくて、かといって4回分まとめて見ているわけでもなく自動で上書きされるモード設定なので、たまたま見た週がこれだった。

この番組の面白さの一つに世代間ギャップがあって、それはまるで絵に書いたように典型的であり繰り返しだ。40代以下の紹介者が純文学系を取り上げるのに対して、団塊世代が必ず反発する。「自分の趣味だったら一生買っていなかった」から始まり、若者のナイーブで怠惰な面へ眉をひそめる。

この小説は911テロを受けたアメリカがイラクに戦争を仕掛ける前夜、ライブハウスで知り合った男女がそこから5日もの間ラブホテルにこもり、「あ、始まったんだねやっぱり戦争」・・と無為の時間を過ごす話だ。

戦争とラブホテルが関係しているのはある意味必然で、ライブといっても外国人アーティストがフリートークを行うもので、戦争の話題がカジュアルに行われていた。

バカらしいとか、気恥ずかしいとか、それがリアリティを持てないことを暗黙のコンプレックスとするように、政治的な話題をカジュアルに議論できない 日本において、その空間だけは特別だった。渋谷で行われていたデモも話題になった。

団塊世代:ホテルにこもる時間があったらデモに参加すべき!。

40代:その読みは一番避けられるべき誤読!。彼らの行為(ホテルにこもる)こそがある意味でデモのようなもの。

その後も平行線なままこの本についての話題は終わり、特にほりさげるでもなくいつものユルい加減を維持しつつ番組は終わった。自分が読み終わってどちらの紹介者へも共感している訳でもないが、面白かったことは確か。先日読んだ福永信にも通じる。

自意識過剰で妄想癖の強い僕らはあらゆるチャンネルを持っている。それは情報とメディアの濃さに応じて立ち上がる複数の自分を持っていることだ。一方、大人たちは自己というものが一本の大樹のようなものであり、そこから枝のように性格が分岐しているものだと信じたがる。

僕らは自身について、完全に理解する事など出来ないのだと知っている。複数の自分へ付き合い疲弊し、その困難さゆえに過剰に防衛し、 一方で無防備になってしまうのかも知れない。そんな事がたくさん書いてある小説。200-09-07k.m


●わたしの場所の複数

ワンシチュエーションの映画を見ると演劇みたいだと思い、戯曲を読んでいると台詞ひとつにも舞台俳優の張り上げる声が浮かぶようだ。この小説はそのどちらでもない体験を与えてくれるもので、例えば今日の帰りに電車のなかでボーッとしていた自分は、明日の午前中に打ち合わせ資料を準備する姿を思い浮かべていた。

そして午後の打ち合わせで話すことを考えながら、こうして落ち着いた態度でむかえたのも準備が整えばこそで、そうは言っても事務所でバタバタしちゃったのはS君が要因してもいた。そもそも彼の作業ペースに対し、どのように向えばこっちの予定にあうのかを考えさせられる時点でそのペースにはまったことを意味してもいて、彼を基準に自身を矯正しているかのような煩わしさに襲われる。

打ち合わせを終え帰宅ラッシュにまみれながら事務所へ戻ってくる間も、次の打ち合わせがまったくノーマークだったことを思い出し、もちろんそれは自覚的なことだった。そんな風に気づかないフリをしていた自分の逃避的行動へ反省の念と、そうした「迂回」を避けられないほど忙しさが深刻なんだよと言いたい気分を押えながら疲れがまた膨らんでいくのをただ見過ごすだけだった。

帰りの電車では明日の作業をリフレインさせながら、これは昨日の事だったか果たしてこの既視感はいつからのものか分からなくなり、こんな繰り返しは別に嫌いじゃなかったりするのだけどこうして階段を上がる体は明らかに疲れていた。

・・とその時点で今は昨日なのか、さっき電車を降りたときのことだったのか、今こうして今日の帰りに電車のなかでボーッとしていた自分を思い出していただけなのかもはや不明だった。

この小説にはそんな思考する自分が同時に複数存在しているのだという、ごく当たり前な感覚を人へ伝えようとすることの困難さと、いともリアルにそれを表現してしまっているスゴさへ驚きのとが同時に作用して、変な日記を書かせてしまっているのだった。

だから普段、面白い小説に出会っても人にオススメすることは余りしないのだけれど、少なくともここ最近この小説を読んだ人がいれば、直ちにお互いの感想を聞きだしたい気分に駆られた。200-09-10k.m


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最終更新:2009年11月12日 01:05