空はどこまでも黒く、大地はどこまでも白い新世界。そこで、2組6人の少女達がにらみ合う。
ネコミミスト、爆弾、ツキノン。散っていった幾多の魂を背負い、戦いに終止符を打つために全力を尽くす三人。
666、管理人、読み手。それぞれの目的のために、ラスボスとして立ちはだかる三人。
「さて……。」
666が、一歩前に出る。
「ここまで来て、語ることももはやあるまい。君たちが生き残るか、我々が生き残るか。
最後のバトルロワイアルを始めようじゃないか。」
666の言葉を受けて、おのおの戦闘態勢を取るネコミミストたち。
だがその気勢を削ぐように、ふいに666は「ああ」と気の抜けた声を漏らした。
「これは君たちに渡しておこう。ほら、受け取りたまえ。」
666が無造作に放り投げたものは、繋ぎ師の遺体。それを受け止めようと、ネコミミストは手を伸ばす。しかし……。
繋ぎ師の体がネコミミストの腕の中に収まる直前、666の放ったブラッディーダガーがその体を蜂の巣にした。
「何を……何をやっているんだ666ゥゥゥゥゥ!!」
「何を……? 挑発さ。」
白と金の鎧を繋ぎ師の血で染め、体を震わせながらネコミミストが叫ぶ。666はその叫びに、こともなげに応えた。
「あなたは……お前はどこまで罪を重ねれば気が済むんだァァァァァ!」
ネコミミストは、なおも叫ぶ。
その時、不思議なことが起こった。
「これは……!」
ネコミミストの目の前には、二つの珠が浮かんでいた。それこそ創世王の証、キングストーンである。
繋ぎ師の体に埋め込まれていたはずのそれが、突然飛び出してきたのだ。
とまどうネコミミストに向かって、キングストーンは宙を滑るように近づいていく。
そして、その体内に吸い込まれるように消えた。
「……!!」
ドクン、とひときわ強く心臓が脈打つ。ネコミミストの体内で、キングストーンが淡い光を放つ。
それに共鳴するかのように、彼女のデイパックからいくつかの支給品が飛び出した。
カブトゼクター、ハイパーゼクター、オーガドライバー、カイザギア、ベルデのデッキ、コーカサスゼクター。
いずれも仮面ライダーへの変身アイテムだ。
さらに爆弾の持っていた龍騎のデッキと、ツキノンが持っていたシザースのデッキまでそれぞれのデイパックから飛び出す。
出揃った変身アイテムは、次々とキングストーンに吸い込まれていった。
「うああああ……!」
急激に自分の体が作り替えられていく感覚に、ネコミミストは苦悶の声をあげる。
あまりの長さにしびれを切らした読み手が攻撃を仕掛けようとするが、それは666に止められた。
やがて、うめき声がおさまる。ネコミミストは目の前にいる三人の敵をキッと見据えると、力強い声で叫んだ。
「変身!!」
一瞬の発光。次の瞬間には、ネコミミストは新たな姿に生まれ変わっていた。
ベルトには二つのキングストーン。
白い素体の上に黄金の鎧を重ねたようなデザインのボディー。
右肩には黒龍、左肩には炎龍。
両腕には計八つの宝玉が埋め込まれ。
手にする武器は斬鉄剣の鋭さとドラゴンころしの破壊力を併せ持つ、十字架を模した剣。
背後には黒いマントをはためかせ。
顔つきはライダーでありながら、どこか強化外骨格を思わせる。
そして頭上には、ネコミミが燦然と輝いていた。
「天が呼ぶ! 地が呼ぶ! 人が呼ぶ! 悪を倒せと私を呼ぶ!
ズバッと参上、ズバッとぶっちぎり! 我こそは牙なき者の剣、仮面ライダーネコミミスト!!」
繋ぎ師からライダーロワの全てを託されて誕生した最終最強の仮面ライダー、仮面ライダーネコミミストは、高らかに名乗りをあげた。
「素晴らしい……。素晴らしいよネコミミスト! ゴルディオン・スバルだけでも最終回前のパワーアップとしては十分だというのに、さらにもう一段上に到達するとは!」
愛しき人の新たな姿を目の当たりにして、666は歓喜の声をあげる。
「余裕ですね、黒猫さん……。これであなたの勝率はさらに低くなったんですよ?」
「もとよりあなた達に勝利を味わわせるつもりもないが。」
ツキノンと爆弾が、じりじりと距離を詰める。だが、666は余裕の笑みを崩さない。
「悪いが……。私の相手はあくまでネコミミストだけだ。管理人!」
「ああ!」
666の合図で、管理人がスッと手を挙げる。その瞬間、その場に立っているのはネコミミストと666だけになった。
「これは……! 666! 二人をどこにやった!」
「どこにもやっていないよ。ツキノンも地図氏も、ついでに管理人と読み手も、すぐそばにいる。
だが、こちらからの干渉は不可能だ。紫の境界を操る能力と、ギガゾンビの亜空間破壊装置の合わせ技だよ。
我々は同じ次元にいるが、その間に次元の壁が出来ているためにお互い干渉できない。」
「なぜだ……。なぜそこまで私と戦うことにこだわる! そんなに私が憎いのか!」
ネコミミストの鋭い視線に射抜かれ、666はゆがんだ笑みを浮かべる。
「憎い? 見当外れもいいところだよ、ネコミミスト。」
「だったらなんで……!」
「それは私を倒して聞き出すんだな!」
「そうか……。ならば、ここで終わらせよう、666!」
「来い、ネコミミスト!」
長く辛い戦いのロードも、ここが終着。本当に最後の戦いが、これより始まる……。
◇ ◇ ◇
隔離された空間の中、ツキノンは読み手バクラと戦っていた。
「この終盤も終盤のクライマックスに新キャラ、しかもパロロワ関係者ですらない版権キャラが出張るなんて!
空気を読んでないにも程があるのです! さっさと退場しなさい!」
「ひゃははははははは!! てめえがひとのこと言えるのかよ! 最終決戦に入ってから正体判明したてめえがよ!」
ツキノンはGRトラペゾヘドロンを振るい、読み手は体術で応戦する。しかし、彼女たちはお互いにまだ一撃も有効打を与えられていなかった。
読み手は全てを読む能力を使い、ツキノンの攻撃を読む。対するツキノンはGRトラペゾヘドロンからニュータイプ並みと言われる言葉の直感を引き出し、攻撃を回避する。
戦いは何の進展もないまま、むなしく時間を消費していった。
(このままでは埒が開きませんね……。読まれても対処のしようがない攻撃で攻めなければ……。)
そう考えたツキノンは、GRトラペゾヘドロンからショベルカーを取り出した。
「待てやコラァ! この最終決戦でネタに走ってんじゃねえ!」
「ネタではないのです! これぞギャルゲロワの伝家の宝刀!」
読み手のツッコミを一蹴し、ツキノンはショベルカーに乗り込んで突進する。
「冗談じゃねえぞ、まったく!」
悪態をつきながら、読み手はデザートイーグルを連射する。だが、弾丸は全てショベルカーに弾かれてしまった。
「無駄だ、読み手! この機械に銃は効かない!」
微塵も怯む様子を見せず、ツキノンは読み手を轢き殺さんと突進を続ける。
「ちくしょう! このバクラ様があんなネタ支給品に負けられるかよ!」
口では強がりつつも、読み手は焦っていた。シークレットトレイルは、666が管理人に与えてしまった。
自分が持つ唯一の武器はデザートイーグルだが、それが通用しないのはたった今証明済み。素手で戦うなんて選択肢は、自殺行為以外の何物でもない。
「何か、何か手はねえのか!」
(苦戦しているようですね、バクラ。)
苦悩する脳内に、突如として別の声が響く。
(何だ、K.Kか? まだ意識が消えてなかったのか……。悪いが、今はてめえの恨み言を聞いてる場合じゃねえんだよ!)
(いや、恨み言なんて言う気はありませんよ。
確かに体を乗っ取られたことは屈辱ですが、君の乱入という大義名分があるおかげで、読み手の私が大手を振って物語に干渉できる。
多少とはいえ感謝の気持ちを抱いているぐらいです。)
(ああ、そりゃどうも。それで、恨み言じゃねえなら今更何の用だ?
邪魔にしかならねえんだから、おとなしく寝てろ!)
全力で走り回りながら、バクラはK.Kに毒づく。
(バクラ、こんな言葉を知っていますか? 『一人一人では小さな火だが、二人合わされば炎となる!』。
元々弱い力しか持っていない私と、純粋な版権キャラであるがゆえにこの世界への適応係数が低い君。
そんな二人でも、力を合わせれば奇跡が起こせる!)
(奇跡だあ? 悪いが、そんな不確かなもんを信じる気にはなれねえな。)
(不確かではありません。私の読みによれば確実に起きるのです!
かつて管理人は言いました。『書き手に想像力がある限り、どんな現象でも起こせるのです』と。
それは書き手と同じ方法で生み出された私もしかり!
読み手である私に書き手ほどの想像力はありませんが、その分はあなたに補ってもらえばいい!)
(要するに、俺を利用するってことかよ……。胸くそ悪いぜ……。)
(なら、このままショベルカーに轢き殺されますか?)
(ちっ、手伝えばいいんだろ、手伝えばよ!)
(ええ、そうです。では今すぐ、私が先読みしたフレーズを叫んでください。それは……。)
K.Kからバクラへ、キーワードが伝えられる。すでにショベルカーは、目前まで迫っている。
躊躇している余裕はない。バクラはすぐさま、その言葉を大声で叫んだ。
「ファルコーーーーーーン!!」
言霊が、力を帯びる。読み手の前にオーラが吹き出し、それは一体のキャラとなった。
原作アニメでバクラが従えたモンスター、有翼賢者ファルコス……
「ファルコン、キーック!」
では、もちろんなく。
「おい、誰だこのおっさんは。」
(F-ZEROのナンバー1レーサー、キャプテン・ファルコンです。ちなみに、任天堂ロワに出場しています。)
「なんで俺と縁もゆかりもねえレーサーが出てくるんだよ! アホかお前!」
(縁がないわけではありませんよ。ニコニコで『ファルコーーーーーーン!』を持ちネタにしているあなたと、ニコニコで多数のスマブラMADに登場しているキャプテン・ファルコン。
ほら、結構共通点有るじゃないですか。)
「ねえよ!」
読み手が一人漫才を繰り広げている間にも、キャプテン・ファルコンは律儀にショベルカーと戦っていた。
「YEAH!」
(くっ、このショベルカーと互角に渡り合うとは……。なかなかの強敵なのです!)
額に汗をにじませながらも、ツキノンは巧みにショベルカーを操作してファルコンと渡り合う。
しかし互角の戦いにしびれを切らしたファルコンは、早くも切り札を持ち出した。
彼がどこからともなく取り出したのは、スマブラのシンボルマークをそのまま立体化したようなボール。
それを、拳で砕く。次の瞬間、ファルコンの体は虹色のオーラに包まれた。
(これは……まずい!)
ツキノンがそう思った時には、すでに手の打ちようはない。ファルコンの「さいごのきりふだ」は、すでに発動していた。
白一色だった世界が、何の前触れもなくサーキットに変わる。そして愛車「ブルーファルコン号」に乗り込んだファルコンが、ショベルカーに突進してきた。
「くああああああ!!」
気合いの声を振り絞りながら、アクセル全開で押し返そうとするツキノン。
しかし、徐々にブルーファルコン号のボディーがショベルカーにめり込んでいく。
(ギャルゲロワの全てが詰まったこのショベルカー……あんなただのレーシングカーに破壊されるわけにはいかないのです!!)
劣勢を覆すべく、ツキノンはショベルカーへ新たな念を送り込む。
彼女の意志に呼応し、変化していくショベルカーのショベル。やがてそれは、騎士王の剣となった。
「私は負けるわけにはいかない! 約束された勝利の重機<エクスショベルカー>!!」
聖剣から放たれた破壊の光が、ファルコンもろとも周囲の空間を蹂躙する。
「俺、撃墜!!」
断末魔の悲鳴を残し、ファルコンは跡形もなく消え去った。同時に、サーキットも元の白い世界に戻る。
「……って、それはあなたじゃなくてファルコの持ちネタでしょうが。」
「おいおい、そんなツッコミしてる場合かよ?」
その言葉でツキノンが我に返ると、目の前には銃口が存在していた。ブルーファルコン号の体当たりで生じたゆがみから、読み手がデザートイーグルを突っ込んでいるのだ。
(しまった! つい油断を……!)
「死にな!」
読み手が、引き金を引く。バリアーを張る時間はないと判断したツキノンは、必死で体をよじる。
しかし、狭い操縦席の中ではそう大きく動けるはずもない。即死こそ避けられたものの、
銃弾はツキノンの左肩を貫いた。
「うああっ!」
痛みで、ツキノンの集中力が途切れる。その影響によってショベルカーは形を保てなくなり、元のGRトラペゾヘドロンに戻った。
「くっ……!」
その手から離れてしまったGRトラペゾヘドロンを拾い直そうと、ツキノンは懸命に腕を伸ばす。
だがその小さな手は、読み手に思い切り踏みつけられた。
「あぐぅっ!」
「二度とあれに触らせやしねえよ。というか、今すぐ殺す。」
読み手は、ツキノンの手を踏んでいる足に今一度体重をかける。ベキベキといういやな音と共に、激痛がツキノンの手を襲った。
「くっ、このお!」
空いた左手から電撃を放つツキノン。しかしその攻撃を先読みしていた読み手は、その場から動くこともなく身をよじるだけで電撃をかわす。
「いいねえ、そういう悪あがきは。だがどんなにあがいても、てめえの死は変わらねえんだよ。」
ゆがんだ笑みを顔に貼り付けながら、読み手は銃口をツキノンの頭に密着させて引き金を引く。
その瞬間、確かに読み手は回避不可能な死の訪れを読んでいた。
ただし、自分のだが。
「ぐがっ!!」
奇声と共に、読み手の口から大量の血が飛び出す。その胸は、一本の槍に貫かれていた。
「ゲイ・ボルク……だとっ……!」
「そう、ランサーの宝具ゲイ・ボルク……。その力も、GRトラペゾヘドロンの中にはしっかり刻まれています。
いえ、そもそもGRトラペゾヘドロンの『芯』はゲイ・ボルクだったんです。
お気づきでしたか? マスターが死んだ時、彼が持っていたはずのゲイ・ボルクが消えていたことに。
ゲイ・ボルクはマスターの遺体と共に、GRトラペゾヘドロンの中に取り込まれていたんです。
オリジナルが中に存在していたからこそ、ゲイ・ボルクは100%以上の力を発揮して敵の心臓を貫く……。」
「……!」
読み手は、ゲイ・ボルクの消失に気づいていた。だが、気にも留めていなかった。
七氏の攻撃を受け、他の支給品と共に破壊されたものと思っていたのだ。
それを判断ミスと言ってしまうのは酷だろう。たとえ読み手でなくとも、普通はそう考えるだろうから。
「ふざけるな……! 100%以上だか……なんだか知らねえ……が、てめえは……槍を『投げて』ねえ!
マンモスマンじゃ……あるまいし、槍が勝手に動いて……心臓ぶっ刺すわけ……。」
「いえ、確かに『投げました』。さっきの電撃でね。」
「…………! じゃあ、あれは……。」
「かわされることが前提、GRトラペゾヘドロンを動かして『投げる』ための攻撃です。」
「ちっ……!」
読み手の体が、ぐらりと崩れ落ちる。心臓を貫かれて、ここまでしゃべれていただけでも奇跡なのだ。
その光景に、ツキノンは何の疑問も抱かなかった。だが、それが彼女の命取りとなった。
「っ!」
突如、胸を襲う激痛。ツキノンは、反射的に痛みの発生源である自分の胸を見る。
そこには、重力に逆らって宙に浮く千年リングが突き刺さっていた。
「え……?」
(ひゃひゃひゃひゃ!! 何を馬鹿面晒してるんだよ!)
混乱するツキノンの脳に、直接声が響く。
(確かに、心臓を貫かれて読み手は死んだ。だがな、俺の魂が入ってるのはこの千年リングなんだよ!
つまり、読み手をお前に殺されはしたが……。その代わりツキノン、てめえの体をもらうぜ!)
「うあああああ!!」
心の中に、別の存在が侵入してくる。筆舌に尽くしがたい感覚に、ツキノンは絶叫する。
「苦しめ、もっと苦しめ! この俺を虚仮にしたんだ、その分のつけはたっぷり払ってもらうぜぇ!」
今やバクラの声は脳に響くのではなく、ツキノンの口から発せられていた。バクラが、ツキノンの体のコントロールを得始めているのである。
「私から……離れろぉ……!」
必死で千年リングを引きはがそうとするツキノンだが、リングの針は彼女の体に深々と突き刺さり抜ける気配がない。
「無駄なんだよ! さっさとこの体、俺に明け渡しな!」
「冗談じゃ……ない……。敵に体を奪われる……くらいなら……!」
支配されつつある体を強引に動かし、ツキノンは読み手の死体に手を伸ばす。
いや、正確には死体に刺さったままのGRトラペゾヘドロンに、だ。
「てめえ、まさか自殺する気か! そうはさせねえ!」
バクラは、必死で手を戻そうとする。だが、まだツキノンの方が肉体への影響力が高い。
ゆっくりと伸ばされた左手は、槍の姿となったGRトラペゾヘドロンをつかむ。
その穂先を自分に向け、ツキノンは声を振り絞る。
「刺し穿つ……死棘の槍<ゲイ・ボルク>!」
言霊に反応し、GRトラペゾヘドロンがツキノンの心臓めがけて動く。一度その力が解放された以上、もう運命は変えられない。
ツキノンの心臓が貫かれるという「結果」は、すでに決定したのだから。だが、バクラはその運命に反逆する。
「マインド・パラサイトォォォ!」
手に握られた槍に、バクラは自分の魂のかけらを埋め込む。それだけで宝具を支配できるわけではない。
しかしその力にノイズを送り込むことで、すでに決められたはずの運命に揺さぶりをかける。
「そんな! 宝具の力が薄れていく! マ、マインドパラサイトにそんな効果なんてないはずなのです! あり得ません!」
「この世にあり得ないなんてことはあり得ないんだよ!
読み手の奴が言ってたぜ! 想像力さえあれば何でも出来るってな!
俺は自分が生き残る未来を想像し、創造する!」
GRトラペゾヘドロンの中を走るノイズが、さらに大きくなっていく。やがてそれは、目的を達することなく沈黙してしまった。
至高の槍に込められた呪いが、ただ一人の男の執念に敗れ去ったのである。
「ヒャハハハハハハ!! 勝った! 勝ったぜ! こんなちゃちなおもちゃ、千年アイテムの敵じゃねえんだよ!
さあ、もう万策尽きただろう! おとなしくこの体を明け渡しやがれ!」
自分の勝利を確信し、バクラは笑う。しかしすぐに彼は、その喜びがつかの間のものであることを思い知らされた。
「フフ……。ここまであなたには何度も油断をつかれてきましたが……。今度は私が油断をつく番ですね。」
「何だと?」
ツキノンの発言に、バクラは不機嫌そうな声をあげる。
「私の抵抗はまだ終わっていない。そういうことです。」
静かに言いながら、ツキノンは左手を伸ばす。砕かれたはずのその手には、球状の物体が危なっかしいバランスで乗せられていた。
その物体の名は、ドラゴンオーブ。使い方次第で世界崩壊すら起こせる超A級危険物である。
「ありえねえ! すでにこの体を浸食している俺に気づかれず、デイパックから何か取り出すなんて出来るはずが……。」
「あり得ないなんてことはあり得ない。さっきあなたが言ったばかりなのです。さあ、また私を止められますか?」
「ちぃっ……! まあ、待て。まずは落ち着け。何も、そこまで俺を道連れにすることに執着しなくてもいいんじゃねえのか?
要は俺から解放されればいいわけだろ、お前は。」
「まあ、それはそうです。けど、千年リングはがっちり私の体に固定されて外れない。
無理にリングを破壊しようとすれば、結果として私にも深刻なダメージを及ぼしかねない。
だったら、最初から相討ちを狙った方が手っ取り早いでしょう?」
「何を後ろ向きなこと言ってやがる! 諦めんなよ! がんばれよ!」
自分を倒そうとしている相手を励ますという、シュールな行動に出るバクラ。彼も割と必死である。
若干パニック気味で、努力の方向が間違っている気がしなくもないが。
「じゃあ、おとなしく私の体から離れてくれますか?」
「それは出来ねえ相談だな。」
「じゃあ、やっぱり自爆ですね。」
「ああ、わかった。譲歩してやるよ。てめえの体は奪わねえ。その代わり、誰か他の奴のところに連れて行け。
今は他の連中と遮断されてるが、そのうち……。」
「寝ぼけないでください。他人を犠牲に生き延びるなんて、死んだギャルゲロワの皆さんに顔向けが出来ません。
そんな選択肢を選ぶくらいなら、やっぱり自爆ですよ。」
「ちっ、わかったよ。口で言ってわからねえなら、力ずくで言うこと聞かせてやらあ!」
話術による解決を諦めたバクラは、ツキノンの体を乗っ取ることに意識を集中する。
完全にツキノンの体を乗っ取ってしまえば、自爆される心配もない。
「させない! お前は私とここで死ぬんだぁぁぁぁぁ!」
ツキノンの手から、ドラゴンオーブが滑り落ちる。もちろん、その程度でオーブが暴発することはない。
その力を暴走させるために、ツキノンは読み手の体から抜いたGRトラペゾヘドロンを元の形に戻し、振り下ろす。
「やめろ!!」
必死に体のコントロールを奪おうとするバクラだが、ツキノンの体はバクラからの命令をいっさい受け付けない。
そのまま、GRトラペゾヘドロンはドラゴンオーブに叩きつけられる。
(本当に、これでよかったんでしょうか……?)
目前に迫る死を感じながら、ツキノンは思う。本当に、他の手段はなかったのかと。
GRトラペゾヘドロンの力を総動員すれば、自分の命はつなぎバクラだけを倒すことも可能だったのではないかと。
なのに自分は、自爆という後味の悪い手段を選んでしまった。
(ああ、そうか……。)
ツキノンは、自分自身の真意に気づく。これまでに言ってきたことも、決して嘘ではない。
だがそれ以外にも、この道を選んだ理由はある。
「その方が、話の流れとして盛り上がるから」。
最終決戦で、敵の一人を道連れにして死ぬ。何とも熱い展開ではないか。
ましてや自分は参加者ではない。いちおう意思持ち支給品扱いだが、実際は途中参加者に近い。
最終決戦で犠牲になるのなら、正規の参加者よりは自分の方が角が立たない。
(あうあう……。結局私も、書き手の業からは逃れられなかったのですね……。)
ドラゴンオーブから放たれる光に包まれながら、ツキノンはそんなことを考えていた。
数分後、そこにはツキノンもK.Kの死体も、千年リングも存在していなかった。
ただ奇妙なフォルムをした一本の剣だけが、静かに横たわっていた。
最終更新:2008年10月28日 16:12