さよならは言わないで。だって――(後編)

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さよならは言わないで。だって――(後編)」(2008/04/06 (日) 23:52:05) の最新版変更点

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ネコミミストの視るコ・ホンブックの悪夢に、全く別の記憶が流れ込む。 流れ込む風景は明らかに違う誰かの物だった。 「全く持って愚かな事よ。  あやつらは書き手として殺し合いを描く内に、己もその中に取り込まれていたというのか」 (幻夜の声……それにこれは……幻夜の思考? 記憶まで……) そしてこれまでに無かった記憶と、思考を伴う物だった。 シャリダムにはコ・ホンブックそのものが残されていなかった。 だが幻夜の死体には幻夜そのものも残されていたのだ。 (このバトルロワイアルへの憂い……それを感じているのに有効な手が無い悔しさ……) 幻夜はホテルに現れた神行太保のDIE/SOULと話す。 「そうだ。我達は貴様の……、いやここに来た全員の姿と振る舞いを見ていたのだ」 (多くを見ていたという傲慢……それに伴う強さと自信……落ち着き……)) 「それよりも気になるのは貴様の先程の発言だ。  『縁起が悪い』とはなんのことだ? そして何故、貴様はこの『縁起の悪い』と言う場所に来た?」 「……俺のいたロワ。それはアニロワ1stの事だが。  そこにあったホテルは跡形も無く破壊され、そこで13人の人間が死んだ……」 「よろこべ古強者よ。お前が当たりをつけた通りに事は運んでおる」 (興味……疑問……理解……祝福……) 死地に赴く激動のトウカリョウ。 「……解っている。  だが、俺は見せたいんだ。2nd最初の書き手が1st最強の書き手と戦えるということを!  俺……いや、俺達2ndの書き手の実力をあの時の、そして今のLX氏に見せたい。  それが、俺を『激動のカワラザキ』と言うポジションに据えてくれた紹介者への酬いになると思うし、  この会場の中で悪戦苦闘している同じロワの仲間達への励みになると思う……」 (別れ……仲間の残した意志……) 「仕方あらへんな……。幻夜さん、コレ持って行き」 そしてゲドー・ザ・マジシャンが言う。 「オレにつきあって一緒に死ぬ必要はあらへんやろ? コレ持って自分だけで行きぃや」 フラグを残せと言う言葉。 「……『書き手』という者は、本当に救いがたい業の持ち主ぞ。アイツも貴様も……そして我も」 書き手としての同胞達と自分を自覚する想い。 「最後に、言うとくわ。……恨むなよ。読み手を、な。  酷いこと言う時もあるかもしれん……し、こないな、けったいなことやらかすこともある……けど。  どんな時でも、……恨むな。あれは、あかん。……辛いのは、自分だけやで。いーこと無しの損しっぱなし、や。  それにな――  ――大事なもんも、いっぱいもらったやろ?」 ゲドー・ザ・マジシャンの言葉に噴き上がる想いと。 「……貴様は、……貴様という奴は!」 「なんや? ……めっちゃ、いい……書き手……か?」 固まった、意志。 「――どうしようもなく、どこまでも『書き手』だったよ」 (ああ、そうか) ネコミミストは知った。 自分達を護った幻夜・フォン・ボーツスレーの力の源を。 幻夜とて非力だった。多くを助けられず見殺してきた。 それでも多くの者達に多くの者を与えられた事。 (それが、弱い私達を前に進めてくれる……) 「わたしにはまだ……多くが残っている……」 それはネコミミストの言葉。 幻夜に教えられた真実だと思っていた。だけど幻夜の記憶は違う事を教えてくれる。 その時まで、幻夜の笑いは強がりだった。 死んでいく事が認められずに強がっていた。 ゲドー達、仲間のフラグが断ち切られる事を、成就できなかった事を悔やんでいた。 せめて仲間を生き残らせようという、妥協の末の成果があの勝利だった。 だけどネコミミストの言葉が、その強がりに実を与えていたのだ。 (はは、そうだ、我達にはまだ多くのものが残っている。  バトルロワイアルで多くを失い、だが同時に多くを託された。  ゲドーの首輪フラグも……きっとこやつが成就してくれよう……!  はは、はははは! 感謝するぞネコミミスト!  貴様のおかげで我はこんなにも――――) 「そうだたわけめ……だから我らは、上を向いて笑えばいいのだ…………」 だからこそ幻夜はここに勝者有りと傲慢に。 「くはっ、はは……はははははは……ははは…………はは……は……」 高らかに笑いながら、逝けたのだ。 ――風景は戻る。 全ては痛みへと引き戻される。 激痛の檻に連れ戻される。 「が、あが、あぎぎぎあ、あ、あぁあぁあああああかっ、はあ…………!!」 戻った風景はシャリダムの軌跡。 コ・ホンブックが狂い行く地獄の最中。 だけど。 「いたい……いた……いた…………まけ……な……い…………!!」 一歩歩く毎に痛かった。 風が吹く毎に視界が真っ赤に染まって音が消えた。 かと思いきや次の瞬間には胸から腹から激痛が走りボロボロと涙が零れた。 「ぁ……あ…………あぁ…………」 それでも必死にこらえる。 理性を、正気のタガを手放すまいと掴み続ける。 (狂っちゃ……ダ……メ…………こわれ…………たら……!) 屈してはいけないのだ。 命のリレーはネコミミストへ繋がれたのだから……ネコミミストが壊れてはいけないのだ。 そんな事になれば幻夜の死も、ゲドーの死も。 体がスクライドで出来ている書き手の死も、666の負傷も、サプライズパーティーの殺害も。 「いた……いたい……イタイ…………いた……ぁ…………」 全ては無駄に。いや。 一人のマーダーに繋がる悲劇として片づけられてしまうのだから。      * * * 「少しは、持ち直したか」 666は呟く。ネコミミストの発狂は彼女にとっても避けたかった。 派手好き地獄紳士『666』は完全なる崩壊など望んでいないのだから。 「だが、これでも足りない。ネコミミストの決意と幻夜の遺志をもってしても、まだ」 666はネコミミストを見つめながら、考えていた。      * * * 「う……ぐ…………うぐっ……うぅ…………ひっく……ぅ…………」 一歩歩くだけで、痛かった。腕を振るうだけで、痛かった。 罪を犯していくのもたまらなく辛かった。 よく判らないスーツを来ている漆黒の、と呼ばれた書き手をエアで吹き飛ばした。 仮面ライダーカブトに変身した吉良吉影には戦いになるも漆黒を連れて逃げられた。 コ・ホンブックの体もバラバラに引き裂かれ、再生して歩き出した。 「イダイイダイイダイイダイイダアアイタッイタイダアアア…………」 次は前原圭一の姿をした書き手だった。激戦の末、ネコミミストは心臓を抉られた。 激痛に血の涙を流しながらエアを振るい、真名を解放するのではなく突き刺した。 だけど飛んできた何かに目を眩まされ、気が付くと相手の書き手は居なくなっていた。 「痛い……イタイ……いたい……イタイ、イタイ、イダイ、イダ……メェ…………」 四人組のチームに向けて威力を押さえたエアを解放した。 そしてばらけた一人、朝倉音夢の姿をした書き手の左目に、エアを突き刺した。 (いた……ダメ……イタイ……ヤダ……痛い……止めて……ダメ痛い痛いおねがいいたいやめ) 降り注いだ瓦礫に潰され、トドメを刺すことはなかった。 だけどその直後、通りすがりに居たディス・アストラナガンの姿をした書き手を、全く無造作に、 唐突に、何もさせる事無く、無数の紙の槍で貫き、引き裂いた。 「ァ……ま……た…………痛い、いたい、いたいイタイいたい痛痛痛痛痛いたいたいたたいいイイイ」 更なる罪と激痛に心が黒く染まる。 そこを救ったのは。 「――『痛い』んだね?  その『痛み』、私なら治せるよ。『みんなを殺す』以外の方法もあるよ。  少し手間と時間はかかるけど、私は、私だけが、貴女を救うことができる」 (あなたは……ボマ………) 「あ…………」 ネコミミストが一度見た、LSロワの書き手。 彼女の言葉はブックの軌跡の中で、数少ない救いだった。      * * * 「しかしまさか、彼女が関わっているとは思わなかったな」 666は悲しげに。そして愛しげに悼みながら、想いを零した。 ボマー。第一回放送の時点で唯一残っていたLSロワの同胞。 第二回放送の時には既に死んでいた、仲間。 「私にだって仲間意識くらいは有る。ああ、愛とは別にね。  だけど何かを為そうとするならばそれは、コ・ホンブックに対してするべきだろうし」 666は手を握り締め、触手の電流に痺れていた握力が回復した事を確認すると。 ネコミミストを。その右掌に呑み込まれていくシャリダムを見つめた。 「この抜け殻は単なる怪物ロリと扱って構わないだろう」      * * * 「たすけて……くれるの…………?」 「うん。大丈夫だから……。絶対、助けてあげるから……」 その痛みの地獄に現れた一筋の救いすら。 「ご縁がありますね。コ・ホンブックさん」 現れたあの怪人、ドSの手によって。 「――その人は。――あなたを助けようとしたので。――私が。――殺しました」 断ち切られた。 「――死ねっ、化物! 死ねっ、人殺し! いなくなれっ、化物! 消えてなくなれっ、人殺し!」 ネコミミストはコ・ホンブックの絶望を知った。 コ・ホンブックの地獄を見た。 コ・ホンブックが……狂った理由を知った。 「あ……ああ…………あああぁああぁあああああぁああぁあぁああっああああああああぁぁぁぁああ」 それに対してネコミミストはただ、絶叫した。 吼えた。 嘆きを。世界への悲しみを、怒りを、喪失を叫んだ。 ただ咆哮した。 全身に浸透した地獄を感じながら、ネコミミストが思ったのはただ――――。      * * * 『私が思うに不幸とは、『途中』であることだと思います。  終わりでなく途中。途中を維持すること。中途半端なままになってしまうこと――それこそが不幸だと』 666は浄玻璃の鏡に映し出された、ブックが意識を失っていた時の言葉を反芻する。 (それにしてもドS氏、私と貴方は本当に似ていたよ。違うのは少しだけだ。  ただ一つ、やり方だけが貴方とは違う) 666はドラゴンころしを握り締めた。 そしてそれをゆっくりと、振り上げて――。      * * * 全てを塗り潰した物があった。 ネコミミストを支える想いさえも押し潰した物があった。 それは負の極地、ドS氏が積み上げたコ・ホンブックの地獄。 ――では、なかった。 「だから言え!!おまえの本当の願いを!!お前の味方はここにいる。俺は死なない、負けない、放っていかない。  ずっと、一緒にいてやるから!!」 それは希望の極地、承の放ったスパロボ展開。 ――それ自体でも、なかった。 そのどちらでもあり、どちらでもなかった。 ネコミミストは信じる。 (ようやく、救われる) コ・ホンブックの地獄の末で、思う。 (悪夢が終わる。痛みが終わる。悲しみも罪も終わる。もう痛くない、いたくなくなる……) 承のもたらした希望に手を伸ばして、感じた。 (この結末に……辿り着けたのなら…………) 救いは有ったのだと、そう考えて。 それでも痛みが収まらなかった瞬間。 自分ではない誰か、傷一つ無いブックの姿が自分以外の自分ではない場所に誕生した時。 ネコミミストの心は決壊した。 『どうして! どうして終わらないの!? どうして痛いの! どうして、いやだ痛い、いたい!  いたいよ、イタイイタイ痛いいたいぃっ、あ、うっ、ヤダ、ヤダイヤダもうやめておねがっ、ああああ!?  イヤだ助かったとおもったのにたすかってもうおねがいイヤだイヤイヤイヤイヤアアアアアアアアアァッ!  たすかるとおもってがまんしたのに! 耐えられたのに! やだ、もうヤだあ、やあ!  イタイイタイイタイタスケテオネガイイヤダタスケイタイイタイタイイィイィイィイイィイィ――――』 「ONIICHAAAAAAAAAAAAAAAAAANNNNN!!!!」 喉から出たのは悪魔的な咆哮だけだった。 種明かしを、しよう。 これはブックの軌跡であって、ブックの軌跡ではない。 ブックが味わった苦痛そのものの軌跡だ。 それが分離されてシャリダムが生まれた。 ネコミミストが喰らったのはシャリダムなのだから、まだ続きがあるのは当然だった。 ここに来てネコミミストの感情移入はブックからシャリダムに切り替わる。 シャリダムは思う。全ての生ある者が憎いのだと。 ネコミミストは思う。全ての生ある者が憎いのだと。 シャリダムは願う。全て死んでしまえばいいと。 ネコミミストは願う。全て死んでしまえばいいと。 シャリダムは殺意を向ける。全ての生ある者に。 ネコミミストは殺意を向ける。全ての生ある者に。 ネコミミストは目の前の敵に――――      斬。 視界が、激変した。 痛みがあった。右腕が根本から切り落とされていた。 分厚い鉄板がその先とを遮断していた。 それをした者は目の前にいて、ネコミミストの残る左手には剣が握られていた。 ネコミミストは当然のように剣を突きだして――。 「………………………………あっ」 悪夢が終わっていた事と。 悪夢を始まった事を、知った。 「ネコ……ミミス…………ト……」 666の口から夥しい量の血が吐き出された。 茫然とそれを見つめる。 666の口から溢れた血は顎を垂れ、喉を伝い垂れていく。 溶解液により露わになった白い裸体を伝っていって。 胸の途中の、刃が突き立っている所の別の赤い流れと合流した。 その血はそのまま胸を伝い、腹を伝い、脚を伝い、地面に真っ赤な水たまりを作った。 「あ…………」 茫然と、一歩下がった。 ネコミミストの後退と共に胸に突き立っていた刃が引っ張られて、抜けた。 開いた穴から更なる血が噴き出した。 刃の先は赤い液体で濡れていた。666の、血。 誰がこんなひどい事を? 刃の根本はどこにある? 遡ったその先には震える左手が待っている。 だれの左手? 震えているのはだれ? それはネコミミストの左手。 どうして震えているのかは――。 「あ……ああ…………あ……あ……あああ…………ああああ………………」 壊れた機械のように母音だけが吐き出される。 何をした? 何をしてしまった? 殺意に任せて何をした? 悪夢に流されて何をしてしまった? 「わ、わたし、わた……ころ……し…………」 カラン。 滑稽なくらい小気味よい音を立てて、剣が落ちた。 「…………あ………………は…………」 心が軋んで、ヒビが入る。 表情が、壊れた。 「あは…………あ……はは…………あははっ、あははははははは……………」 (もう、おしまいだ……) 犯してしまった罪に潰されてネコミミストは乾いた笑いを―― パァンと、本当に綺麗な音がした。 「あ…………」 「う…………ぐ……っ」 666の呻く声。 血を撒き散らして苦痛に顔を歪めながらも振るった掌が、ネコミミストの顔を叩いていた。 「666…………」 動揺し戸惑いながらもネコミミストは666を見つめる。 666は苦しげに顔を歪めながら、ネコミミストを見つめる。 目が合う。 そして666はホッと、安堵の溜息を吐いた。 「良かった……君が、壊れなくて……」 「え…………痛っ」 麻痺していた右肩に一瞬だけ鋭い痛みが走る。 切り飛ばされた右腕が不死者の再生力によりずるずると引き戻されて、接合したのだ。 腕が飛んできた方を見るとそこには。 「ONII…………CHAAAAAA……………!!」 ドラゴンころしで右腕が断たれた為に食い残された、デビル・シャリダムが蠢いていた。 「え……な…………あ…………」 「君が壊れてしまわなくて……ほんとうによかった……」 ネコミミストは理解した。 シャリダムを喰らうネコミミストの様子を見て危険だと判断した666は、 ネコミミストが不死者であり死なない事を逆手に取り右腕を切り落とす事で、 不死者の捕食を強制的に中断させ、ネコミミストを救ったのだ。 「ふふ……それに奴もあそこまで弱れば、消し炭にすれば倒せるだろうしね……」 666はそう言うとデビル・シャリダムに歩み寄る。 地面を赤く染めあげながら歩いていく。 その背後の空間が揺らいだかと思うと、無数の爆薬がシャリダムと666の周囲に転げ出た。 「ろ……666……?」 まるで川の様に大地を染めた夥しい量の血の海。 確実な致命傷を負った666は、ネコミミストを振り返って微笑んだ。 「ああそうだ……そこに置いてある幻夜のデイパックには、デバイスも入っていた。  君の服はもう着れないし、あれでバリアジャケットを作ると良い……うぐっ」 「666!!」 「来るな」 駆け寄ろうとするネコミミストを手で制した。 「ふふ……そうだ、リクエストでもしておこう……。  リボンだ。  君には、きっとリボンがよく似合う。  色は、君の元の服と同じ白かな……うん、きっとよく似合うさ……」 「怪我を……666、あなたの傷の治療をっ」 ネコミミストも判っている。 666の傷は間違いなく致命傷で、助ける術など何も無いのだと。 それでも666は笑っていった。 「さっきは済まない……これは私のミスなのに君を叩いてしまったな……」 「ち、違う! わたしのせいだ! ぜんぶわたしの!  わたしのせいで、わたしが、わたしがあなたをころ……」 「それは違うよ、ネコミミスト……私は殺されなん……ぐっ……」 666は導火線に火を点けた爆薬を一つ、爆薬で囲った中に放り出した。 ジジジジと音を立て、火が爆薬に近づいていく。 666とその足下で蠢くシャリダムを爆炎に包み込むために。 666はこみ上げた血の塊を呑み込んだ。 そしてまるでどこかに旅立つような軽やかな笑顔を浮かべて。 「生き続けたまえ、ネコミミスト。いつか、また会おう」 「666――――――――!」 閃光が全てを包み込んだ。 爆風がネコミミストに吹き寄せる。 思わず目を瞑り地面に伏せた。 そして煙が晴れた時、そこには。 666の居た痕跡も、シャリダムの居た痕跡も、綺麗さっぱり残っていなかった。 「あ……ああぁあああぁああぁあああぁああぁああああああぁあああああああああああああぁっ」 慟哭が天を衝いた。      * * * 学校より少し東のビル街。 そこに有る高層ビルを直上。詰まるところ屋上。 その更に少し上空。 「……おやー?」 緊張感の無い声が響いた。 リリカルなのはのヴィータの姿をしたその少女は、首を傾げた。 クマのプー太さん。 書き手ではない、パロロワの有名絵師。主催側からの監視者。 同行していた転が優勝狙いに転向した様に、殺し合いが極めて円滑に進むのを見てとった彼女は、 転移により主催の本拠地に帰還しようとした。 その直前にふと、上空からゲーム会場を一望していこうと思ったのだ。 ただそれだけの事。 何て事はない、どうでもいい気まぐれだ。そうまでしなくとも彼女は監視を実現できる。 だからそこで彼女に出会ったのは偶然に近かった。 「何してるんですかー?」 彼女は屋上に居た人影に訊ねた。 無数のリボンがはためいていた。      * * * 出しっぱなしのシャワー。虚ろな瞳。 傷一つ無い肌。肌を伝い流れ落ちていく水滴。 響き続ける水音。動く様子のない、少女。 あまり長くない黒髪は、だけども深みのある艶を取り戻していく。 瞳は依然、虚ろなままだった。 それでも少女は、唐突に動いた。 きゅぅっと、シャワーの蛇口を捻って止めた。 それからシャワー室の中でも身につけていた右手薬指の指輪を掲げて、呟く。 「クラールヴィント。バリアジャケットを」 ベルカ式のこのデバイスでは騎士甲冑というのが正しいのだが、 デバイスはそんな差異を咎める程に狭量ではなかった。 まるで蛹から蝶が生まれるように、デバイスからリボンが溢れ出る。 真っ白なリボン。純白という色の線。 (あの人が望んだカタチに――) 無数のリボンが絡みつく。 中指の付け根にリボンが絡み、そこから手の甲を覆って手首に結び、 編み上げるように二の腕までを包み込んでいく。 衝撃波を制御しやすくする為に、指と掌が露出したフィンガーレスグローブ。 ウェディンググローブにも使われる優美なデザイン。 (白い、リボンで――) 足指にもリボンが絡む。指先からまるで壊れやすい物を包むように繊細に、しっかりと。 まるでトゥシューズ。 足首に達したリボンはそこから絡み合うように溶け合って、足を薄く広く包み込む。 タイツかストッキングかソックスか。見る人により意見の異なる曖昧さ。 (タイトに、抱いて) 胸を、胴を、腹部を、股関節を。 強く深く抱き締める、貞節の白い帯。所により締め上げて、所により僅かなゆとりを残す。 「フッ…………」 吐息を漏らす。 震えていた小さな肢体を、もう震えないようにしっかりと締めくくるレオタード。 体にピッタリと吸い付く白い鎧。 その上でまたもリボンが踊り、白い上着が飾られる。 リボンが踊る。 汚されて捨てた白い鉢巻に代わって、新たなリボンが頭部を締める。 新たな鉢巻。前に進む決意を持てるように。 美しくも華奢なヘッドドレスではなく、 「わたしを……護って。わたしがみんなを……護れる…………ように………………」 それからまたもリボンが踊った。 手首で、足首で、首もと、胸元で白いリボンが舞い踊る。 それらは優しく結ばれた。 彼女を飾り、祝福する為に。 零れた水滴はシャワーの水滴の残り水か、決意と悲しみの涙か。 「わたしが……あの人の。  あの人とみんなの想いを無駄にしない為に」 それが残った願い。 体はスクライドで出来ている書き手は、牙無き者の剣として想いに殉じ果てた。 幻夜・フォン・ボーツスレーは死の連鎖の中でも何かを遺し繋がれる事を願った。 そして派手好き地獄紳士『666』は――ネコミミストが壊れず、正しく生き続ける事を望んだのだ。 「わたしがあなたに出来る事は、それだけだから……」 故にネコミミストが彼女達の為に彼女の想いを汲もうとするならば、 死ぬ事も、狂気に逃げる事も、何もせず鬱ぎ込む事さえ許されはしないのだ。 罪の意識はネコミミストを前に向けて引きずる。 悲しみは絆に応えなければいけないと急き立てる。 ネコミミストには未来への一方通行しか遺っていない。 「だから……」 シャワー室から出たネコミミストは、入り口に立て掛けておいた双剣を手に取った。 ゲドー・ザ・マジシャンの支給品から出てきた、マテリアルブレード。 テイルズシリーズ出展の炎と氷の属性を持ったこの二刀は、 例えばアニロワに登場するFateの干将莫耶のように、二本で一組の剣なのだ。 だが馴染み薄いアニロワの住人には別々の武器に思えたのだろう。 それは炎上するホテルにおいて、四次元デイパックの奥の奥に有った不死の酒が見落とされた一因だった。 ただでさえ支給品が三つ有るかは判らない。 だからグルメテーブルかけとこの双刀で三つだと思ってしまった。 ……ネコミミストには関係の薄い話だった。 ネコミミストがこの双剣を握るのは、666を刺してしまったあの刀を使いたくないからだ。 その双剣を、ジャケットの一部に形成した白亜の鞘へと滑り込ませる。 新たな武器と白いリボンに身を固めて、ネコミミストは歩き出した。 未来へ向けて。 「だからわたしを………………」 ――気高き白猫は歩き出した。      * * * 「何をしているか? そんなもの、あの子を愛しているに決まっているじゃないか」 黒いリボンがはためいている。 衝撃のネコミミストが纏ったバリアジャケットとそっくり同じデザインのリボンドレス。 ただ全ての色が、黒かった。 それ以外に違う所が有るとすれば、背中から黒い翼が無数に伸びている事ぐらいか。 その手にはメタルイーターMXから取り外された狙撃スコープ、つまり望遠鏡が握られている。 「愛して覗きですか? えへへ、変態さんですね」 「覗きとは人聞きが悪い。見守っていたのだよ。うん、辛うじて前向きなようで何より」 彼女はスコープをしまい込むと、プー太へと振り返った。 特に警戒する様子もなく、言う。 「丁度良い話し相手が出来たな。何かな、プー太くん」 プー太は彼女に聞き返す。 「そうじゃなくて、どうして生きているんですか?  あの子には死んだって思われてるみたいですよ……ええっと、何て呼びましょう?」 「そうだな……君なら666で良いだろう。更に偽名を名乗ろうかと考えてはいるけれど、まだ良い」 派手好き地獄紳士『666』は、答えた。 「私がまだ生きている理由はそう、一言で言えば悔恨だ」 「悔恨ですか?」 ああと頷いて続ける。 「私は彼女に随分と色々な物を与え、教え、変えてきた。沢山の事を。  その結果、あの子は私の望む理想像を叶えてくれたと言えるだろう。  私を殺すのがあの子だとしたら、それ以上を望むべくもない位だ」 666はそう言うと、どこかしら愁いを感じる表情を浮かべた。 「だけど私は見落としていたんだ。  ならば私は、あの子に殺されるに足る存在だろうか? という事をね。  私はあの子に多くを求めながら、その実、ネコミミストに釣り合う存在ではなかったんだ。  まったくもってひどい話だ」 「えー……すごく悼まれてるみたいですよ?」 「ああ、それだけでしかない」 666は言う。 「私は心底からネコミミストの事を愛している。ネコミミストも私の事を大切に思ってくれていた。  あのまま死ぬのは本当に至福だった。  私はネコミミストの喪失した大切な物として、彼女の心にずっと居座り続ける事が出来ただろう。  愛し、愛してくれる者の心に永遠に残る事ほど幸せな事なんて無い。  ――だけど」 涙さえ零しながら話す。 「それではダメなんだ。そんな事ではダメなんだ!」 666は本当に心の底から、ネコミミストのために泣いていた。 「まだ先があるはずなんだ! あれより先が!  もっと上があるはずなんだ! あれより高みが!  更に底があるはずなんだ! あれより深みが!  だから私は、私が愛させてくれたネコミミストに続きを与えようと思う。  そう、その為に――」 それはほんとうに純粋な愛の涙で。 「――ネコミミストから私への愛がそっくり憎しみに変わるとしても」 寒気がするほどに真摯な、人から外れた感情だった。 「うーん、つまりあなたは何をするつもりなんですか?」 「やる事は簡単だ。私は、極悪人になる」 666は微笑みすら浮かべて言った。 「あれ、殺し合いに乗ってくれるんですか?」 「そういう事になるな。とにかく私は憎まれる事にした。悪のカリスマでも、下衆な鬼畜生でも良い。  このバトルロワイアルに参加する全ての者から悪鬼の如く憎まれるようになれたら尚良い。  最も望ましい事は、それを暴露した末にネコミミストの手によって――『喰われる』事だ」 「喰われる……」 「そう、私の想いの全てをネコミミストにぶつける。それが私の望む最高のクライマックスだ。  そしてネコミミストが、全ては自分への愛によるものだった事を知ってなお立ち上がろうと足掻く事を願っている。  そうでなければ――悼みも苦しみも悲しみも全て終わってしまうのだからね」 クマのプー太は気付いた。 「ところで666さん。あなた主にLSロワの書き手じゃないですか」 「ああ、そうだとも。絵板では何時も貴方に素晴らしい絵を描いてもらっている幸せなLSロワの書き手だ」 「でもその黒い羽ってもしかすると、アレを取り込みました?」 「ああ、そうだとも」 666は不敵に笑った。 「あれも私が出した支給品には変わりないからな、出せない理由なんて何も無い」 「やっぱり。えへへ、予想はしていたんですよ、その時が来るのは」 プー太も平然と笑って見せた。 「やっぱり使っちゃいましたか。――“闇の書”を」 「使ったとも。――“闇の書”を」 666はアニロワ1stでも、序盤に数話だけ執筆していた。 その時に出したアイテムは、やはり彼女の異名通り良くも悪くも強烈だ。 BLOOD+からディーヴァの剣とルルゥの斧。 ドラえもんからマイクロ補聴器。 魔法騎士レイアースから鳳凰寺風の弓と矢、それと剣。 ――そう、シャリダムの触手に向けて放たれた矢はこの矢に他ならない。 Fate/stay nightから凛の宝石十個 ――シャリダムに操られる幻夜の死体に放たれた石はこの宝石に他ならない。 そしてなにより、闇の書。 これで全てだ。 融合型デバイス闇の書。アニロワ1stにおいて重要な役回りを果たし大ボスの一つとなった危険物。 このアイテムは闇の書と融合する事で制御される。 666の髪は白髪に染まり、お下げは解かれて後ろに流されていた。 更にずっと付けていた丸眼鏡を外した事で、外見の印象は大きく様変わりしている。 「私があの状況で生き残れたのはこの闇の書のおかげだ。  シルバースキン・アナザーで爆風を防ぎ、闇の書とユニゾンして強大な魔力と高演算能力を獲得し、  強化した能力に加えて凛の宝石を一個使って懐中時計型航時機カシオペヤを瞬時に起動して疑似空間転移。  その後にもう一本だけ残っていたエリクシールで傷を癒す。いやはや危ないところだった」 「うわあ、チートですねえ」 「ラス1補正と言ってくれたまえ。なに、このロワではこれでようやく中堅だろうさ」 あながち間違いとは言えないのが怖ろしい。 「だけどそのバリアジャケットは“闇の書”で生成した物でもない」 「その通り。どっちで作っても同じなら、ネコミミストとお揃いにしたかったのでね」 その全身を包むのはネコミミストの白リボンバリアジャケットを丸々黒く染め変えたもの。 そして666の右手薬指には、“クラールヴィントがはめられていた”。 「クラールヴィントは情報戦に強い。  同じクラールヴィントでジャミングをかけておかないと、ネコミミストはすぐに私の生存に気付いてしまう。  物事にはタイミングという物が大事だ、今はまだ知られるわけにはいかない」 「じゃあ、そのクラールヴィントはどこから出てきたんでしょう?  あなたのアイテムは全て、あなた自身がどこかのロワで登場させた支給品です。  アニロワ1stで出したのはあなたじゃありませんし、LSでは出てません。  では他のロワでしょうか?」 666の笑みに一瞬、狡猾な邪悪さが混じった。 「さあ、どこのロワだろうね。ふふふ」 「どこのロワでしょうねえ? えへへ」 顔を見合わせて笑い合う。そしてプー太は言った。 「その事実だけであなたは十分に鬼畜だと思いますよ?」 「ありがとう、素晴らしい誉め言葉だ。話し相手になってくれたお礼に、これをあげよう」 666はエリクシールの瓶を一本手渡した。 プー太は怪訝な様子で瓶を受け取る。 「エリクシールですかあ? いえ、でもこれは……」 「アレの分泌したイケナイ触手汁だ」 「ONIICHAAAAAAAAAAAAAAAAAANNNNN!!!!」 指差した先、隣のビルの屋上で咆哮が上がる。 そこに居たのは言うまでもない。ようやく再生を終えた、デビル・シャリダム。 殆ど崩壊したものを、666が連れ去っておいたのだ。 「正確にはそれを被ったネコミミストが脱ぎ捨てた服から搾り取ったものだ」 「うわ、なんともフェチズム溢れますねえ」 「何か変わった展開に使えるかなと思って、エリクシールの瓶2本に詰めておいた。  持って帰りたまえ」 「はい、ありがたく……ってどうするんですかこんなの! エロ展開以外の何に使えと!?」 「ハハハ、主催側の書き手に渡せば頭を絞ってシリアス展開にも使ってくれるさ。多分。  では、さらばだ!」 666はばさりと六枚の黒翼を広げて、舞い上がる。 凄惨で救われないのに前に足掻こうとしてしまう残酷極まりない美しき悲劇を、ネコミミストにプレゼントする為に。 ――禍々しき黒天使は飛び立った。 【午後/E-5/学校跡地】 【衝撃のネコミミスト@アニ2nd】 【装備】:マテリアルブレード@テイルズロワ、クラールヴィント@アニロワ1st、バリアジャケット 【所持品】:支給品一式、拡声器 【状態】:精神的に消耗。不死者化。 【外見】:バリアジャケットの白いリボンドレス。 【思考・行動】666…………… 基本:前に……進む………… 1:スクライドの遺志を継ぎ、牙なき人の剣になる。積極的にマーダーキラー路線。 2:熱血王子と再会したら、今度こそ彼を止める。 ※衝撃波を使えます。掌からだけでなく、足の裏からも出せるようになりました。 ※「大あばれ鉄槌」を幼女好きの変態と勘違いしています。 ※シャリダムを通じて幻夜の死体を喰い、その記憶と知識と経験を得ました。  また、ブックがロワに来てからシャリダムが生まれるまでの経緯を体験しました。 ※血塗られた、永遠神剣第六位『冥加』は学校跡に残されました。 【午後/E-6/ビル屋上】 【派手好き地獄紳士666@LSロワ】 【装備】:ゲート・オブ・バビロン@アニロワ2nd(※特殊仕様)、闇の書@アニロワ1st、      クラールヴィント@アニロワ1st(ネコミミストと同じ物)、バリアジャケット 【所持品】:支給品一式、エリクシール瓶に入ったシャリダムのイケナイ触手汁 【状態】:闇の書発動。不死者化? 【外見】:黒いリボンドレス、背中から黒い六翼。長い髪は白く染まり後ろに降ろしている。眼鏡外し。 【思考・行動】 基本:極悪外道になった後、ネコミミストの前に敵として再会。ネコミミスト心から愛してる。 1:マーダーとして悪行を積む。 2:ネコミミストの前に敵として現れ、最終的に喰われる。 ※ゲート・オブ・バビロンで出せるアイテムをどれも『一応は何とか使いこなせ』ます。  エリクシールと爆薬は使い切りました。  浄玻璃の鏡の回数制限は残二回。凛の宝石は残り八個。風の矢は残量不明。 ※「大あばれ鉄槌」を(ロリ的に)危険人物と断定しました。 ※ゲート・オブ・バビロンで出せる新たに判明した物及び追加された物。  アニロワ1stからディーヴァの剣、ルルゥの斧、マイクロ補聴器、  鳳凰寺風の弓と矢、鳳凰寺風の剣、凛の宝石×10、闇の書。  加えて――マテリアルブレード@テイルズロワ@XXX、クラールヴィント@アニロワ1st@XXX、  不死の酒@アニロワ2nd(既に使用済み?)@XXX。 ※闇の書と融合しているため、その内に言うまでもなく―― ※クマのプー太氏に【エリクシール瓶に入ったシャリダムのイケナイ触手汁】が渡されました。  エリクシールはバビロンのアイテムですが、中身が代わっている為、666以外でも使えるようです。 【午後/E-6/別のビル屋上】 【デビルシャリダム】 【状態】:酢飯細胞侵食、不死者分大幅減量、胸に12の傷(※)、腹に10の刺し傷(※) 【装備】:乖離剣・エア@Fate※ 【道具】:なし 【思考】:  基本:ONIICHAAAAAAAAAAAAAAAAAANNNNN!!   1:全てを飲み込む ※不死者化する前に出来た傷は治りません。ずっと、痛いままです。 ※エアは取り込まれていますが、過負荷により機能停止中です。  このままでは再起動しません ※シャリダムはこの後、203話『[[我輩は――……]]』に続きます。 |219:[[さよならは言わないで。だって――(前編)]]|投下順に読む|220:[[したらば孔明の陰謀]]| |219:[[さよならは言わないで。だって――(前編)]]|時系列順に読む|203:[[我輩は――……]]| |219:[[さよならは言わないで。だって――(前編)]]|衝撃のネコミミスト|231:[[傷だらけの天使たち]]| |219:[[さよならは言わないで。だって――(前編)]]|派手好き地獄紳士666|222:[[エロス頂上決戦、決着……?!]]| |219:[[さよならは言わないで。だって――(前編)]]|デビルシャリダム|203:[[我輩は――……]]|
ネコミミストの視るコ・ホンブックの悪夢に、全く別の記憶が流れ込む。 流れ込む風景は明らかに違う誰かの物だった。 「全く持って愚かな事よ。  あやつらは書き手として殺し合いを描く内に、己もその中に取り込まれていたというのか」 (幻夜の声……それにこれは……幻夜の思考? 記憶まで……) そしてこれまでに無かった記憶と、思考を伴う物だった。 シャリダムにはコ・ホンブックそのものが残されていなかった。 だが幻夜の死体には幻夜そのものも残されていたのだ。 (このバトルロワイアルへの憂い……それを感じているのに有効な手が無い悔しさ……) 幻夜はホテルに現れた神行太保のDIE/SOULと話す。 「そうだ。我達は貴様の……、いやここに来た全員の姿と振る舞いを見ていたのだ」 (多くを見ていたという傲慢……それに伴う強さと自信……落ち着き……)) 「それよりも気になるのは貴様の先程の発言だ。  『縁起が悪い』とはなんのことだ? そして何故、貴様はこの『縁起の悪い』と言う場所に来た?」 「……俺のいたロワ。それはアニロワ1stの事だが。  そこにあったホテルは跡形も無く破壊され、そこで13人の人間が死んだ……」 「よろこべ古強者よ。お前が当たりをつけた通りに事は運んでおる」 (興味……疑問……理解……祝福……) 死地に赴く激動のトウカリョウ。 「……解っている。  だが、俺は見せたいんだ。2nd最初の書き手が1st最強の書き手と戦えるということを!  俺……いや、俺達2ndの書き手の実力をあの時の、そして今のLX氏に見せたい。  それが、俺を『激動のカワラザキ』と言うポジションに据えてくれた紹介者への酬いになると思うし、  この会場の中で悪戦苦闘している同じロワの仲間達への励みになると思う……」 (別れ……仲間の残した意志……) 「仕方あらへんな……。幻夜さん、コレ持って行き」 そしてゲドー・ザ・マジシャンが言う。 「オレにつきあって一緒に死ぬ必要はあらへんやろ? コレ持って自分だけで行きぃや」 フラグを残せと言う言葉。 「……『書き手』という者は、本当に救いがたい業の持ち主ぞ。アイツも貴様も……そして我も」 書き手としての同胞達と自分を自覚する想い。 「最後に、言うとくわ。……恨むなよ。読み手を、な。  酷いこと言う時もあるかもしれん……し、こないな、けったいなことやらかすこともある……けど。  どんな時でも、……恨むな。あれは、あかん。……辛いのは、自分だけやで。いーこと無しの損しっぱなし、や。  それにな――  ――大事なもんも、いっぱいもらったやろ?」 ゲドー・ザ・マジシャンの言葉に噴き上がる想いと。 「……貴様は、……貴様という奴は!」 「なんや? ……めっちゃ、いい……書き手……か?」 固まった、意志。 「――どうしようもなく、どこまでも『書き手』だったよ」 (ああ、そうか) ネコミミストは知った。 自分達を護った幻夜・フォン・ボーツスレーの力の源を。 幻夜とて非力だった。多くを助けられず見殺してきた。 それでも多くの者達に多くの者を与えられた事。 (それが、弱い私達を前に進めてくれる……) 「わたしにはまだ……多くが残っている……」 それはネコミミストの言葉。 幻夜に教えられた真実だと思っていた。だけど幻夜の記憶は違う事を教えてくれる。 その時まで、幻夜の笑いは強がりだった。 死んでいく事が認められずに強がっていた。 ゲドー達、仲間のフラグが断ち切られる事を、成就できなかった事を悔やんでいた。 せめて仲間を生き残らせようという、妥協の末の成果があの勝利だった。 だけどネコミミストの言葉が、その強がりに実を与えていたのだ。 (はは、そうだ、我達にはまだ多くのものが残っている。  バトルロワイアルで多くを失い、だが同時に多くを託された。  ゲドーの首輪フラグも……きっとこやつが成就してくれよう……!  はは、はははは! 感謝するぞネコミミスト!  貴様のおかげで我はこんなにも――――) 「そうだたわけめ……だから我らは、上を向いて笑えばいいのだ…………」 だからこそ幻夜はここに勝者有りと傲慢に。 「くはっ、はは……はははははは……ははは…………はは……は……」 高らかに笑いながら、逝けたのだ。 ――風景は戻る。 全ては痛みへと引き戻される。 激痛の檻に連れ戻される。 「が、あが、あぎぎぎあ、あ、あぁあぁあああああかっ、はあ…………!!」 戻った風景はシャリダムの軌跡。 コ・ホンブックが狂い行く地獄の最中。 だけど。 「いたい……いた……いた…………まけ……な……い…………!!」 一歩歩く毎に痛かった。 風が吹く毎に視界が真っ赤に染まって音が消えた。 かと思いきや次の瞬間には胸から腹から激痛が走りボロボロと涙が零れた。 「ぁ……あ…………あぁ…………」 それでも必死にこらえる。 理性を、正気のタガを手放すまいと掴み続ける。 (狂っちゃ……ダ……メ…………こわれ…………たら……!) 屈してはいけないのだ。 命のリレーはネコミミストへ繋がれたのだから……ネコミミストが壊れてはいけないのだ。 そんな事になれば幻夜の死も、ゲドーの死も。 体がスクライドで出来ている書き手の死も、666の負傷も、サプライズパーティーの殺害も。 「いた……いたい……イタイ…………いた……ぁ…………」 全ては無駄に。いや。 一人のマーダーに繋がる悲劇として片づけられてしまうのだから。      * * * 「少しは、持ち直したか」 666は呟く。ネコミミストの発狂は彼女にとっても避けたかった。 派手好き地獄紳士『666』は完全なる崩壊など望んでいないのだから。 「だが、これでも足りない。ネコミミストの決意と幻夜の遺志をもってしても、まだ」 666はネコミミストを見つめながら、考えていた。      * * * 「う……ぐ…………うぐっ……うぅ…………ひっく……ぅ…………」 一歩歩くだけで、痛かった。腕を振るうだけで、痛かった。 罪を犯していくのもたまらなく辛かった。 よく判らないスーツを来ている漆黒の、と呼ばれた書き手をエアで吹き飛ばした。 仮面ライダーカブトに変身した吉良吉影には戦いになるも漆黒を連れて逃げられた。 コ・ホンブックの体もバラバラに引き裂かれ、再生して歩き出した。 「イダイイダイイダイイダイイダアアイタッイタイダアアア…………」 次は前原圭一の姿をした書き手だった。激戦の末、ネコミミストは心臓を抉られた。 激痛に血の涙を流しながらエアを振るい、真名を解放するのではなく突き刺した。 だけど飛んできた何かに目を眩まされ、気が付くと相手の書き手は居なくなっていた。 「痛い……イタイ……いたい……イタイ、イタイ、イダイ、イダ……メェ…………」 四人組のチームに向けて威力を押さえたエアを解放した。 そしてばらけた一人、朝倉音夢の姿をした書き手の左目に、エアを突き刺した。 (いた……ダメ……イタイ……ヤダ……痛い……止めて……ダメ痛い痛いおねがいいたいやめ) 降り注いだ瓦礫に潰され、トドメを刺すことはなかった。 だけどその直後、通りすがりに居たディス・アストラナガンの姿をした書き手を、全く無造作に、 唐突に、何もさせる事無く、無数の紙の槍で貫き、引き裂いた。 「ァ……ま……た…………痛い、いたい、いたいイタイいたい痛痛痛痛痛いたいたいたたいいイイイ」 更なる罪と激痛に心が黒く染まる。 そこを救ったのは。 「――『痛い』んだね?  その『痛み』、私なら治せるよ。『みんなを殺す』以外の方法もあるよ。  少し手間と時間はかかるけど、私は、私だけが、貴女を救うことができる」 (あなたは……ボマ………) 「あ…………」 ネコミミストが一度見た、LSロワの書き手。 彼女の言葉はブックの軌跡の中で、数少ない救いだった。      * * * 「しかしまさか、彼女が関わっているとは思わなかったな」 666は悲しげに。そして愛しげに悼みながら、想いを零した。 ボマー。第一回放送の時点で唯一残っていたLSロワの同胞。 第二回放送の時には既に死んでいた、仲間。 「私にだって仲間意識くらいは有る。ああ、愛とは別にね。  だけど何かを為そうとするならばそれは、コ・ホンブックに対してするべきだろうし」 666は手を握り締め、触手の電流に痺れていた握力が回復した事を確認すると。 ネコミミストを。その右掌に呑み込まれていくシャリダムを見つめた。 「この抜け殻は単なる怪物ロリと扱って構わないだろう」      * * * 「たすけて……くれるの…………?」 「うん。大丈夫だから……。絶対、助けてあげるから……」 その痛みの地獄に現れた一筋の救いすら。 「ご縁がありますね。コ・ホンブックさん」 現れたあの怪人、ドSの手によって。 「――その人は。――あなたを助けようとしたので。――私が。――殺しました」 断ち切られた。 「――死ねっ、化物! 死ねっ、人殺し! いなくなれっ、化物! 消えてなくなれっ、人殺し!」 ネコミミストはコ・ホンブックの絶望を知った。 コ・ホンブックの地獄を見た。 コ・ホンブックが……狂った理由を知った。 「あ……ああ…………あああぁああぁあああああぁああぁあぁああっああああああああぁぁぁぁああ」 それに対してネコミミストはただ、絶叫した。 吼えた。 嘆きを。世界への悲しみを、怒りを、喪失を叫んだ。 ただ咆哮した。 全身に浸透した地獄を感じながら、ネコミミストが思ったのはただ――――。      * * * 『私が思うに不幸とは、『途中』であることだと思います。  終わりでなく途中。途中を維持すること。中途半端なままになってしまうこと――それこそが不幸だと』 666は浄玻璃の鏡に映し出された、ブックが意識を失っていた時の言葉を反芻する。 (それにしてもドS氏、私と貴方は本当に似ていたよ。違うのは少しだけだ。  ただ一つ、やり方だけが貴方とは違う) 666はドラゴンころしを握り締めた。 そしてそれをゆっくりと、振り上げて――。      * * * 全てを塗り潰した物があった。 ネコミミストを支える想いさえも押し潰した物があった。 それは負の極地、ドS氏が積み上げたコ・ホンブックの地獄。 ――では、なかった。 「だから言え!!おまえの本当の願いを!!お前の味方はここにいる。俺は死なない、負けない、放っていかない。  ずっと、一緒にいてやるから!!」 それは希望の極地、承の放ったスパロボ展開。 ――それ自体でも、なかった。 そのどちらでもあり、どちらでもなかった。 ネコミミストは信じる。 (ようやく、救われる) コ・ホンブックの地獄の末で、思う。 (悪夢が終わる。痛みが終わる。悲しみも罪も終わる。もう痛くない、いたくなくなる……) 承のもたらした希望に手を伸ばして、感じた。 (この結末に……辿り着けたのなら…………) 救いは有ったのだと、そう考えて。 それでも痛みが収まらなかった瞬間。 自分ではない誰か、傷一つ無いブックの姿が自分以外の自分ではない場所に誕生した時。 ネコミミストの心は決壊した。 『どうして! どうして終わらないの!? どうして痛いの! どうして、いやだ痛い、いたい!  いたいよ、イタイイタイ痛いいたいぃっ、あ、うっ、ヤダ、ヤダイヤダもうやめておねがっ、ああああ!?  イヤだ助かったとおもったのにたすかってもうおねがいイヤだイヤイヤイヤイヤアアアアアアアアアァッ!  たすかるとおもってがまんしたのに! 耐えられたのに! やだ、もうヤだあ、やあ!  イタイイタイイタイタスケテオネガイイヤダタスケイタイイタイタイイィイィイィイイィイィ――――』 「ONIICHAAAAAAAAAAAAAAAAAANNNNN!!!!」 喉から出たのは悪魔的な咆哮だけだった。 種明かしを、しよう。 これはブックの軌跡であって、ブックの軌跡ではない。 ブックが味わった苦痛そのものの軌跡だ。 それが分離されてシャリダムが生まれた。 ネコミミストが喰らったのはシャリダムなのだから、まだ続きがあるのは当然だった。 ここに来てネコミミストの感情移入はブックからシャリダムに切り替わる。 シャリダムは思う。全ての生ある者が憎いのだと。 ネコミミストは思う。全ての生ある者が憎いのだと。 シャリダムは願う。全て死んでしまえばいいと。 ネコミミストは願う。全て死んでしまえばいいと。 シャリダムは殺意を向ける。全ての生ある者に。 ネコミミストは殺意を向ける。全ての生ある者に。 ネコミミストは目の前の敵に――――      斬。 視界が、激変した。 痛みがあった。右腕が根本から切り落とされていた。 分厚い鉄板がその先とを遮断していた。 それをした者は目の前にいて、ネコミミストの残る左手には剣が握られていた。 ネコミミストは当然のように剣を突きだして――。 「………………………………あっ」 悪夢が終わっていた事と。 悪夢を始まった事を、知った。 「ネコ……ミミス…………ト……」 666の口から夥しい量の血が吐き出された。 茫然とそれを見つめる。 666の口から溢れた血は顎を垂れ、喉を伝い垂れていく。 溶解液により露わになった白い裸体を伝っていって。 胸の途中の、刃が突き立っている所の別の赤い流れと合流した。 その血はそのまま胸を伝い、腹を伝い、脚を伝い、地面に真っ赤な水たまりを作った。 「あ…………」 茫然と、一歩下がった。 ネコミミストの後退と共に胸に突き立っていた刃が引っ張られて、抜けた。 開いた穴から更なる血が噴き出した。 刃の先は赤い液体で濡れていた。666の、血。 誰がこんなひどい事を? 刃の根本はどこにある? 遡ったその先には震える左手が待っている。 だれの左手? 震えているのはだれ? それはネコミミストの左手。 どうして震えているのかは――。 「あ……ああ…………あ……あ……あああ…………ああああ………………」 壊れた機械のように母音だけが吐き出される。 何をした? 何をしてしまった? 殺意に任せて何をした? 悪夢に流されて何をしてしまった? 「わ、わたし、わた……ころ……し…………」 カラン。 滑稽なくらい小気味よい音を立てて、剣が落ちた。 「…………あ………………は…………」 心が軋んで、ヒビが入る。 表情が、壊れた。 「あは…………あ……はは…………あははっ、あははははははは……………」 (もう、おしまいだ……) 犯してしまった罪に潰されてネコミミストは乾いた笑いを―― パァンと、本当に綺麗な音がした。 「あ…………」 「う…………ぐ……っ」 666の呻く声。 血を撒き散らして苦痛に顔を歪めながらも振るった掌が、ネコミミストの顔を叩いていた。 「666…………」 動揺し戸惑いながらもネコミミストは666を見つめる。 666は苦しげに顔を歪めながら、ネコミミストを見つめる。 目が合う。 そして666はホッと、安堵の溜息を吐いた。 「良かった……君が、壊れなくて……」 「え…………痛っ」 麻痺していた右肩に一瞬だけ鋭い痛みが走る。 切り飛ばされた右腕が不死者の再生力によりずるずると引き戻されて、接合したのだ。 腕が飛んできた方を見るとそこには。 「ONII…………CHAAAAAA……………!!」 ドラゴンころしで右腕が断たれた為に食い残された、デビル・シャリダムが蠢いていた。 「え……な…………あ…………」 「君が壊れてしまわなくて……ほんとうによかった……」 ネコミミストは理解した。 シャリダムを喰らうネコミミストの様子を見て危険だと判断した666は、 ネコミミストが不死者であり死なない事を逆手に取り右腕を切り落とす事で、 不死者の捕食を強制的に中断させ、ネコミミストを救ったのだ。 「ふふ……それに奴もあそこまで弱れば、消し炭にすれば倒せるだろうしね……」 666はそう言うとデビル・シャリダムに歩み寄る。 地面を赤く染めあげながら歩いていく。 その背後の空間が揺らいだかと思うと、無数の爆薬がシャリダムと666の周囲に転げ出た。 「ろ……666……?」 まるで川の様に大地を染めた夥しい量の血の海。 確実な致命傷を負った666は、ネコミミストを振り返って微笑んだ。 「ああそうだ……そこに置いてある幻夜のデイパックには、デバイスも入っていた。  君の服はもう着れないし、あれでバリアジャケットを作ると良い……うぐっ」 「666!!」 「来るな」 駆け寄ろうとするネコミミストを手で制した。 「ふふ……そうだ、リクエストでもしておこう……。  リボンだ。  君には、きっとリボンがよく似合う。  色は、君の元の服と同じ白かな……うん、きっとよく似合うさ……」 「怪我を……666、あなたの傷の治療をっ」 ネコミミストも判っている。 666の傷は間違いなく致命傷で、助ける術など何も無いのだと。 それでも666は笑っていった。 「さっきは済まない……これは私のミスなのに君を叩いてしまったな……」 「ち、違う! わたしのせいだ! ぜんぶわたしの!  わたしのせいで、わたしが、わたしがあなたをころ……」 「それは違うよ、ネコミミスト……私は殺されなん……ぐっ……」 666は導火線に火を点けた爆薬を一つ、爆薬で囲った中に放り出した。 ジジジジと音を立て、火が爆薬に近づいていく。 666とその足下で蠢くシャリダムを爆炎に包み込むために。 666はこみ上げた血の塊を呑み込んだ。 そしてまるでどこかに旅立つような軽やかな笑顔を浮かべて。 「生き続けたまえ、ネコミミスト。いつか、また会おう」 「666――――――――!」 閃光が全てを包み込んだ。 爆風がネコミミストに吹き寄せる。 思わず目を瞑り地面に伏せた。 そして煙が晴れた時、そこには。 666の居た痕跡も、シャリダムの居た痕跡も、綺麗さっぱり残っていなかった。 「あ……ああぁあああぁああぁあああぁああぁああああああぁあああああああああああああぁっ」 慟哭が天を衝いた。      * * * 学校より少し東のビル街。 そこに有る高層ビルを直上。詰まるところ屋上。 その更に少し上空。 「……おやー?」 緊張感の無い声が響いた。 リリカルなのはのヴィータの姿をしたその少女は、首を傾げた。 クマのプー太さん。 書き手ではない、パロロワの有名絵師。主催側からの監視者。 同行していた転が優勝狙いに転向した様に、殺し合いが極めて円滑に進むのを見てとった彼女は、 転移により主催の本拠地に帰還しようとした。 その直前にふと、上空からゲーム会場を一望していこうと思ったのだ。 ただそれだけの事。 何て事はない、どうでもいい気まぐれだ。そうまでしなくとも彼女は監視を実現できる。 だからそこで彼女に出会ったのは偶然に近かった。 「何してるんですかー?」 彼女は屋上に居た人影に訊ねた。 無数のリボンがはためいていた。      * * * 出しっぱなしのシャワー。虚ろな瞳。 傷一つ無い肌。肌を伝い流れ落ちていく水滴。 響き続ける水音。動く様子のない、少女。 あまり長くない黒髪は、だけども深みのある艶を取り戻していく。 瞳は依然、虚ろなままだった。 それでも少女は、唐突に動いた。 きゅぅっと、シャワーの蛇口を捻って止めた。 それからシャワー室の中でも身につけていた右手薬指の指輪を掲げて、呟く。 「クラールヴィント。バリアジャケットを」 ベルカ式のこのデバイスでは騎士甲冑というのが正しいのだが、 デバイスはそんな差異を咎める程に狭量ではなかった。 まるで蛹から蝶が生まれるように、デバイスからリボンが溢れ出る。 真っ白なリボン。純白という色の線。 (あの人が望んだカタチに――) 無数のリボンが絡みつく。 中指の付け根にリボンが絡み、そこから手の甲を覆って手首に結び、 編み上げるように二の腕までを包み込んでいく。 衝撃波を制御しやすくする為に、指と掌が露出したフィンガーレスグローブ。 ウェディンググローブにも使われる優美なデザイン。 (白い、リボンで――) 足指にもリボンが絡む。指先からまるで壊れやすい物を包むように繊細に、しっかりと。 まるでトゥシューズ。 足首に達したリボンはそこから絡み合うように溶け合って、足を薄く広く包み込む。 タイツかストッキングかソックスか。見る人により意見の異なる曖昧さ。 (タイトに、抱いて) 胸を、胴を、腹部を、股関節を。 強く深く抱き締める、貞節の白い帯。所により締め上げて、所により僅かなゆとりを残す。 「フッ…………」 吐息を漏らす。 震えていた小さな肢体を、もう震えないようにしっかりと締めくくるレオタード。 体にピッタリと吸い付く白い鎧。 その上でまたもリボンが踊り、白い上着が飾られる。 リボンが踊る。 汚されて捨てた白い鉢巻に代わって、新たなリボンが頭部を締める。 新たな鉢巻。前に進む決意を持てるように。 美しくも華奢なヘッドドレスではなく、 「わたしを……護って。わたしがみんなを……護れる…………ように………………」 それからまたもリボンが踊った。 手首で、足首で、首もと、胸元で白いリボンが舞い踊る。 それらは優しく結ばれた。 彼女を飾り、祝福する為に。 零れた水滴はシャワーの水滴の残り水か、決意と悲しみの涙か。 「わたしが……あの人の。  あの人とみんなの想いを無駄にしない為に」 それが残った願い。 体はスクライドで出来ている書き手は、牙無き者の剣として想いに殉じ果てた。 幻夜・フォン・ボーツスレーは死の連鎖の中でも何かを遺し繋がれる事を願った。 そして派手好き地獄紳士『666』は――ネコミミストが壊れず、正しく生き続ける事を望んだのだ。 「わたしがあなたに出来る事は、それだけだから……」 故にネコミミストが彼女達の為に彼女の想いを汲もうとするならば、 死ぬ事も、狂気に逃げる事も、何もせず鬱ぎ込む事さえ許されはしないのだ。 罪の意識はネコミミストを前に向けて引きずる。 悲しみは絆に応えなければいけないと急き立てる。 ネコミミストには未来への一方通行しか遺っていない。 「だから……」 シャワー室から出たネコミミストは、入り口に立て掛けておいた双剣を手に取った。 ゲドー・ザ・マジシャンの支給品から出てきた、マテリアルブレード。 テイルズシリーズ出展の炎と氷の属性を持ったこの二刀は、 例えばアニロワに登場するFateの干将莫耶のように、二本で一組の剣なのだ。 だが馴染み薄いアニロワの住人には別々の武器に思えたのだろう。 それは炎上するホテルにおいて、四次元デイパックの奥の奥に有った不死の酒が見落とされた一因だった。 ただでさえ支給品が三つ有るかは判らない。 だからグルメテーブルかけとこの双刀で三つだと思ってしまった。 ……ネコミミストには関係の薄い話だった。 ネコミミストがこの双剣を握るのは、666を刺してしまったあの刀を使いたくないからだ。 その双剣を、ジャケットの一部に形成した白亜の鞘へと滑り込ませる。 新たな武器と白いリボンに身を固めて、ネコミミストは歩き出した。 未来へ向けて。 「だからわたしを………………」 ――気高き白猫は歩き出した。      * * * 「何をしているか? そんなもの、あの子を愛しているに決まっているじゃないか」 黒いリボンがはためいている。 衝撃のネコミミストが纏ったバリアジャケットとそっくり同じデザインのリボンドレス。 ただ全ての色が、黒かった。 それ以外に違う所が有るとすれば、背中から黒い翼が無数に伸びている事ぐらいか。 その手にはメタルイーターMXから取り外された狙撃スコープ、つまり望遠鏡が握られている。 「愛して覗きですか? えへへ、変態さんですね」 「覗きとは人聞きが悪い。見守っていたのだよ。うん、辛うじて前向きなようで何より」 彼女はスコープをしまい込むと、プー太へと振り返った。 特に警戒する様子もなく、言う。 「丁度良い話し相手が出来たな。何かな、プー太くん」 プー太は彼女に聞き返す。 「そうじゃなくて、どうして生きているんですか?  あの子には死んだって思われてるみたいですよ……ええっと、何て呼びましょう?」 「そうだな……君なら666で良いだろう。更に偽名を名乗ろうかと考えてはいるけれど、まだ良い」 派手好き地獄紳士『666』は、答えた。 「私がまだ生きている理由はそう、一言で言えば悔恨だ」 「悔恨ですか?」 ああと頷いて続ける。 「私は彼女に随分と色々な物を与え、教え、変えてきた。沢山の事を。  その結果、あの子は私の望む理想像を叶えてくれたと言えるだろう。  私を殺すのがあの子だとしたら、それ以上を望むべくもない位だ」 666はそう言うと、どこかしら愁いを感じる表情を浮かべた。 「だけど私は見落としていたんだ。  ならば私は、あの子に殺されるに足る存在だろうか? という事をね。  私はあの子に多くを求めながら、その実、ネコミミストに釣り合う存在ではなかったんだ。  まったくもってひどい話だ」 「えー……すごく悼まれてるみたいですよ?」 「ああ、それだけでしかない」 666は言う。 「私は心底からネコミミストの事を愛している。ネコミミストも私の事を大切に思ってくれていた。  あのまま死ぬのは本当に至福だった。  私はネコミミストの喪失した大切な物として、彼女の心にずっと居座り続ける事が出来ただろう。  愛し、愛してくれる者の心に永遠に残る事ほど幸せな事なんて無い。  ――だけど」 涙さえ零しながら話す。 「それではダメなんだ。そんな事ではダメなんだ!」 666は本当に心の底から、ネコミミストのために泣いていた。 「まだ先があるはずなんだ! あれより先が!  もっと上があるはずなんだ! あれより高みが!  更に底があるはずなんだ! あれより深みが!  だから私は、私が愛させてくれたネコミミストに続きを与えようと思う。  そう、その為に――」 それはほんとうに純粋な愛の涙で。 「――ネコミミストから私への愛がそっくり憎しみに変わるとしても」 寒気がするほどに真摯な、人から外れた感情だった。 「うーん、つまりあなたは何をするつもりなんですか?」 「やる事は簡単だ。私は、極悪人になる」 666は微笑みすら浮かべて言った。 「あれ、殺し合いに乗ってくれるんですか?」 「そういう事になるな。とにかく私は憎まれる事にした。悪のカリスマでも、下衆な鬼畜生でも良い。  このバトルロワイアルに参加する全ての者から悪鬼の如く憎まれるようになれたら尚良い。  最も望ましい事は、それを暴露した末にネコミミストの手によって――『喰われる』事だ」 「喰われる……」 「そう、私の想いの全てをネコミミストにぶつける。それが私の望む最高のクライマックスだ。  そしてネコミミストが、全ては自分への愛によるものだった事を知ってなお立ち上がろうと足掻く事を願っている。  そうでなければ――悼みも苦しみも悲しみも全て終わってしまうのだからね」 クマのプー太は気付いた。 「ところで666さん。あなた主にLSロワの書き手じゃないですか」 「ああ、そうだとも。絵板では何時も貴方に素晴らしい絵を描いてもらっている幸せなLSロワの書き手だ」 「でもその黒い羽ってもしかすると、アレを取り込みました?」 「ああ、そうだとも」 666は不敵に笑った。 「あれも私が出した支給品には変わりないからな、出せない理由なんて何も無い」 「やっぱり。えへへ、予想はしていたんですよ、その時が来るのは」 プー太も平然と笑って見せた。 「やっぱり使っちゃいましたか。――“闇の書”を」 「使ったとも。――“闇の書”を」 666はアニロワ1stでも、序盤に数話だけ執筆していた。 その時に出したアイテムは、やはり彼女の異名通り良くも悪くも強烈だ。 BLOOD+からディーヴァの剣とルルゥの斧。 ドラえもんからマイクロ補聴器。 魔法騎士レイアースから鳳凰寺風の弓と矢、それと剣。 ――そう、シャリダムの触手に向けて放たれた矢はこの矢に他ならない。 Fate/stay nightから凛の宝石十個 ――シャリダムに操られる幻夜の死体に放たれた石はこの宝石に他ならない。 そしてなにより、闇の書。 これで全てだ。 融合型デバイス闇の書。アニロワ1stにおいて重要な役回りを果たし大ボスの一つとなった危険物。 このアイテムは闇の書と融合する事で制御される。 666の髪は白髪に染まり、お下げは解かれて後ろに流されていた。 更にずっと付けていた丸眼鏡を外した事で、外見の印象は大きく様変わりしている。 「私があの状況で生き残れたのはこの闇の書のおかげだ。  シルバースキン・アナザーで爆風を防ぎ、闇の書とユニゾンして強大な魔力と高演算能力を獲得し、  強化した能力に加えて凛の宝石を一個使って懐中時計型航時機カシオペヤを瞬時に起動して疑似空間転移。  その後にもう一本だけ残っていたエリクシールで傷を癒す。いやはや危ないところだった」 「うわあ、チートですねえ」 「ラス1補正と言ってくれたまえ。なに、このロワではこれでようやく中堅だろうさ」 あながち間違いとは言えないのが怖ろしい。 「だけどそのバリアジャケットは“闇の書”で生成した物でもない」 「その通り。どっちで作っても同じなら、ネコミミストとお揃いにしたかったのでね」 その全身を包むのはネコミミストの白リボンバリアジャケットを丸々黒く染め変えたもの。 そして666の右手薬指には、“クラールヴィントがはめられていた”。 「クラールヴィントは情報戦に強い。  同じクラールヴィントでジャミングをかけておかないと、ネコミミストはすぐに私の生存に気付いてしまう。  物事にはタイミングという物が大事だ、今はまだ知られるわけにはいかない」 「じゃあ、そのクラールヴィントはどこから出てきたんでしょう?  あなたのアイテムは全て、あなた自身がどこかのロワで登場させた支給品です。  アニロワ1stで出したのはあなたじゃありませんし、LSでは出てません。  では他のロワでしょうか?」 666の笑みに一瞬、狡猾な邪悪さが混じった。 「さあ、どこのロワだろうね。ふふふ」 「どこのロワでしょうねえ? えへへ」 顔を見合わせて笑い合う。そしてプー太は言った。 「その事実だけであなたは十分に鬼畜だと思いますよ?」 「ありがとう、素晴らしい誉め言葉だ。話し相手になってくれたお礼に、これをあげよう」 666はエリクシールの瓶を一本手渡した。 プー太は怪訝な様子で瓶を受け取る。 「エリクシールですかあ? いえ、でもこれは……」 「アレの分泌したイケナイ触手汁だ」 「ONIICHAAAAAAAAAAAAAAAAAANNNNN!!!!」 指差した先、隣のビルの屋上で咆哮が上がる。 そこに居たのは言うまでもない。ようやく再生を終えた、デビル・シャリダム。 殆ど崩壊したものを、666が連れ去っておいたのだ。 「正確にはそれを被ったネコミミストが脱ぎ捨てた服から搾り取ったものだ」 「うわ、なんともフェチズム溢れますねえ」 「何か変わった展開に使えるかなと思って、エリクシールの瓶2本に詰めておいた。  持って帰りたまえ」 「はい、ありがたく……ってどうするんですかこんなの! エロ展開以外の何に使えと!?」 「ハハハ、主催側の書き手に渡せば頭を絞ってシリアス展開にも使ってくれるさ。多分。  では、さらばだ!」 666はばさりと六枚の黒翼を広げて、舞い上がる。 凄惨で救われないのに前に足掻こうとしてしまう残酷極まりない美しき悲劇を、ネコミミストにプレゼントする為に。 ――禍々しき黒天使は飛び立った。 【午後/E-5/学校跡地】 【衝撃のネコミミスト@アニ2nd】 【装備】:マテリアルブレード@テイルズロワ、クラールヴィント@アニロワ1st、バリアジャケット 【所持品】:支給品一式、拡声器 【状態】:精神的に消耗。不死者化。 【外見】:バリアジャケットの白いリボンドレス。 【思考・行動】666…………… 基本:前に……進む………… 1:スクライドの遺志を継ぎ、牙なき人の剣になる。積極的にマーダーキラー路線。 2:熱血王子と再会したら、今度こそ彼を止める。 ※衝撃波を使えます。掌からだけでなく、足の裏からも出せるようになりました。 ※「大あばれ鉄槌」を幼女好きの変態と勘違いしています。 ※シャリダムを通じて幻夜の死体を喰い、その記憶と知識と経験を得ました。  また、ブックがロワに来てからシャリダムが生まれるまでの経緯を体験しました。 ※血塗られた、永遠神剣第六位『冥加』は学校跡に残されました。 【午後/E-6/ビル屋上】 【派手好き地獄紳士666@LSロワ】 【装備】:ゲート・オブ・バビロン@アニロワ2nd(※特殊仕様)、闇の書@アニロワ1st、      クラールヴィント@アニロワ1st(ネコミミストと同じ物)、バリアジャケット 【所持品】:支給品一式、エリクシール瓶に入ったシャリダムのイケナイ触手汁 【状態】:闇の書発動。不死者化? 【外見】:黒いリボンドレス、背中から黒い六翼。長い髪は白く染まり後ろに降ろしている。眼鏡外し。 【思考・行動】 基本:極悪外道になった後、ネコミミストの前に敵として再会。ネコミミスト心から愛してる。 1:マーダーとして悪行を積む。 2:ネコミミストの前に敵として現れ、最終的に喰われる。 ※ゲート・オブ・バビロンで出せるアイテムをどれも『一応は何とか使いこなせ』ます。  エリクシールと爆薬は使い切りました。  浄玻璃の鏡の回数制限は残二回。凛の宝石は残り八個。風の矢は残量不明。 ※「大あばれ鉄槌」を(ロリ的に)危険人物と断定しました。 ※ゲート・オブ・バビロンで出せる新たに判明した物及び追加された物。  アニロワ1stからディーヴァの剣、ルルゥの斧、マイクロ補聴器、  鳳凰寺風の弓と矢、鳳凰寺風の剣、凛の宝石×10、闇の書。  加えて――マテリアルブレード@テイルズロワ@XXX、クラールヴィント@アニロワ1st@XXX、  不死の酒@アニロワ2nd(既に使用済み?)@XXX。 ※闇の書と融合しているため、その内に言うまでもなく―― ※クマのプー太氏に【エリクシール瓶に入ったシャリダムのイケナイ触手汁】が渡されました。  エリクシールはバビロンのアイテムですが、中身が代わっている為、666以外でも使えるようです。 【午後/E-6/別のビル屋上】 【デビルシャリダム】 【状態】:酢飯細胞侵食、不死者分大幅減量、胸に12の傷(※)、腹に10の刺し傷(※) 【装備】:乖離剣・エア@Fate※ 【道具】:なし 【思考】:  基本:ONIICHAAAAAAAAAAAAAAAAAANNNNN!!   1:全てを飲み込む ※不死者化する前に出来た傷は治りません。ずっと、痛いままです。 ※エアは取り込まれていますが、過負荷により機能停止中です。  このままでは再起動しません ※シャリダムはこの後、204話『[[我輩は――……]]』に続きます。 |220:[[さよならは言わないで。だって――(前編)]]|投下順に読む|221:[[したらば孔明の陰謀]]| |220:[[さよならは言わないで。だって――(前編)]]|時系列順に読む|204:[[我輩は――……]]| |220:[[さよならは言わないで。だって――(前編)]]|衝撃のネコミミスト|232:[[傷だらけの天使たち]]| |220:[[さよならは言わないで。だって――(前編)]]|派手好き地獄紳士666|223:[[エロス頂上決戦、決着……?!]]| |220:[[さよならは言わないで。だって――(前編)]]|デビルシャリダム|204:[[我輩は――……]]|

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