君に問う。 「箱庭」とは何か。 それは砂や土なんかを入れて、家や人形なんかを置く、まぁお人形あそびの道具みたいなものだろう。 俺も今辞書で引いて理解したばかりだ。安心して欲しい。 でも俺は、ちがう解釈からこの「箱庭」を見たい。 俺の見方、それは『閉鎖された空間』という解釈。 そこにいくと壁がある。そして出られない。 その空間でいろんなことをやりくりする。 これって、何か不思議で、おかしなことだと思わないかい? でもその中でさえ、色々なロマンやドラマがあってもいいはずだ。 少なくとも俺は、俺は自信を持ってそう言おう。 さぁ、君の意見を聞こうじゃないか。「箱庭」って、何だい? ………………。 …………。 ……。 −・−・−4/30−・−・− 今朝はちょっと雲があるものの、別段どうってことない朝。 普通の朝だ。 外では鳥がさえずる、表では近所のおばさんが花に水をあげている。 ――おはよう。 そんな言葉を出したくなった。しかし、出しても返事は返ってこない。 ごめん? いや、謝らなくていい。こっちからが話し出した話だし、それに暗い話って訳でもない。 んじゃ何故返事が返ってこないのか。 答えはこれ。今の時間。 時計を見る。十二と八、二つの数字をそれぞれの針が示す。 言わずもがな。それが今の時間だ。 さて、ここで焦ってはいけない。落ち着くんだ。 まず、ホームルームが始まる時間は? それは八時三十分。 次に、家から学校までのいつもの登校時間。 多分三十分くらい。 つまり、走れば間に合わなくもない。間に合えば遅刻なんてしない。そんな時間だ。 俺は―――― いや、ここで選択肢を入れるのはやめるとしよう。 いくらなんでも早いし、今後の面白みに欠ける。だろ? 俺は実に優雅に、そして有意義に時間を使うべく、再び布団へと潜った。 ヴヴヴヴ、ヴヴヴヴ――。 携帯のバイブ音。いつ聞いても無機質で、どこか暴力的だ。 どこが暴力?聞いてくれるな。俺が思っただけだ。 カパッと携帯を開いて現れるディスプレイ。誰からだろう。 ふむ。やはり母さんだ。 「も、もしもし……」 「…………」 「もしもーし……」 「…………」 いつもの無言。時間は朝十時ジャスト。 いつもの時間。始めは無言という返事で返す母親。 「ただいま起きました」 「……今何時?」 「十時ちょうどであります」 「…………」 「今晩のおかず、ハンバーグなんだがお前は要らないようだな……」 「いえいえ、滅相もございません」 「さて、それだと私たちの肉が増えるようだな」 「……急いで学校へ行かせていただきます」 ピッ。携帯を切る。 我が親ながら恐ろしい。成長期の子供からおかずを一品、とりあげようとは。 それも肉料理だぜ? 肉料理。 かくも残酷なる兵糧攻め。 まぁ、これで学校をサボることはできないわけだ。 時刻はさっきから三分もかかっていない。 今朝もさわやかだ。 ガチャリ。鍵のかかった音。 手のひらにも伝わる振動。 仕方ない、準備も出かける準備もできたし。 学校に、行くか――――。 ………………。 …………。 ……。 教室に入ると、友人の挨拶を浴びちゃう俺、その実人気者。 「遅いぞ陣内ー!」 「ようやく来たかー」 「おはよう陣内君ー!」 ここまで来るのに三十分。実際にすごい疲れる。 知り合いの家を越えて、丘を越えて、駅前の人ごみを越える。 つ、疲れた……。 窓際の席っていうのがここではちょっと嬉しい。 涼しい春の風が窓から入ってきてなんとも心地よい。 地面から伸びる桜が入ってきてもおかしくない勢いの風が時折吹くのもご愛嬌だ。 そうして涼んでる間に三時間目の授業が始まっていた。 ん〜っと、大きな欠伸、そして授業終了のベル。 待ちに待った昼休み。 唐突だが、ここでウチの学園の購買においてある物を紹介しよう。 俺のやきそばパン。 俺のカレーパン。 俺のコロッケパン。 俺のリンゴジュース。 俺のコーラ。 俺のシャトー・ディケム。 最後のは冗談だけど。……俺もこれは名前しか知らないしね。 まぁとにかく、全ていとおしく思える。 鉛筆や消しゴム、ノートは無論置いてあって、さらには洋服やあのバンドのCDまで。 こないだ漁った時には泡盛なんかもあったな。 ……なんで泡盛があってワインが無いんだ? とにかく、この学園の購買は、なんかやたらでかい。 コンビニ顔負けのこの学園の購買。だから他の学校みたくあせらなくていい。 はずなのにその実毎日行われている購買戦争。 その反面、有意義な昼休みが俺を待つ。すばらしいじゃないか。 そこのあせっている後藤と田井中にも言ってやりたい。 「これこれ、あせるんじゃない」とね。 まぁ、俺がこんなに余裕なのには理由がある。 その理由とは……購買のオバチャンと仲がいいのだ! 毎日数分話す程度だが実に気が合う! だからいつも買い置きを頼んでいる。 俺だけの特権。なんていい響き。 さて、俺も購買に行くとしよう。 と、同時に俺の隣の席の女子も立つ。 涼ヶ峰 湖璃(すずがみね こり)。 容姿端麗、成績優秀。その上実家はお金持ち……なのかどうかは知らないが。 でもこいつは人との関わりを避けたがる。 始めの話をしよう。俺が学年が上がってこのクラスにやってきた時だ。 俺は話しかけたんだよ。 「こんちは。しばらくの間かもだけど、よろしくな」 まぁこんな感じ。シンプルだろ? 普通だろ? おかしくなんか無いだろ? それの対応は以下のとおりです。 「…………」 無言の威圧ってすごい。 ヘタにしゃべるよりこっちの方がビビるね。 すごいよ? マジで。 でも俺はめげなかった。来る日も来る日も話しかけた。涼ヶ峰に。 「おはよう」 「あのさぁ」 「ところでな」 全部が全部じゃなかったけど反応は似たり寄ったりだった。 「へぇ……」 「そう……」 「ふぅん……」 こんな感じ。 だがしかしもう諦めた。 いささか疲れたというか何と言うか。とりあえず飽きたんだよ。 まぁいいさ。とりあえず俺は購買へ急ぐぜ。理由?やきそばパンで十分だろ? 別に走る理由はないけどね。 で、購買。いつものように平凡だ。何もあせることなんて無い。 俺には関係の無い話だ。 右手のほうで見える購買戦争も、人と人の間から伸びる手も。 「はいオバチャン、これ」 「おやこうちゃん。いつも同じので大丈夫なの?」 「大丈夫、むしろ俺はこれがいいから」 「たまには違うモノも食べなきゃだめだよ、コレつけてあげるから食べときな」 そういって渡される野菜サンド。常連になるとこれが本当にありがたい。 「ありがとうな、おばちゃん」 「いいのよぉ。こうちゃんのタメだもの。いつも買い物してくれるしねぇ」 さて、今日は月曜日である。月曜日は屋上……の手前のドアで食事を取る曜日だ。 実際は、マンガ、ゲームの様に屋上のドアが開いているはずもなく。 そこで俺たちはこのホコリいっぱいのドアの前で食事を取る。 「遅いぞ、お前何してやがった」 呆れ顔で詰め寄ってくるこのちょっと殴りたくなる友人。 君塚 陽季(きみづか ようき)。 わが親友。 親友とかいてマブ。 っていうのは若干古いかな。まぁいい。それが適切な表現であろう。 …………そう、なのかなぁ。 「ちょっと寝ててな。あと学食でおばさんと話してた」 「あぁ、咲おばさんか」 口ぶりの通り、こいつもうちの購買の常連だ。 「今日は野菜サンドをサービスしてもらった」 「何だ、お前もか」 「お前も……ということは」 ほれ、と言わんばかりにつまんで見せたもの。 野菜サンド。俺の持っているソレと同じだ。 おいおい咲さん。経営の方は大丈夫なのか? 「んじゃ、楽しいランチとしますか。お、お前が来るまで待ってたんだから感謝しろよな」 ありゃ、ここでどもったら「ツンデレ」の称号が与えられてしまうであろう君塚君。 ってか、友人の間ではそんなに恥ずかしいことでもないだろう。 そう思いながらクチに運んだ野菜サンドには、何故かキウイが挟まっていた。 午後の授業はいつだって退屈だ。 俺はいつものように突っ伏す。 おっと。俺が突っ伏して寝ている間にこの「浅ヶ浜学園」を紹介しておかねばなるまい。 丘に二分されるこの街に二つと無い学園、それがここであり、俺の学び舎。 偏差値とかは、もうよく覚えちゃいないが、割と悪くないとは思った。 それに比例するかのように学園自体も悪くない。 生徒の自主性を尊重、とかありきたりではあるがそんな形が成されていた。 取り締まる生徒会も俺たちの自由を最大限に尊重してくれていると思う。 部活のことはよくわからない。が、推薦とかで入ったヤツがいるあたり悪くは無いかも。 つまり、俺は自分の学び舎があんまり深く理解できていない。 ここから見えるあの南側の無人島への道が浅瀬になってるからこんな名前の学校なんだ。 そう勝手に決め付けている以外は。 ……我ながらなんと安直な。 「んじゃここを……珍しく起きている陣内君」 「……え?」 その後、教室は笑いの渦の中に漬かった。 さて、放課後なわけだが。 ここはどこか。 今現在、俺は街にあるゲームセンターにいる。 今日は寝るぞー! そう叫ぶかも知れなかった五秒前。 「ゲーセン行くぞー!」 そういって言い寄ってきた売るワシ、じゃなくて麗しの我が友人。 いやだいやだという俺をここまで引き摺ってつれてきた張本人。 「さて、今日は何しようかなぁ」 まるでおもちゃを買ってもらうのかという子供のごとくはしゃぐ君塚。 おもちゃなら後で買ってあげるから落ち着きなさい。 そう言ってしまいたい。 「今日はコレだ!」 二つくっついた対戦台。 レバーとボタンがついた台。 まぁ、格ゲーだろう。 「これで負けたら百円奢りな」 無論、俺は首を左右に振った。 俺は格闘ゲームが「超」の文字が三、四回ついてもおかしくない位、へたくそなのだ。 そのくせ君塚本人はここのゲーセンの大会に出て準決勝まで上るという馬鹿げた実力。 そしてそれを問答無用とばかりに俺のコインをシュートするその本人。 なんか……泣けてきた。 「結果発表ー!」 パチパチ、と手を叩くが無駄に終わるだろうな。ここゲーセンだし。うるさいし。 「俺七、陣内三。つまり俺の勝ちー!」 無論、この数字は勝ち数である。 「さて、これで百円確定だな。次は何やろうかなー」 こいつは今日日この年齢の高校生が百円で何するつもりなのか決めているのだろうか。 アイス? それならいつも俺のをかじりついてくるぜ。 「次はこれにしようぜ。」 次も格闘ゲームだったらこいつを殴っていただろう。だがそれは俺の愚かな間違い。 友人の指定したゲームは、俺が「超」の文字が複数くっつくほど得意なシューティング。 「か、勝ってばっかりでも面白くないからな。その……お前にも得意なものを握らせないと、な」 あー。やっぱりこいつ「ツンデレ」だよ。 どうしちゃったんだ今日は、コイツめ。 ………………。 …………。 ……。 で、余裕勝ちしたわけだが。 これだけは本当に自分の中では俺は「プロ級」に格付けされている。 ちなみに君塚は「アマチュア脱出」だ。既に格が違う。 「くっそー!なんであそこでアレを打てるかなお前は」 「アホかお前は。あそこでアレ以外打つものがあるか。ちゃんと状況判断しろ」 「にしてもそのアレの標的が小さいじゃんか。俺には無理な話だね」 「お前格ゲー以外に強いモノ作れよな……」 アイスに喰らい付く男二匹。まさに惨めである。 と、ここで絵に描いたかの様に見かけた少女が一人。俺等オス二匹を素通りする気高いメス。 「あれは……」 私服姿の涼ヶ峰らしき女が一人ゲーセンの中に入って行くのを目撃した。 「どうしたさ兄弟」 「兄弟言うな。今涼ヶ峰がいたんだよ」 「ありゃ。あいつもこういうところに出入りするんだねぇ。これからデートかな?」 「さぁ?ま。男二人にはどうにしても影響無いわ」 「……なんなら尻の穴貸してもいいぞ」 「いらねぇっての」 今日一日の行動、発言を元にするとこれが冗談に聞こえないから怖い。 にしてもどうして俺はこの涼ヶ峰に引っかかってるのかな? 惚れてる? まさか、な。 −・−・−5/1−・−・− 今日も今日とて俺は遅刻気味。 先ほどの電話で俺の夕飯の取り上げが確定しなかっただけましか。 現在時刻は八時十五分。 明日はちょっと頑張ってみよう。 いつもそう思うのだが頭と体が付いていかない。 無論、両方とも朝には寝ているから。 丘を下り、 人ごみをすり抜け、 そして校門。あと、あと少し……。 午前八時二十五分、あと五分というところで俺は教室にゴール。 「ま、間にあったか……」 間一髪、といった具合に俺はその場にヘタレ込む。 足につく教室の床の冷たさの気持ちいいのなんのって。 でもいつまでもこうしているわけにもいかないのでさっさと席につくことにする。 「…………」 視線を感じた。涼ヶ峰がこちらを睨み付けている。 俺とそんなに席が離れていないため自分の席などに移動する時よく目に付く。 「…………」 俺を見た刹那、プイっと目をそらす。 ――――お前はネコか。そうも思ったがあの涼ヶ峰が反応するはずもなく。 どうせしかとされるであろうと思い、突っ込まないことにする。 さてと、と俺が席についたと同時に担任が教室に入ってきた。 ………………。 …………。 ……。 コツン、コツン。机を指で突付く仕草。 あー、早く終われよ。ったく……。 授業時間こそ残り三分、終わりに近づいているわけだがこの三分が妙に長い。 カップ麺の三分に匹敵する長さに思える。 終われ。 終われ。 終われ。 終われ。 終われ……! 「んじゃちょっとばかし早いけどここで終わろうか」 よしきた。授業終了の掛け声。 俺は号令をブッチして教室を抜ける。 今日は一ヶ月に一回。『全品三十円引き』の日。 昨日に続き、購買の話をさせていただこう。 やきそばパン、百円。 カレーパン、百円。 コロッケパン、百円。 計三百円也。 全部百円じゃねえかっていう突っ込みは聞こえないことにして話を続ける。 さっき言った値段、これが普段のうちの購買。 しかし、うちの学園の購買は、毎月一日、『全品三十円引き』になる。 すなわち、 やきそばパン、七十円。 カレーパン、七十円。 コロッケパン、七十円。 計二百十円。 九十円あまるわけだが、この九十円、あなどってはいけない。 一枚、銅の硬貨があればもう一品買えてしまうのだ。 俺は走る。その一品の為に。 俺は走る。思春期のお腹を満たすために。 俺は走る。走ることは青春のあかしとばかりに――。 ……我ながら寒い事言ったなぁと後悔する。 購買に着いてやきそばパンをいつもより一個多く買えたおれは、ホクホク顔である場所に行く。 ある場所? それはここだ。 食堂。カフェテリアなんて言わないぞ俺は。誰がどう言おうがココは食堂だ。 ここの食堂は何度か使ったのだが。 安い! 早い! 旨い! この三拍子がそろわなかったのでやめた。確かに早くて安い。でも最後のはちょっとね……。 まぁ俺は購買の方が性に合ってるというか何と言うか。 とにかくチャーシューが二枚しか入ってないチャーシューメンはイヤなのだ。 えっと……今日は火曜日だよな。 確認すると俺は食堂の一番端、ちょっとだけだけど海の見える席に腰を下ろす。 今日は食堂で食べる日なのだ。 君塚には悪いが週の二回はここで食事を取る。 その理由?それは……。 と言う間に二人が到着する。 「……」 ブスっときつねうどんをトレイに置いて運ぶこの少女。 我が義姉妹の陣内 砂優里(じんない さゆり)である。 「あ……先輩……」 そしてその隣でお弁当を持つ娘、大泉 あきら(おおいずみ あきら)ちゃん。 この娘は本当にいい子なんだが、オドオドしているせいかいつもいじめられちゃう損な娘。 でも顔が可愛いのでその反面人気も高いっていう面白い子。 「こんにちは。あきらちゃん」 「こんにちはです、先輩」 「今日は俺が先だったね」 「待たせてすみませんです。授業が長引いたもので……」 「今日は俺が早かったんだよ。ほら座りなよ」 「はい」 普通、いたって普通の挨拶。 「……」 そしてそれをムスっと睨み付ける我が妹。まるでヘビをにらむ蛙のように。 「どうした? 砂優里」 「へっ?」 「いや、こっちをジーっと睨んでたからさ」 「いや、別に……」 我ながら思う。実に変な妹である。 これが毎回なのだ。いつもこちらを睨んではこういう対応で返す。 それが我が妹の、いわばジンクス。 「ま。いいけどさ」 これもいつもの返しだな。我ながら変化をつけなければ、とは思うのだが。 時刻は午後一時二十分。五時間目開始まで十五分といったところか。 「さて、そろそろ俺はおいとまするね」 「はい先輩。また明後日です」 「…………」 うどんの上のきつねを頬張って相変わらずこちらを睨む妹。 笑顔で送り出してくれたその友人。 二人を背に俺は食堂を後にした。 っていうか食うの遅いな砂優里。 「…………」 「……遅いじゃねぇか陣内」 「お前いたのか君塚……」 君塚が何故か食堂前で体育座りしながら待っていた。 放課後の校門、俺はまた走っていた。 ……この二日間どうにも走ってばかりだと思う。 今日は君塚に捕まることなく教室からここまで来た俺はうちで寝ることを目的に全力疾走。 自宅まで走っておそらく二十分。帰る頃はおそらく四時半。 その時間からなら三時間も眠れる。 あの快楽に三時間も身を浸していられる。 こういう時に「なんで俺は自転車で登校できないんだ?」とか思ったりするわけなのだが。 「……ちょっとストップ」 横からそんな声が聞こえた。 と、同時に俺は勢いよくグエっと首だけ後ろに取られる形になった。 どうやら首根っこをつかまれたらしい。 ぐぇ! っと首を圧迫されて呼吸が数秒できなかった。 視界が一瞬だけ黒に染まったのは気のせいではあるまい。 「ゲホッ! ゲホッ!」 咳き込んだ。だ、誰だこんなことをするのは……。 「…………」 夜叉だ。 目の前に夜叉が立ってる……。 昼間のこの学園には夜叉がいるのか……。 と思ったらいつものようにこちらを睨む妹だった。 「…………」 「ケホッ、さ、砂優里か……」 時折だがこんな感じで声をかけられる。 ……この間は自転車で突っ込まれたけど。 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「……えっと、何?」 静寂に耐え切れなくて質問。 涼ヶ峰といいこいつといい、何で黙ってるだけで威圧を感じるのだろうか。 こいつも黙って見てると威圧感じる時あるからすごいよなぁ。 「お母さんに買い物頼まれた」 「母さんにか」 恐ろしい。確かに砂優里は「あの母さん」の血を継いでると思う。 それも、なかなかに濃く。 「手伝って」 「……はい?」 「買い物、手伝って」 「えっと……要するに」 「……荷物もち」 「…………」 「…………」 「一応聞くけどさ」 「否定は受け付けない」 「…………」 つまりコレは決定事項なのだろう。俺に否定権は無いらしい。 「お兄。時間無い、早く行くよ」 「…………」 納得しないまま俺はつき合わされるのだった。 で、買い物から帰ってきたわけなんだけど。 ……しんどかった。 母さんはここまで予想してあの量の買い物を砂優里に頼んだんだろうな。 だってありえないぞ? 女の子一人でスーパーの袋四つとか。 「お〜い、飯だぞ〜」 母さんの声が家の中に響く。 さて、と疲れた体を引き摺って一階へ。 今日の夕飯は何だろうな? 一階には俺を除いた家族が全員揃っていた。 「遅い、っていうか三分もかけてるな」 口の悪いこの三十代後半女性が我が義母である。 陣内家の食事担当で、スーパーのパートの長、責任者という忙しいお人なのだ。 「遅いかなぁ……僕もそのくらいかかると思うけどねぇ」 その隣でニコニコ笑っているのが我が義父だ。 伸ばしているのか、そのあごにあるヒゲが特徴。街で小さなケーキ屋を経営している。 「どっちでもいいから早くゴハン食べよ……」 で、その隣が義妹、砂優里だ。 口数が少なく、その口もツンツンしてるという妹。 「ったくこいつが一番食うくせに一番遅いとはどういうこったね。全く」 「いいじゃないか。成長期には食えばいいのさ」 「おかげで食費はたまらんがな」 「ハハハ……こちらも努力させていただくよ」 こんな家族に囲まれて俺は生活してきた。 これが俺の求めていた形。 数年前のあそこでこの人たちに会えて本当によかった。そう思う。 これから先も、ずっとこうあればいいと思う、春の夜――――。 なんで義父、義母だって? あぁ、また今度の機会に話すことにするよ。 −・−・−・−・5/2−・−・ー・−