「最終章 (2)」

この物語を書き始めるにあたって、2つほどラッキーな事件がありました。
1つは、前に紹介したスギモリくんの
「トノサマン、最高でした」
というヒトコト。これで、いやが上にもキモチは高ぶります。
さらに、もう1つ。
当時完成したばかりのテスト版をプレイした、制作進行・岡本くんの通りすがりのヒトコト。
「“逆転姉妹”、アツいですねー」

‥‥アツい‥‥
『逆転裁判』で最も重要な要素は、それなのかもしれない‥‥
“トノサマン”執筆中は困難の連続で、とにかく書き上げるだけで精いっぱい。
正直なところ、少しの間、忘れていたコトバでした。

そこで、最終話のテーマは、問答無用の“ホット・アゲイン”。
執筆にかかる前に、メモ用紙に大きく“熱”と書いて、目の前に張り出しました。

‥‥ここまでコラムにつきあってくれた方は、そろそろこの巧という人間を、見切ってしまわれたかもしれません。
ぼくは、通りすがりのヒトコトに、めっぽう弱いのです。
それが賛辞であれ批判であれ、何気ないヒトコトは、ヘタすると数日間、アタマにこびりついて離れなくなります。
(そのくせ、真っ向から意見されると反発するクセもある)

さて、4月1日。いよいよ、執筆開始。
目標とする完成期限は‥‥5月2日。20代に別れを告げる誕生日までに、どうしても仕上げたかったからです。
今思い返すと、書き始めたときの熱いキモチがなければ、とても完成しなかったような気がします。とにかく、長い長い。
書いても書いても書いても書いても‥‥終わらない。
やがて後半に入ると、自信メーターもまた下がり始めました。
法廷パートを熱くするためのネタが、ついに尽きてしまったのです。
非常にマズい状況です。ここは何か1発、カンフル剤がほしい‥‥。

「視聴率をとりたけりゃ、子供か動物を出せ」
ある敏腕テレビプロデューサーが、そう言ったとか言わないとか。
子供はもう使ってしまった。残るは‥‥?
ということで、サユリさんを考案。きっと、トンでもない展開になるはずです。
‥‥これなら、行ける!
ぼくにとって最高のエネルギーは、ちょっとくだらないネタだったりします。

ついに、最終章。
このときのことは、なにも記憶に残っていません。たしか、3回ぐらい
「お、終わった! ‥‥と思ったらまだあったー!」
と絶叫したような気がします。

そして‥‥永遠とも思えた旅が終わり、物語の幕を閉じたとき。
完成期限はとっくに過ぎて、ぼくは30才になっていました。イトノコ刑事と同い年です。
誤字のチェックにスタッフロール、後回しにしていた〈調べる〉メッセージの作成‥‥。残っている仕事に忙殺されて、シナリオ完成の達成感を味わう時間はありませんでした。今となっては、それだけがちょっと残念です。

突発的なできごと、いろんな人の何気ないヒトコト、チームメンバーの顔ぶれ‥‥。
『逆転裁判』のシナリオは、無数の偶然が積み重なって完成しました。
でもフシギなことに、振り返ってみると、それらの偶然はすべて必然だったような気がしてきます。

‥‥いつかまたもう一度、チャンスがあったら‥‥
まったくちがった偶然の積み重ねの果てに、別の『逆転裁判』が、さも当たり前のように生まれるのかもしれません。