GBA版逆転裁判公式サイトコラム2

GBA版逆転裁判公式サイトコラム


Web archive/2001年
消えつつあるネット上の貴重な資料を公開。



第14回
「えんそく」

「今回はどう? 自信ある?」
シナリオを1話ぶん書き上げると、必ず聞かれるのが、これ。
恐らく、あたりさわりのない世間話のつもりなのでしょう。
しかし。ぼくにとっては、あたりさわりまくりの質問なのです。正直、どう答えていいかわかりません。

‥‥こう書くと、
「なんだ。オマエは、自信のないシロモノを書き散らしてるのか?」
と思われる方もいるでしょう。
実は、そのとおりです。
物語が書き上がった瞬間、ぼくの自信メーターは、かぎりなくゼロに近い状態を漂っています。

シナリオを書くとき、ぼくは最初に、物語全体のプロットを作ります。
特に裁判パートは、証拠品の流れから尋問の内容など、細かいレベルまで構想します。
プロットが完成した瞬間のぼくは、まさに自信の権化。イヤミの固まりです。
もし、ここで冒頭の質問をされたとしたら、
「くだらねえことを聞くんじゃねえ」
と、一刀のもとに切り捨てることでしょう。

この、みなぎる自信がなぜ、書き上げたときにはサッパリ消えているのか?
答えはカンタン。シナリオを書く作業は、無数の選択と決断の連続だからです。

‥‥ネタをつなぐ会話の量が、多すぎないか?
‥‥間延びしそうな箇所に入れたネタは、これで笑えるか?
‥‥クライマックスは、盛り上がっているか?
‥‥プロットのおもしろさは、これで伝わるのか?
‥‥ていうか、そもそもこのプロット、ホントにおもしろいのか?

章を重ねるうち、自分の選択がことごとく間違っているような気がしてきます。
悪戦苦闘のすえ“おわり”と書いたとき、そこにあるのは大きな不安と疲労感だけ。
生まれてこなければよかった‥‥とさえ思います。
‥‥しかし! この灰色の世界が、極彩色にいろどられる瞬間があるのです。

画面にキャラクターたちが動きだし、効果音や音楽が添えられ、やがてテストプレイの日。チーム内外の人たちに、
「おもしろかった」
とヒトコト、言われたとき。
その一瞬。すべての不安と疲労感は、巨大な喜びと満足感の津波によって、すべて洗い流されるのです。
生まれてきてよかった‥‥とさえ思います。
(ただし、手厳しい意見にヘコむことも多い)

シナリオのゴールは、書き手が記すエンドマークではありません。
本当のゴールは、みなさんが、それを確認したとき。
「家に帰るまでが遠足です」
という学校の先生のコトバは、まさに真実だったのです。

第15回
「宣伝活動」

ゲームを作る以上、できるだけ多くの人に遊んでもらいたい‥‥。これは、制作者の魂からの願いです。
そしてそのためには、できるだけ多くの人に、ゲームのことを知ってもらわなければなりません。
その手段こそ‥‥“宣伝”。

『逆転裁判』も、雑誌に広告を出したり、紹介記事を載せていただいたり、各種メディアを使って、可能な限りの宣伝活動を展開しています。
特に、プロデューサー発案による、この公式ページの体験版は、おかげさまで好評のようです。寄せられた感想には、チーム全員で目を通して一喜一憂しています。

しかし!
宣伝に関しては、常にあるジレンマがつきまといます。
それは‥‥
《物語の内容が、公表されてしまう》

『逆転裁判』は、ミステリーを題材にしたゲームです。
ミステリーにとって一番重要なのは、“意外性”‥‥まさに、新鮮さこそが命。
個人的には、いっさいの情報を知らない状態で遊んでほしいのです。

しんぼう強くここまでコラムにつきあっていただいているにも関わらず、まだ『逆転裁判』を手にしていないあなた! もうそろそろあきらめて、ゲームショップへ足をはこびましょう。
そして、ゲームをクリアするまで、この公式ページを含めたすべての情報に、目と耳をふさいでください。心からのお願いです。

‥‥とはいえ、コラムに手を出す前に、どうせみんな《エピソード紹介》のページに目を通しているんだろうな‥‥。

さて。次回からこのコラムでは、4つのエピソードについて、そのシナリオの制作風景を紹介していきたいと思います。
『逆転裁判』を遊んでから読んだ方が、ゼッタイおもしろいですよー‥‥と、ちょっとここでも“宣伝活動”しておきましょう。

第16回
「逆転姉妹 (1)」

2000年9月。
“ゲームでムジュンを指摘するんだあ!”と連呼したところで、なかなかイメージはみんなに伝わりません。
‥‥というか、そもそも自分でもよくわかっていない。
そこで、とりあえず雰囲気をつかむために、練習シナリオを書くことになりました。
“逆転姉妹”の原型となったバージョンです。

なにぶん初めてなので、ストーリーなんてどう作っていいかわかりません。
そのかわり、トリックは使いほうだいです。
“ムジュン”というコトバから思いつくネタの一番オイシイところをふんだんに使って、さっそくプロットを作りました。
現在の“逆転姉妹”法廷シーンの、トリックだけを抜き出したようなシロモノです。

「さて。プロットもできたし、とりあえず書くかー」
ワープロの前に座って、いきなり硬直。
‥‥登場人物の名前がないと書けねえ‥‥。
オレは早くシナリオを書きたいのだ! 名前なんか、考えてられるか!
‥‥ということで、反射的に出てきた名前が‥‥

爽果 なるほど :主人公
可鳴 美女(かなりみお):被害者
小中 大 (こなかひろし)
松竹 梅世(しょうちくうめよ)

ま、あとで変えればいいや。仮だし。‥‥当時はそう思っていました。
‥‥できたシナリオを印刷して、答えの部分を折り曲げてできあがり。
チームのメンバーを1人ひとり呼びだして、ぼくが読み上げて、実際に
「異議あり!」
と、やってもらいました。

これをゲームにしたのが、コラム《年末敗訴》で紹介した“完全敗訴バージョン”だったのです。
このシナリオには、実にさまざまな敗因が含まれていました。

●裁判が始まる前に説明するべきことが多すぎる
●物語としてのおもしろさが、まったくない
●プロローグにしては長すぎる
●その上で、システムが極悪

そこで、もっとシンプルな、別の物語を書くことになりました。
それが“初めての逆転”です。

‥‥さて。
今回シナリオというものを書いてみて、個人的にビックリするような経験をしました。
なんの前ぶれもなく、突然アタマの中がまっ白にスパークして、次の一瞬、今まで考えもしなかったアイデアが、いきなり完成形になって天から降ってくる‥‥そんな経験です。

そういうユメのような瞬間が、全編を通じて2回だけありました。
次回は、その1回目の話をしたいと思います。

第17回
「逆転姉妹 (2)」

“逆転姉妹”の改訂作業は、“初めての逆転”の執筆と並行して進めました。
改訂のテーマは、『全身全霊』。

“おもしろくない”と言われたのが本当に大ショックだったので、その反動がモロに現れました。
とにかく、物語を盛り上げるために思いつくかぎりのネタを全部ぜんぶ、ぜーんぶ詰め込んで、あふれてもまたギュウと押し込んで、まさに“この1本に賭けた!”の意気込みで書きあげました。

冷静になってから、読み返してみてのスナオな感想。
‥‥どう考えてもコレ、最終回っぽいな。

まあ、書いちゃったものはしかたありません。
チームのメンバーに相談したら、
「ワシはアリやと思うで」
と言ってくれたし。
それに、書き終えた瞬間は“これで悔いなし!”とホンキで思ったものです。
ただし、3話以降のエピソードを書くときになって
“‥‥なんであんなにネタ使っちまったんだよ!”
と、さんざん後悔することになるのですが‥‥。

さて。前回予告したとおり、執筆中にアタマがスパークした話をしましょう。

“逆転姉妹”の頃はまだ、構成の重要性がわかっていませんでした。
大ざっぱに犯人の背景を決めただけで、無造作に書き始めます。
ラストで犯人につきつける書類の内容も未定のままという、今考えると、むしろすがすがしいほどの無計画さです。

問題は、成歩堂が留置所で真宵に会うところで発生しました。
成歩堂、なにげなく質問。
「ご両親は?」
ハタ‥‥、と手が止まりました。
そういえば、この子の両親はどうしてるんだろう‥‥?

実は、この瞬間まで、まったく考えていなかったのです。
とりあえずここは、なるべく真宵をカワイソウな状態にしたい。
‥‥じゃあ、天涯孤独にでもしとくか。

そこで、おかあさんの物語を考えてみたのですが‥‥そのとき!
クドいようですが、アタマの中が一瞬、まっ白になりました。

‥‥霊媒師だったおかあさん。千尋が犯人を調べていた理由。それが最終話の、あの親子の事件と結びつき、さらには成歩堂がなぜ弁護士になったか、その理由に結びつき、そしてラスト。プロローグのあの人物の、小さな罪を暴き出して‥‥幕。

‥‥各エピソードの断片的なイメージが連鎖的につながっていって、物語全体のアウトラインが、いきなり完成形として目の前にあったのです。

こんなことは初めてだったので、本当にビックリしました。
あんまり驚いたので、その日はそれで執筆を切り上げて帰ってしまったほどです。

帰り道。脳裏に、誰かの優しい笑顔とコトバがよぎります。
「4つのエピソードにつながりを持たせたらええのんちゃうん」
そのコトバは、“ええのんちゃうんちゃうんちゃうん‥‥”
と、いつまでもアタマの中でエコーしていたのでした。

第18回
「初めての逆転」

“初めての逆転”には、実はかなり時間がかかっています。
書き始めたのが2000年12月6日。終了したのが2001年2月中旬。
トノサマンや最終話の執筆期間がそれぞれ約1ヶ月というのを考えると、あまりのゼイタクさに卒倒しそうになります。

このシナリオのテーマは、『単刀直入』。
前回の完全敗訴で、“プロローグ”にとって最も重要なことをハッキリ悟りました。
“とにかく、スパッとゲームを始めさせる”‥‥書き始めたとき、ぼくのアタマにはそれしかありませんでした。

ただ、バランスがムズカシイ。
最初に書き上げたバージョンは、導入部があまりに短すぎて、やたら素っ気なくなってしまいました。
これはマズいと、矢張を出しておしゃべりさせたら、今度はいつまでも裁判が始まりません。
‥‥ほどよいバランスをつかむために、何度も書き直すハメになりました。

バランスの試行錯誤はそのまま、逆転ワールドの住人たちの性格づけの模索でもありました。
たとえば、矢張くん。
彼は最初、どこにでもいそうな、ごくふつうの好青年でした。
それを読んで、さっそくスエカネ&辰郎コンビから横なぐりのツッコミが。
「異議あり! ‥‥もっとキョーレツなキャラにしてください!」

‥‥そこで生まれ変わった矢張くんは、意味もなく、やたらトガった男になりました。
口グセは“殺してやるゥ!”。
成歩堂や亜内検事に裁判長、そして天国の美佳にまで、
“そんなこと言うと殺すぞゥ!”
“みんな殺してオレも死んでやるゥ!”
“天国で、あの女を殺してやるんだァ!”
と叫びまくったあげく、最後は千尋さんに向かって
“アナタに殺されたい‥‥”

‥‥我ながらキレイにオチたな、と思ったのですが、今度は上の方からクレームが。
「ふむう‥‥コロすコロす言いすぎで、不穏当です。考えなおすように」

‥‥しかたなく、もう一度チャレンジ。
発想を逆転して、なにかというと“死んでやるゥ”と叫びまくる、今の矢張くんができあがったわけです。

犯人・山野 星雄の扱いも苦労しました。
『逆転裁判』は“犯人がだれか?”ではなく、“犯人をどうやって追いつめるか?”がおもしろいゲームです。
つまり、追いつめるべきターゲットが、ハッキリわかっていなければなりません。
そのために、まずオープニングで“このヒトが犯人ですよー”とカオをバッチリ見せることに。
さらに名前でも、犯人であることを声高に主張させました。

事件(ヤマ)の犯人(ホシ)男 ‥‥ 山野 星雄

‥‥せっかくの気配りでしたが、誰も気がつかなかったようです。

時間をかけて練りこんだだけあって、“初めての逆転”は“犯人を追いつめる感覚”が最もダイレクトに味わえるシナリオになったと思っています。
そういう意味で、これはある種、『逆転裁判』を代表するエピソードです。

第19回
「トノサマン (1)」

“逆転のトノサマン”‥‥このシナリオには、ちょっとした歴史があります。
ふたたび時はさかのぼって、2000年6月。逆転チーム結成の、約3ヶ月前。
ぼくはそのころ、ディノクライシス2というゲームを必死で作っていました。
『次回作に探偵ものを』という話をいただいたのは、そんなある日のこと。
ディノクライシス追い込みのかたわら、脳のかたすみで、コッソリ物語を考え始めました。

●コミカルな雰囲気
●パッと聞いて、おもしろそうな舞台
●ナマナマしさのない、浮世ばなれした事件

これが、ぼくの理想的な物語のイメージでした。
リアルな事件はニガテです。なんの救いも解決もあり得ない、ひたすら暗いキモチになるばかり。
シナリオ執筆期間中は、いっさいニュースは見ないようにしていました。

さて。イメージに合う舞台を考えて、“これだ!”というシチュエーションを1つ、思いつきました。
お子さま向けヒーローアクション番組の撮影現場。
正義のヒーローが、悪の使者を本当に殺してしまう物語。
‥‥おお、なんかおもしろそうです。というか、これ以外にはあり得ない!

そこまで思ったのには、理由がありました。
ディノクライシス2で、ぼくはあるテレビ監督に大変お世話になっていたのです。
スリムで長身で、ナイスミドルというコトバがピッタリ。
古くは連続ドラマ、最近は主に、子供向けのアクション番組で活躍されている、有名な監督さんです。

モノ作りに対する熱い姿勢や考え方など、さまざまな意味で感銘を受けました。
‥‥なにか、恩返しができたら‥‥
そんなことをチラリと思ったのです。
『監督に捧ぐ』というのも、ちょっとかっこいいかな、と‥‥。

そういうわけで、“ヒーローの殺人(仮題)”。
第一稿は、ニヒルでダンディでクールでスリムな二枚目の監督が活躍する、シブいオトナの物語でした。
主人公の探偵との、激しい頭脳戦。ラストで明らかになる、ほろ苦くも哀しい過去。
そして撮影現場にまばゆく交錯する、愛憎の光と影‥‥。

‥‥やがて、ディノクライシスのほうが大詰めをむかえたので、この物語は、しばらく引き出しにしまわれることに。
ふたたびぼくが構想ノートを引っぱり出したのは、数ヶ月後のことでした。
“逆転姉妹”を書き上げて、残りは2ヶ月しかない危機的な状況。

とにかく、時間がありません。構想メモをたよりに無我夢中で書き上げてみると‥‥。
あれほどニヒルでダンディでクールでスリムな二枚目だった監督は、いつのまにか
「ボク的にはヒット、かなあ(汁)」
とか言ってるし、かぎりなくクールでグッとくる物語は、かぎりなくシュールでゲッとなるものに。

‥‥ということで、監督に捧げるのは、今や永久に不可能。
本当に、それだけが心残りです。
いったい、なぜこんなことになってしまったのか?
‥‥その真相は次回、明らかに。

第20回
「トノサマン (2)」

(以下、犯人について言及しています。
 “逆転のトノサマン”をクリアしてから読んでください)


第一稿“ヒーローの殺人(仮題)”と“逆転のトノサマン”の決定的なちがいは、犯人の性別が変わってしまったことでしょう。

「‥‥そういえば、女の犯人がいませんね」
すべては、スエカネさんのそのヒトコトから始まりました。
‥‥言われてみれば、たしかに4つのエピソードの犯人は、全員オトコ。
これがアメリカならば、性差別として訴えられかねません。
犯人を女性に変更するのが可能だったのは、不幸にもこのエピソードだけでした。

「でも巧さん。女のアクション監督ってヘンですよ?」
「じゃあ、監督をやめて別の職につかせようか」
「でもそうすると、監督いなくなっちゃいますよ?」
「じゃあ、こっちの暑苦しい脚本家を監督にしよう」

‥‥というわけで、このエピソードの犯人は、ニヒルでダンディでクールでスリムな二枚目の“女性”に変更されたのです。
こんなところにも、入れ替わりのトリックがあったわけですね。

また、当時ぼくは、1つの危機感を抱いていました。
あらゆるネタを“逆転姉妹”につっこんでしまったため、法廷パートに今ひとつ、パンチが足りない。
‥‥過去の自分に、思わず殺意を抱いた瞬間。
そこで、九太くんが生まれました。
「視聴率をとりたけりゃ、子供か動物を出せ」
ある敏腕テレビプロデューサーが、そう言ったとか言わないとか。
証人に、子供。きっと、オトナとはちがったウソをつくはずです。
‥‥これなら、行ける!

構想メモを横に置いて、さっそく最初の探偵パートを書き始めます。
しかし‥‥どうしたことか、なかなか筆が進みません。
そのうち、正体不明の暗黒の雲が、もくもくと胸の中に立ちこめてきました。
黒い雲は“不安”の象徴。とてもキケンです。
なんとか最初の探偵パートを書き上げたとき、その不安の正体にやっと気がつきました。

‥‥構想メモのレベルが低すぎる‥‥!

メモを作ったとき、ぼくはムジュンの散らし方すら知りませんでした。
数ヶ月たった今では、とても満足できるモノではなかったのです。
しかし、時間がない! ここは、このまま書きつづけてしまうべきなのか‥‥?

‥‥自信がなくなると、精神が弱くなります。精神が弱くなると、ぼくの場合、どうやら体調に現れるようです。
翌日、さっそくインフルエンザにかかりました。冬の流行に一番乗り。
4日間、生死の境をさまよったあと、結局、最初からやり直すことにしました。

この時からです。
書き始める前に、必ずプロットを作るようになったのは。
これによって、シナリオのデキがよくなるかどうかは、この際問題ではありません。
大切なのは、ぼくの健康。
前にも書きましたが、どんなにしっかりしたプロットがあっても、書き上がったとき、自信はゼロになっているのです。
これが、ゼロの状態から始めたら‥‥考えるだにオソロシイ。
完成するまでに、あらゆるインフルエンザといい友だちになってしまうでしょう。

“逆転のトノサマン”では、本当にさんざんな目にあいました。
しかし。真犯人との対決を書きながら、ぼくの目前で、すでに次なるシュラバが待ちかまえていたのです。

第21回
「最終章 (1)」

(今回も、物語のトリックに言及しています。
必ず、最後までクリアしてから読んでください。)


“逆転のトノサマン”執筆中、最後の法廷が最高潮に盛り上がってきた頃、ついに現実を直視せざるを得なくなりました。
最終話‥‥その、まっ白な構想ノート。
決まっているのは、被告にまつわる物語のアウトラインだけです。

さいわい、トノサマンの構想を書いていた際に、湖の殺人トリックは考えてありました。それを使って、最後の物語の組み立てに入ります。

“逆転、そしてサヨナラ”。
今までやりたい放題に広げてきた物語の伏線を、すべて1つの消失点に収束させなければなりません。その焦点がぼやけてしまえば、今までの苦労はすべて水の泡。
それはもう、最低に惨めな失敗作になるでしょう。
昼はトノサマンの執筆、夜は最終話の構想に振りわけて、必死に考えたのですが‥‥。

断片的な物語のイメージは、どんどんやっかいな方向に連想を広げていきました。
‥‥今回は、湖を写した写真が証拠になる‥‥じゃあ、カメラマンが必要だ‥‥湖にカメラマンと言えば、謎の怪獣はゼッタイはずせない‥‥湖の怪獣といえば、なにかヒミツがなくちゃ許せない‥‥

一度思い込んでしまうと、なんとしても謎の怪獣を出現させずにはいられません。
‥‥しかし現実的には、3日以内に書き始めなければ、もう間に合わない!
それなのに、物語はいまだバラバラ。怪獣のトリックもまだ。各法廷のネタをつなぐ方法もわからない‥‥まさに、危機的状況。
成歩堂ばりの冷や汗がホホを伝います。

‥‥ところで、みなさんは覚えているでしょうか。
なんの前ぶれもなく、突然アタマの中がまっ白にスパークして、次の一瞬、今まで考えもしなかったアイデアが、いきなり完成形になって天から降ってくる‥‥そんな瞬間が、シナリオ執筆を通して2回だけあったことを。

まさに、今。混沌を極めた、この最後にして最大のピンチ‥‥。2回目の奇跡が、そのすべての問題に決着をつけてくれたのです。

今度のキッカケは、テレビのお笑い番組でした。
世間で起こったバカバカしいニュースを紹介するコーナーで、ある事故が紹介されていました。
大きな破裂音とともに70メートル飛翔した○○○が、民家の窓につっこんだ‥‥そんな内容です。
たしかに、バカバカしい。バカバカしいが、なにか引っかかる‥‥。

“破裂音”と“飛翔”。2つのキーワードが、妙に脳髄をシゲキします。
次の瞬間、アタマの中がフラッシュ! ‥‥まず、怪獣の問題が解決しました。
そしてそれは、あっという間にすべての要素を1本の物語につなげてしまったのです。
“破裂音”は“銃声”に結びつき、連鎖的に“カメラに仕掛けられた機械”と“矢張の証言の内容”を決定づけました。さらに、その証拠品を見つける際にアレを使えば、最後の見せ場を作る絶好の伏線になる!

‥‥胸がドキドキしました。
ガッシリと重い、ホンモノの手ごたえ。
まちがいない。これなら、書ける! 

“逆転、そしてサヨナラ”。
本当にラッキーなことに、今までで一番の自信をもって書き始めることができました。
‥‥完結に向けて、ついに最後の旅が始まったのです。

第22回
「最終章 (2)」

この物語を書き始めるにあたって、2つほどラッキーな事件がありました。
1つは、前に紹介したスギモリくんの
「トノサマン、最高でした」
というヒトコト。これで、いやが上にもキモチは高ぶります。
さらに、もう1つ。
当時完成したばかりのテスト版をプレイした、制作進行・岡本くんの通りすがりのヒトコト。
「“逆転姉妹”、アツいですねー」

‥‥アツい‥‥
『逆転裁判』で最も重要な要素は、それなのかもしれない‥‥
“トノサマン”執筆中は困難の連続で、とにかく書き上げるだけで精いっぱい。
正直なところ、少しの間、忘れていたコトバでした。

そこで、最終話のテーマは、問答無用の“ホット・アゲイン”。
執筆にかかる前に、メモ用紙に大きく“熱”と書いて、目の前に張り出しました。

‥‥ここまでコラムにつきあってくれた方は、そろそろこの巧という人間を、見切ってしまわれたかもしれません。
ぼくは、通りすがりのヒトコトに、めっぽう弱いのです。
それが賛辞であれ批判であれ、何気ないヒトコトは、ヘタすると数日間、アタマにこびりついて離れなくなります。
(そのくせ、真っ向から意見されると反発するクセもある)

さて、4月1日。いよいよ、執筆開始。
目標とする完成期限は‥‥5月2日。20代に別れを告げる誕生日までに、どうしても仕上げたかったからです。
今思い返すと、書き始めたときの熱いキモチがなければ、とても完成しなかったような気がします。とにかく、長い長い。
書いても書いても書いても書いても‥‥終わらない。
やがて後半に入ると、自信メーターもまた下がり始めました。
法廷パートを熱くするためのネタが、ついに尽きてしまったのです。
非常にマズい状況です。ここは何か1発、カンフル剤がほしい‥‥。

「視聴率をとりたけりゃ、子供か動物を出せ」
ある敏腕テレビプロデューサーが、そう言ったとか言わないとか。
子供はもう使ってしまった。残るは‥‥?
ということで、サユリさんを考案。きっと、トンでもない展開になるはずです。
‥‥これなら、行ける!
ぼくにとって最高のエネルギーは、ちょっとくだらないネタだったりします。

ついに、最終章。
このときのことは、なにも記憶に残っていません。たしか、3回ぐらい
「お、終わった! ‥‥と思ったらまだあったー!」
と絶叫したような気がします。

そして‥‥永遠とも思えた旅が終わり、物語の幕を閉じたとき。
完成期限はとっくに過ぎて、ぼくは30才になっていました。イトノコ刑事と同い年です。
誤字のチェックにスタッフロール、後回しにしていた〈調べる〉メッセージの作成‥‥。残っている仕事に忙殺されて、シナリオ完成の達成感を味わう時間はありませんでした。今となっては、それだけがちょっと残念です。

突発的なできごと、いろんな人の何気ないヒトコト、チームメンバーの顔ぶれ‥‥。
『逆転裁判』のシナリオは、無数の偶然が積み重なって完成しました。
でもフシギなことに、振り返ってみると、それらの偶然はすべて必然だったような気がしてきます。

‥‥いつかまたもう一度、チャンスがあったら‥‥
まったくちがった偶然の積み重ねの果てに、別の『逆転裁判』が、さも当たり前のように生まれるのかもしれません。

第23回
「ファミリー (1)」

『逆転裁判』の世界には、さまざまなキャラクターが生活しています。
もう、みんな大好きです。
「ウソつけ! あんなフザけた名前つけてるクセに」
と言われようとも、とにかくみんなを愛しています。

その中でもやはり、レギュラーの5人には特別の思い入れがあります。
彼らについて、少しお話ししてみましょう。
特に、みなさんからの異議が多い“ネーミング”を中心に、書いてみたいと思います。

●成歩堂龍一
主人公にして、その名前に異議が集中している男でもあります。
“カッコ悪い!”とかなんとか。
‥‥でも、考えてみてください。
主人公に必要なのは、インパクトのある名前なのです。
さらに、『逆転裁判』の少しコミカルなイメージを端的に表現していれば、なおよろしい。
“成歩堂”。その条件に、まさにピッタリではないでしょうか。
‥‥後づけで、そんなことを考えてみました。
やっぱり、ダメですか。そうですか。

とにかく、“なるほど”という響きに魅せられてしまったのです。
ユーモラスな語感。ほのかに漂うばかばかしさ。そして何よりも、意味のなさ。
“龍一”の方は、ぼくの好きなミュージシャンの名前から取っています。

彼のセリフは、非常に書きやすい。基本的に、ぼくの“素”のコトバを並べるだけで、なるほどくんのできあがり。
それだけに、一番身近に感じる、お気に入りのキャラクターです。
(ただし、残念ながらぼく自身は、あれほど友情にアツかったり単純だったりはしません)

ちなみに、成歩堂の『異議あり!』『待った!』『くらえ!』の声は、ワタクシ巧が担当しております。ディレクター命令で、なかばムリヤリねじ込みました。

●綾里姉妹
名前をつけるとき、音の響きから考える場合と、字づらや意味から考える場合があります。なるほどくんは前者で、真宵ちゃんの場合は後者でした。

ヒロインの名前は、なんとなく左右対称にしたかった。
シンメトリックな図形が好きなのです。
そこで、まずそういう漢字を思いつくままリストアップ。
‥‥美・真・幸・亜・善・朋・喜・貴・宵・凶・器・凹・凸・月・火・水・木・金・土・日‥‥等。
そのリストから、名前を作りました。
“真の宵”‥‥“逆転姉妹”に登場するときの、謎めいたイメージにもピッタリ。
“マヨイ”という響きにも味があって、とても気に入っています。

彼女については、特にくわしい設定は作っていません。
ごくふつうの、どこにでもいる霊媒師の卵。そんなイメージです。
書いているうちに、みそラーメンが好きで、トノサマンが好きで、好奇心が強くて‥‥と、自然にふくらんでいきました。

シナリオを書いていて一番楽しかったのは、なんと言っても、なるほどくんと真宵ちゃんのムダ話。次に何を言いだすか、書いていて見当がつかない。
2人のおしゃべり、もう少し聞きたかったですね。

千尋さんの扱いについては、思った以上に大きな反響があって驚きました。
姉妹を設定した瞬間から運命は決まっていたので、それほどヒドいことをしたという自覚がなかったのです。‥‥反省。
ぼくにとっては、彼女は“生きている”つもりなのですが‥‥。

千尋さんのイメージも、とてもシンプルです。
ぼくの理想の“お姉さん”像を、そのまま表現しました。
ちなみに彼女の名前には、弁護士という職業がら『千回でも尋ねましょう』という意味がこめられています。

‥‥以上、弁護側でした。検察側については、また次回。

第24回
「ファミリー (2)」

●御剣怜侍
“ライバル”として必要な要素をすべて兼ね備えた、カンペキな男。それが御剣です。
彼には、“怜悧(れいり)”“侍”といった、『張りつめた静』のイメージが強くありました。こちらが少しでも気を抜いたら、白刃一閃! 
‥‥一刀両断されてしまうような緊迫感。
怜侍。そのイメージをそのまま、名前にしました。

“御剣”はもちろん、その頭脳の切れ味の鋭さをあらわしています。
静かなヒトミに宿る、危ういほどの緊張感‥‥。幾重にも包み隠された“弱さ”を守るため、彼は常に、世間と対峙しているのです。
『異議あり!』の声を担当したのは、デザイナーの辰郎くん。
御剣とはちがって、静かなヒトミでも危うくも緊張感もない男ですが、いい声を出してくれました。

『逆転裁判』の主人公は、実はこの御剣なのかもしれません。
“逆転のトノサマン”はある意味、彼のためにあるエピソードです。
そして最終章のテーマが“ホット・アゲイン”。
男の熱い友情を描いたつもりなのですが、いかがでしたか?
「“熱い”というより、“お熱い”なのでは‥‥」
という意見もあるようです。

●糸鋸圭介
ある日、“なるほど”以上にキョーレツなのを思いついてしまいました。
イトノコギリ。‥‥この時点で、もう変更不可能です。
“ミツルギ”に対して、なんか地味な切れ味の“イトノコ”というのもイイ。
この名前が思い浮かんだ瞬間、彼に対する愛情値がグンと上がりました。
ちなみに“ケイスケ”は、ぼくが最も尊敬するミュージシャンから取っています。

“○○ッス!”としゃべらせたらどうでしょう、と提案したのはスエカネさん。
その瞬間から、彼のキャラクターは揺るぎないものになりました。
語尾を決めただけで性格まで決まるんだなあ‥‥と思った記憶があります。

このイトノコさんも、楽しい男ですね。
最初は“競馬好き”という設定もありました。そのなごりで、耳に赤エンピツをはさんでいたりします。
彼はどうやらぼくと同い年なのですが、どうしてもそうは思えません。といって、年下とも年上とも考えにくいのですが‥‥。
彼と御剣のカンケイも、なんだか微笑ましくて好きです。イトノコは、“逆転姉妹”で登場以来、いったいいくら給料が下がったんでしょう‥‥?

‥‥最後に、“名前”について。
ぼくは日本語や漢字が大好きで、その見た目や意味、語感にコダワリがあります。
彼らの名前を考える際、どうしても妙なシロモノが湧き出てくるのは、そのへんに原因があるのかもしれません。
‥‥というか、そもそもぼく自身の名前が、なかなかの問題作です。
『巧 舟』。‥‥慣れるまで、数十年かかりました。
なにかと苦労の多い名前で、特に、電話で漢字を説明するのがムズカシイ。

「‥‥タクミは、まず左側にカタカナで“エ”って書いて、右側にひらがなで“ろ”って書いた感じです。エろ。わかります?」
‥‥さんざん説明して、
“ああ、ハイハイわかりました”
やっとナットクしたあげく、『拓 船』というあて名で郵便物が届いたりします。
“ああ、ハイハイ”じゃねえだろう!(これは実話です)
無事に届けてしまう郵便屋も郵便屋ですが。

もしこの先、ぼくにムスコができたとしたら、名前は問答無用で“功(いさお)”です。
『巧 功』‥‥ざまあみろ、といったところでしょうか。

第25回
「終幕」

最終回です。
『逆転裁判』発売前後の3ヶ月間、時には自慢めいた話もしてしまいましたが、お楽しみいただけたでしょうか。

このゲームには、自分のすべてが詰め込まれているかのような錯覚をおぼえます。
まず、ミステリー。
‥‥小さいころから現在まで、それ以外の小説は1冊しか読んだことがありません。
(その1冊は、ディノクライシスを作るために読んだ『ジュラシック・パーク』)
今回、大好きな“ミステリー”に精いっぱいの愛情表現をしました。

次に、凝り性な性格。
‥‥1話ごとにふくれあがってく、エピソードやトリック。
ぼくには、なんとなく、過去を超えなければイカンという強迫観念があります。
その証拠にホラ。このコラムも、第1回から少しずつ、長くなってきているではないですか!
(‥‥実はこのオチをつけるためにワザとやってたのですが、その時点でヤッパリ凝り性)

そして、コメディー。
‥‥ぼくにとって、最高のエンターテイメントは“笑い”です。
よく笑う人、笑わせるのがうまい人、ヘタでも笑わせようと努力してくれる人‥‥。彼らと、いい笑いを共有していきたいと思います。

‥‥コメディーといえば、ぼくが小学2年生のころ、こんなことがありました。
校庭で遊んでいたぼくは、ゴミ捨て場に落ちていた貯金箱を拾ったのです。
中には、5円玉が1個。何の気なしに、それをポケットにしまいました。

翌日。ぼくは知らないクラスの、知らない女の子の前に立たされていました。
知らない先生が、ぼくに向かって何かどなりつけています。
「ドロボーしちゃダメでしょ! ホラ! きちんとあやまりなさい!」
‥‥どうやら、その子の貯金箱が盗まれたらしい。そしてゴミ捨て場で、その貯金箱をいじっているぼくが目撃された‥‥
あとになって話を総合すると、恐らくそういうことだったようです。

‥‥ちがう! ぼくじゃない! ぼくは、拾っただけなのに‥‥

小さなぼくのアタマの中は真っ白。もう、ワケがわかりません。
「早く、あやまりなさいッ!」
ヒステリックな教師の声。
見知らぬクラス中の視線が、冷たくぼくに突き刺さります。
「‥‥ごめんなさい」
泣きながら、見知らぬ女の子に頭を下げました。何度も。
くそいまいましい5円玉1個のために。

そのクラスに御剣怜侍がいなかったため、ぼくは弁護士にはなりませんでした。
そのかわり、それをネタにしてシナリオを書き上げることができました。
まあ、これでヨシとしましょう。

なるほどくん、真宵ちゃん、千尋さん、御剣検事、そしてイトノコ刑事。
きっと彼らは、あれからも戦いつづけ、そして笑い合っているはずです。
いや、もしかしたら、イトノコあたりが捕まっているかもしれません。

『逆転裁判』のラストシーンがああなったのは、大好きなあの世界が完結することなく、いつまでもいつまでもつづいてほしかったからなのです。

さて。最後はやはり、成歩堂ばりの幕切れでお別れしましょう。

‥‥これで、ぼくの物語はおしまいだ。
新米弁護士たちに別れを告げて、ぼくは今、新しいページをめくり、新しい物語を生きている。
‥‥そう。新しいカオぶれで‥‥

それではこの辺で、コラムを終了したいと思います。
最後までおつきあいくださったみなさま、どうもありがとうございました。