世界でも知る者のごく僅かとなった『守り火の森』の森番であるリシュナが、
何時ものように朝早くに起きて住み着いている木の傍に流れている小川の水を飲んでいると、背後から声が掛かった。


「よーう、元気そうだな。リシュナ」


陽気そうな、のんきそうな声は、間違いなくルカリオの「アシエル」だ。
自分が「エル」と呼ぶそのルカリオは、この辺では少し名高い。気まぐれで、他人とつるみたがらない一匹狼。


「あれ、エル。いつ来たの・・・?」
「お前のアホ面拝んでから、まだ一時間経ってねぇな」
「あほ・・・ッ。女の寝顔を盗み見るなんて、どういう神経してるの!?」
「見たくて見たんじゃねぇよ、あんな涎でも垂らしてそーなアホ面」
「垂らしてない!ていうか、毎回言ってるけどあほって言わないで・・・!」


もー、と拳を振り上げると、けらけらと笑われる。何年、何十年経っても、変わらず会いに来てくれる・・・いや、会いに『来られる』友達は少ない。
当たり前の事で、皆歳を取ればいなくなるのだから。自分達は少し。ほんの少し、皆よりも長くこの世界に肉体があるだけで。

自分もいずれは、先代の森番達と同じところに行く。
次の森番に全てを託して、この身体を捨てて魂だけになり、けれどまた森を守っていく。
それを哀しいと思った事はないが、死んでもエルや他の友人達と同じ場所に行けないのは寂しかった。

自分はずっと森を守る為に、森の為に魂も捧げなければならないのだから、死んだ者が運ばれる優しい場所へなど行けない。
一生この世界で、例え森以外の全てが滅んで、自分たった一人が残ろうとも・・・。
そう、魂だけになろうとも、森の為に存在し続けるのだ。

当然、森番なのだから森の外には出られない。
森から離れてはいけないリシュナは、森の外に広がる世界へ行った事が無かった。
住み着いている木がとても高いので、飛行タイプのポケモンに頼んで木の上から遠くの町や村を眺めた事はあるけれど、本当にそれだけだった。

勿論興味はあったので、アシエルが遊びに来る度話してくれる土産話は、リシュナの密かな楽しみになっている。
そうやって何時ものように、アシエルに森で取れたハーブを使った美味しいハーブティーを振舞いながら、外の世界の話を聞いた。


「・・・で、まぁ結果的にあいつらは世界を救ったんだけど、相変わらずどっちもそれっぽくなくてなぁ。やる時ぁやるんだが」
「でも、本当に強い人が、いつも強そうな顔をしているとは限らないじゃない?」


こくりと喉を鳴らして美味しそうにハーブティーを飲み干すヒトカゲをぽかんと見つめながら、アシエルは苦笑した。


「はは、お前みたいにか?」
「えっ、私?私が強いんじゃないよ。強いのは先代の森番様達だよ」


何を今更、とでも言いたげに、しれっと言い切る幼馴染の姿には、流石のアシエルも閉口する。
本人の言葉を否定するようで悪いが、彼女は強い。それは間違いない。
森番として必要な素質、能力的な強さ、心のあり方。
その全てを合わせて、彼女にかなう者は世界中を巡ってもそうそう居るとは思えない。
最も、いないとも言えないが。何せ、世界は広い。広過ぎるくらいに。

そう。それを知らない、知る事の出来ない彼女は、確かにある意味での弱さを持っている事は否めないわけだが。
世界から見ればほんの一部の森の中と、その周辺のみしか知らない。
自分の世界に閉じ込められたリシュナの強さには、確かに限界があろう。
広い場所で、様々な事を知る事によって初めて得られる強さもあるのだから。
それは、リシュナがホウオウの守護下にあるこの森を守っていく以上、一生身に付くことの無いもので。

それを思う度、アシエルの、何にも縛られない自由な心が、ほんの少し、痛むのだ。
リシュナ曰く、優しいから、との事だが、冗談じゃない。
優しさで冒険なんてやってられない。自分は探検家であって、救助隊じゃない。


「・・・リシュナ」
「うん?」
「此処を、出る気はないのか?」
「・・・、それ、前にも聞いたね、エル」


ただ、自分だって血も涙も無いポケモンに成り下がった覚えも無いわけで。
たった一人の幼馴染を心配する事くらいは、あっても良い筈。
木の椅子に座って、豪快に足を組むルカリオの幼馴染を見つめて、リシュナは困ったように笑って、首を振った。


「いつもありがとう。でも、私は絶対、此処を出たりしない。
私は森番だから、森を守らなきゃ。私を選んでくれた、先代の森番様を裏切りたくないの」
「この一難去ったご時世に、誰がこんな何もない古臭い森を襲うってんだ」
「あはは・・・エルは森番にはなれないね・・・」
「なりたくねぇよ。そんなモン」


不機嫌に言い捨てると、もう一度ごめんね、と苦笑される。
アシエルはハーブティーを飲み干すと、「ごち」と言い捨てて、リシュナが住んでいる木の幹から飛び降りた。
ゆうに十数メートルの高さだが、彼には椅子から飛び降りるくらいに軽い事だ。


「エル!また来てくれる!?」


ベランダから顔だけを遠慮がちに覗かせて、リシュナが叫んだ。
アシエルは仏頂面のままだったが、すぐに「そのうちな」と小さく返事をした。
それもいつもの事だが、小さな返事を聞き取ったリシュナが嬉しそうに笑うのがわかった。


「・・・リシュナ!」
「何ー?」


狭い狭い。
此処は余りに広く、そして余りにも狭い。


「次来る時は、『例の救世主二人組』も連れて来てやるから、気長に待ってろ!」


驚いて瞬いた幼馴染の顔が、一瞬にしてほころぶ。
アシエルは風のように駆け出した。
太陽はまだ高く、巨木の立ち並ぶ森の、道ならぬ道を明るく照らしていた。


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とりあえず、こんな感じで・・・!
変じゃないかなおかしくないかな。
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引き続きちまちま書いてきます。でもその前に、ダークライを仲間にしたい・・・!
最終更新:2008年02月06日 20:18