16

自分でだって分かっている。
俺が今やっていることは、決して正しいことなんかじゃない。
同居人の嶺に対しても迷惑をかけ、余計な心労を増やしている。
仮にも近い存在である嶺に、罪悪感を感じているのは確かだ。
あの、正義を曲げないように見える嶺が、きっとしどろもどろになりながらも、俺のことをかばってくれたんだろう。
さぞかし奇妙に写ったはずだ。
容易に想像がつく。

しかし俺にはしなければならないことがある。
だから今週末の祭りが終わるまでは今までの自分でいなければならない。
これは………決まったこと。
だから、俺が何か行動を起こすとしたらその後だ。
あいつらと縁を切る、とかか?
それは辛いことで、俺はしばらくは居場所を見つけるのに苦労するだろうし、
今の仲間からの攻撃もある程度覚悟しなければならない。
………でも、それでもいい。
いつかはしなければならない決定だ。
いつまでも子供のままではいられない。

認めたくはないが、嶺の影響で、俺は変わったのだろうと思う。

17

  • 7月17日(金)-

しまっった、寝坊した。
寝坊といっても遅刻する程ではないが、いつもより20分も遅い。
これでは家を出るのが高瀬君と同じくらいの時間になってしまう。
万が一のことを考えて普段は高瀬君より早く家を出ているのだ。
気を利かせて高瀬が早めに出ていてくれれば………
「おせーぞ、嶺」
リビングに出た私は、さっきの甘すぎる期待を打ち払う。
「もう……気を利かせて早く出てってくれたらよかったのに」
「あぁ?俺が朝に弱ぇのは知ってんだろ?無茶言うな」
「……………」
まぁ、高瀬が悪いわけじゃないので、ここで怒るのは筋違いと言うものだ。
「じゃあ私、急いで支度していくから、いつもより遅めに出てね」
「はいはい、わかりましたよー」

私は朝ごはんを食べながら、髪をいじっている高瀬に話しかけた。
「あの……高瀬、きのうのこと、怒ってる?」
「………ぜんっぜん。余計なこと言ってねーで、早く飯食って出てけ」
「……うん」
「………………あーっと、んーと、どうもな。その、俺をかばってくれたんだろ?」
「え?……え、いや、そんなことない、そんなことないわよ馬鹿!別にかばってなんか」
「ありがとうな」
「……しっ支度してくる」
私はあわてて牛乳を飲み干して、(むせて、)リビングを後にする。
「でも、酒を売らねーとは言ってねーぞ」
「………………」
高瀬くんはそう言い残して自分の部屋に行ってしまった。
気にしないように努めたがそれでも高瀬君の言葉は重く心にのしかかった。

18

仕方がない。
変な希望を抱かせるより、はっきり言うしかないんだ。
今ここで「嶺、君のおかげで僕は改心したよ!僕は今回の祭りでも酒なんて売らないし、あいつら不良軍団ともきっぱり縁を切るよ!」と言うのも馬鹿らしい。
嘘をついて喜ばせても仕方がない。
とっさの嘘で喜んだ人間は真実を知った時に倍悲しむんだ。
嶺の重い表情は見ていて心が痛むが……これも多分あと少しの辛抱だ。
何を考えているんだ俺は。嶺の表情なんかで俺の心は動かない。俺にはちっとも全く関係ない。
俺はドアから駆けて行く嶺を横目で見送った。

制服を着、携帯を充電器からはずす。
ふと俺は祭りで「しくじった」場合のことを考えた。
その時俺は警察のお世話になり、学校とも何らかの面倒なことがあるに違いない。
酒を飲むだけの連中は何も考えていない。
自分達の行為が明らかになる時のことも考えていないし、もし俺が厄介なことに巻き込まれた時も助けなど差し伸べはしないだろう。
全く呑気な奴らだ。
捕らえるものは今にも動き出そうとしているのに。

ああそういえば、嶺が慌てて出て行ったせいで、今日"ミーティング"が家で開かれるのを言い忘れていた。
追いかけて言うか………?
まぁ、いいだろ。あとでメールすれば済むことだし、外で話をしているのを誰かに見られたら厄介だ。

俺は家を出た。
今日が、祭りの前、最後の登校。

19

いつもと時間帯がずれると、通学路で会う人も異なる。
カメラ副会長 常盤井さんとも、今日は会わなかった。
代わりに、仲良く登校する神姉弟に会うことが出来た。
「かーりん!おはよーう」
「おはようございます」
「おはようございます、嶺先輩」
「あのね、かーりん。昨日図書室で借りた本、すごくおもしろかったのー」
「何て本ですか?」
「あぁと、猫王子とさかなの夢」
「姉さん、逆だよ。さかな王子と猫の夢」
「あぁ、それ私も読んだことあります」
そんな感じで、他愛のない話をしながら、学校に着く。
別れ際に、樹くんが言った。
「先輩、今日4時に先輩の家、でしたよね?」
「うん、それで問題ないわ。それじゃあまた」
「ばいばーい、また4時にねー」
今日4時からうちで生徒会の(非公式)集会が行われる。
基本的に学校で行われる会議は木曜日と決まっているので、木曜日以外に会議の必要がある場合は、
緊急時を除き、親睦を兼ねて誰かの家に集合する。これは自由参加だ(花継さんは大体来ない)。
そうか、今日はうちか。忘れていた。
高瀬君に言っておかなくちゃ。

20

昼休み、俺は衝撃のメールを受信した。
"今日、うちで生徒会会議なので宜しくお願いします。"
俺は直ちにレスを打つ。
"・・・今日俺らミーティングなんだけど、・・・おまえ変更できねーの?"
"え…。私も変更は難しいんだけど、どうしよう?"
"仕方ねーから、あんま部屋から出さないようにして、だましだましやるしかねーだろ"
"大丈夫かな"
"やるしかねーよ。なんとかなるべ"
やるしかない、とは言っても、状況が厳しいことに変わりはない。
元々俺たちと生徒会は対立している関係なのに、よりによって今は祭りの前だ。
こんなタイミングで俺と嶺の関係が明るみに出たら……考えるだけでも恐ろしい。
俺も嶺もそんなことは望んじゃいない。
だから、協力してお互いを隠しとおす。
さて、どうなることか………
最終更新:2008年01月23日 01:40