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01

  • 7月16日(木)-

天気は晴れ。しかし今日は風があって涼しい。
ゆるやかな長い坂道を徒歩で、また自転車で、ゆっくりと、また急いで、制服姿の学生が登る。
理想的な登校風景だと私は思った。

「会長、おはようございます」
生徒会副会長の常盤井さんが、後ろから走ってきて私に並び歩き始める。
「おはよう」
常盤井さんは首から下げたデジカメで私を撮影する。
「本日1枚目です」
「またそんなことばっかりして」
彼女は毎日何枚も私の写真を撮る。
微妙に恥ずかしい。
「嶺会長様のお写真は、私の心の支えなんです」
「その会長様という表現を止めて」
「わかりました、嶺会長」
「名前で呼んでくれたらいいのに」
「夥凛……は、はずかしい」
「なんでよ……もう」
私、嶺 夥凛(みね・かりん)は、私たちの大山都高校の生徒会長だ。
知的で道徳的な堅物の会長、というキャラクタが固定されてしまい、そのせいで疎まれることもあり、また、ありがたいことに、慕われることもある。(ただ、常盤井さんはどうだろう、慕っているというのだろうか、これは)
学校のようにたくさんの人で埋もれる場所では、少なからぬ人々が、一般化されたわかりやすいキャラクタによって人格を定義される。
本来みなそれぞれに独自の、複雑な性格をもっているはずなのに。
簡単に言えば、学校での「顔」は、その人のほんの一部しか表していない、ということ。
誰一人として、「真面目」とか「馬鹿」とかいうひとことで片付けられるほど簡単な人格はいない。
もっとも、私としては、ありのままの、本当の自分を見てほしい、と強く願うこともないので、しばらくはこのまま「会長」の私でい続けようと思っている。

02

「よーす、高瀬」
「ほい」
俺が教室に入ると机に座っている能登山が声をかける。相変わらずタバコ臭い奴だ。
「あー、だりい」
「なしたのよ?」
「朝っぱらからブタに呼び出されてよ、なんか、進級がやべえとか何とか」
「それうけるわー」
「はは」
朝っぱらからブタ(担任であり生徒指導部)に呼び出されたのは、荻谷。クラス屈指の馬鹿。まぁ俺のテストの点は似たようなものだけどな。
「坂上は?」
「知らね。また遅刻じゃねーの?」
「つーか、サボりじゃね?」
「オンナのとこじゃね」
「おい、ちょ、あいつ来たぜ」
教室のドアを開けて、須磨が登校する。
「おい、須磨」
能登山が声をかけると、須磨がこちらを向く。
「なんでしょう」
「何でもねーよ」
須磨は自分の席に座る。
「『なんでしょう』プスッ」
「『なんでしょう』ありえねーべ」
能登山と荻谷は、須磨の口真似をする。
からかわれていると分かっている須磨は、無視を決め込んで座ってはいるが、心なしか耳が赤い。可哀想な奴め。
「あ、続いて会長のご出勤だ」
俺達三人は立ち上がり、会長に向かって大声で礼をする。
「「「会長!おはようございまーーーーーす!!!!!」」」
しかし俺たちの挨拶は無視された。からかっていると分かっているのだろう。
「ちっ、お高くとまりやがって」
「ウッゼーーーーー!」
「かいちょーーう、生徒会長のくせにちゃんと挨拶できなくていいんですかーーっ」
「ははは、ガキかお前」
「ははは」

03

昼休み。
学食に行く途中、「本日4枚目の写真」を撮りながら常盤井さんがやってくる。
「まったく、あいつら何とかなりませんかね、本当に」
「坂上君たち?」
「そうです。坂上・能登谷・高瀬・荻谷!害虫4人組ですよ」
「常盤井さん、」
「あぁ、失礼しました。口が過ぎました」
「いえ……。でも、確かに我が2年団の目下の課題ね」
「どうしたものですかね……」
学食に着くと、人の流れに翻弄されている神先輩が目に入った。
「あの……神先輩?」
「あぁー、かーりん、ときまや!よかった、助け船が出て」
「どうしたんですか?」
「あのねぇ、私、どこで食べ物を買ったらいいかわからないのよぅ」
「(3年なのに…)先輩、あっちで食券を買うんですよ。それより、弟さんはどうしたんですか?いつも一緒なのに」
「樹くんはね……あっち」
神先輩が指差した方向には、彼女の弟の樹君とうちのクラスの須磨君がいて、何事か話していた。
「ああ、お話中……じゃあ先輩、買いに行きますよ」
「はぁい」

全員が無事に食物を手にしたところで、適当に着席し昼食となる。
「ごめんなさいねぇときまや。わたし、樹くんがいないと何も出来ないのよ」
「弟離れしてくださいよ、先輩……」
「はぁい……ごめんねぇ、かーりんも。迷惑かけちゃって」
「いえ、大したことではないので大丈夫です」
そこに、樹くんがやってくる。
彼は姉の隣、私の斜め向かいに着席した。
「すみません、嶺先輩、常盤井先輩。姉がお手数をおかけしたようで」
「いえ、大したことではないので大丈夫……」
と、私はまた同じことを言う。
「ところで、樹君は須磨君と仲がいいの?なんか熱心に話していたけど。何の話?」
常盤井さんが尋ねる。
「仲がよい、の定義によりますね。話していた内容は、カオス理論についてです」
須磨君は少しだけオタクなところもあるけど、すごく頭がいい。何考えてるのかわからないけど。
優秀な樹君は、きっと、何か引かれあうものがあったのだろう。
「僕は、仮に『頭がいい』といしても、所詮秀才です。彼のような天才には敵いません」
「へぇ、そういうものなの…」
「すごいね、樹君は」
「……何故ですか?」
「んんと、成績がよくて頭の回転も速い、しかも誰とでも仲良く接するところ」
「頼りないお姉ちゃんの世話もするしね」
「い、いや、そんなことは無いですよ。そんなに褒められると照れますね」
「ああ、じゃあ私からも。樹、いつもありがとう。頼りない私のお世話をしてくれて」
「姉さんに言われても照れない」
「え!なんで」
「周波数が違うから。では皆さん、また後ほど」
「待ってよう、私まだ食べ終わってない~。樹くん食べるの早すぎ」
「待たない。用事がある。姉さんも、またあとで」

後ほど、というのは、神樹君は生徒会書記、姉の神ミヲ先輩は副会長だからだ。

04

購買で買ったパンを片手に裏廊下へ行く。
いつのまにか登校していた坂上を含む、いつもとさほど変わりばえの無いメンバーが、意味も無く集結していた。
パンを片手に、あるいは携帯を片手に、脈絡の無い話が延々と続く。
自分達の存在意義がまるでそこにあると信じているかのように。
そして俺も、つまらないその話に適当に相槌を打ちながら、その集団へと溶け込むのだった。
「あ、高瀬。今度の土日の祭、頼むな」
今まで「女の話」に終始していた彼らが、俺の登場と同時にその話題を変える。
「あぁ?また酒か?全くしょーがねーな。……『酒とタバコは二十歳から』だぞ?」
後半は担任(生徒指導部)の物まねで言ってみる。
「うぜーーー」
「ははは」
「それうけるわ、もっかいやって」
「ま、適当に持ってきてや」
「今年の一年はヤバいぞ。ヨシテルとかサルとか」
「俺、安い『その他の雑酒3』でいいから」
「飲めれば何でもいいんだよな」
「言うなって」
今週末には、わが町最大の祭りである、織々谷神宮祭が開催されるのだ。
毎年高校生含め町民は、今夜は無礼講とばかりにハジけまわる。
祭典参加時の振る舞いについて、毎年細かく注意はされるのだが、教師たちはこの若いエネルギーを止めるにはあまりに無力だ。
「しっかし俺たちは恵まれてるよな。酒屋直送でゲットできるんだから」
「コンビニとかだと買えねえもんな」
「はぁ?買えっしょ」
「いや、証明しろとかうぜーじゃん」
「それはお前が童顔だからじゃねーの?ハッ」
「いや、チクられたりするっしょ。だから俺たちは恵まれてるの」
そう、俺は酒屋の息子。
昔から頻繁に店を手伝わされてきたので、最近ではだいぶ店のことも任されるようになり、友人にこっそり酒を売る程度のことは、まぁ、難しいことではない。
「坂上、どこ行くのよ」
「糞しに」
「あ、じゃあ俺も」
坂上と能登山が退場する。大方、ヤニが切れたのだろう。

05

生徒会質は一種の聖域だ。
聖域に足を踏み入れる前の一瞬の高揚感と共に、ドアを開ける。
既に来ているメンバーは三人。
「15時17分 峰夥凛会長 到着を確認」
書記の川上先輩。PCに何かを打ち込んでいる。
「(カシャ)本日12枚目です」
副会長の常盤井さん。また写真を撮られてしまった。
「……………………………ひーまっ」
会計の花継さん。机に突っ伏している。
「水元は、5分前には教室の掃除をしていた。あと3分以内にはここに来ると予測される。
神ミヲ氏は、図書館に寄ると言っていた。あと4分以内にはここに来ると予測される。
神樹氏は不明。」
「そう。報告ありがとう」
川上先輩は自分の得た情報、過去のデータから人の行動を分析する。
彼女の到着時刻予報はかなりの精度で当たる。
「会長、今のすごくクールです」
常盤井さんがまた写真を撮る。全くもって油断できない。
「…………………川上さん……………」
「ゲームなら奥のPCでしてくれ。今このPCは私がバッチファイルを修正するために使われている」
「…………………はい」
花継さんはおとなしそうな外見、静かで繊細そうな印象と裏腹にかなりのゲーマーだ。
程なくして、生徒会室の奥のほうから高速でキーボードを叩く音がかすかに聞こえてくる。
生徒会室のPC2台は、川上先輩と花継さん、対極的な二人のユーザによって酷使されている。

ドアが開き、水元先輩、少し遅れて神姉弟が入ってくる。
「はーいはいはい、皆さんお待たせいたしました。俺が来ました」
「(ガン!)はうぅ……」
「…………。すみません皆さん。遅くなりました」
相変わらずハイテンションの水元先輩、いきなりドアに足をぶつける姉副会長に、それを無視する弟書記。
「15時20分 水元烈汰,神ミヲ,神樹 到着を確認。敬称略
全員の出席を確認。……水元、所定の席に座りなさい」
「ほーい………」
水元先輩が川上先輩の隣からすごすごと立ち去るのと、いつのまにかゲームをやめ戻ってきている花継さんを見届け、私が開会宣言をする。
「七人全員そろいましたね。では、第6回生徒会会議をはじめます」
長机の短い辺に会長の私、嶺。長い辺には、こちら側から順に副会長の神先輩、その向かいが常盤井さん。
書記の神弟くん、その向かいが川上さん。会計の水元先輩、その向かいに花継さんが座る。それが定位置だ。
「それでは川上先輩、データベース参照を」
「了解しました。…重要度Aのサブジェクトが2件存在します。更新日は本日」
「内容は?」
「二年生の男子便所に於いて煙草の吸殻が発見された件」
「!」