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記憶の断片と、継ぎ接ぎな時間について

11

三木はふと、黒羽の黒いバッグにつけられたアクセサリィに目をとめた。
「珍しいな」
「なにが」
「そのアクセサリィ。そういうの、お前が付けてるの初めてみたから」
「これね……。これは、特殊なの」
そのアクセサリィは、何かのデザインを模した金属のプレートに鎖がついた、キィホルダのように見える。
「Crowing?」
「そう、Crowing。意味はわかる?」
「え?えーと………crowなんて動詞あったっけ。……あぁ、croweかもしれないか」
「英語にcrowという動詞はあるけど、あんまり関係ないわ。これは、crow-wing……」
「鴉の羽?…………いや、黒羽、……ってことか」
「正解」
「よく見つけてきたな、そんなの」
「これは、黒羽家のしるし……私がデザインしたのよ」
彼女は、プレートを裏返し、裏に刻まれた「K」という文字を指す。
「うそ……? …………いや、だって、それ、だいぶ古いやつだろ?」
「私が6歳の頃、遊びでこれを描いたの。もっともその頃も今も、遊びでないものなんて無かったけれど」
「まじで」
「それを見つけた父が、これは良いデザインだと言い、叔父に送った」
「……」
「デザイナの叔父はそれをアクセサリィに加工し、黒羽家の人間に配ったの。それがこれ」
「ふーん。…………6歳でそんなデザイン能力があったなんて、やっぱ黒羽はすげーな」
「何馬鹿なことを言っているの……そういう感性は小さい頃のほうが有るのよ。年を取れば取るほど、人間は鈍くなっていく。風化していくのね」

「私の家系には、鴉の崇拝者が多い」
「なんだ、突然」
「鴉というより、例の紋章、……いえ、それを生み出した私を崇拝している」
「あぁ、さっきの話か?」
「そう」
それ以上なにか進展があるのかと思えば、そうでもない。
再び彼女は黙りこくったまま、何かを考えるでもなく、単に話したいことが無いようにみえた。

「黒羽の話は、時々意味不明だ」
「自覚しているわ」
「黒羽と親しくなるにつれ……いや、それは俺の錯覚だろうが……、………とにかく接する機会が増えるにつれ、
その傾向はますます顕著だ」
「気づいたのね」
「……最初のうち、俺は黒羽の話すべてを鵜呑みにしていた。本当だと思った」
「それで」
「でもどうしても納得いかなくて、次に俺はすべて嘘だと思うようにした」
「それで」
「でも結局それも何かしっくりこなくて……それで、今俺は黒羽がする話に対しては、その、なんていうか……
ただ物語のようにきいているんだが」
「そう」
「聞き流している、ってわけじゃねーぞ。その、えーとだな」
「言いたい事はわかったわ……」
「………」
「そしてそれは、ひとつの真実ね」
「どういうことだ?」
「その、会話に対し真も偽も定義せず、物語と見なすという態度は、ある意味正しい姿勢だといえる」
「そ、そうか。ありがとな」
「でも、度を過ぎると、今度は自分の姿が見えなくなる。自己が消失するの。気をつけてね」
「え?」
「自分自身が、物語の中に居るように思えてくる。自分の生きている世界が、実在するのか分からなくなる」
「あ、あぁ」
「もう少し若い頃にそれらを考えたことは無い?」
「……ある」
「きっと多くの人はそういう、初歩的な哲学的思考を馬鹿にし、中学生のようだと嘲る。
確かに、多くの人はそれらの疑問をいつしか忘れ、"日常"とか"常識"のなかに埋もれていくわ」
「そうだな」
「でも、当然根本的な解決にはなっていない」
「なんだ、哲学的な話になるのか?」
「ならない。こう見えて私は哲学が嫌いなの」
「じゃあ?」
「貴方が、私の世界に来ることができるか、それを聞きたいの」
「黒羽の…………世界?」
「貴方は私を勘違いしているわ……」
「……」
「狂っているのは私でなく貴方よ………」
「そうか」
「とても速い、鋭い、歪んでいる…………。私には見ることができない、触ることができない、感じることができない。眼を見れば分かるわ……。貴方はもうここには居ないのに、私はその残像を、遺された温度をしか知りえない………。生温い暴風、憂鬱な空、私の墓。そういうものを貴方は芸術と捉えている」
「大丈夫か?つかれてる?今日は何か、………いつもに増して発言が激しいな」
「今夜は満月だもの、見える…………?もう夜なのよ?私のための時間…… この時間に私と会えたのは、幸運だったわね。でももう許して」
そういうと黒羽は意識を失い、倒れ伏した。

12

「満月が狂気の象徴と、誰が最初に言ったのか」
「観察力に優れた女だ。そしてすべての言葉は嘘になる」
その言葉を発したのは誰だ?黒羽は眠っている。僕は口を開いていない。

13

黒羽が倒れてから僕は焦燥した。
僕は子供のように、彼女を導きとして、暗闇の中を手を惹かれて進んでいた。
その手がなくなって、ひとり放り出されたら僕はどうしたらいい?

意識を失った黒羽の顔を見つめる。
その唇が、きょう紡いだ言葉を、思い出す。

「もし私が眠ってしまったら、私の部屋に、つれてって」
黒羽の家を知らない。
「あなたに必要ない情報だと思っていたので、知らせずにおいた。今から教える」
僕は、自分の手帳の1ページ目をみた。
黒羽の家の住所がある。なぜだろう。忘れていた。こんなに大事な情報を・・・

僕は人をはじめて負ぶった。
黒羽は、おそらく死体よりは軽かった。
黒羽の存在の証拠である、その質量が、すべて自分に託されていると考えるだけで僕は気が狂いそうだった。
既に狂っていたのかもしれない。

14

黒羽の家についた。
僕はここに来たことがある。思い出せない。思い出せない・・・

ベルを鳴らす。
「はい」
「あの、わたくし黒羽さんのクラスメイトの三木と申しますけど、黒羽さんが」
僕がそこまで言うと、通信は途切れ、門が開いた。

玄関の巨大な門を開けると、中に無表情なメイドがいた。
メイド!?
絶滅危惧種のメイドを、どうやらこの屋敷では保護しているらしい。
「お待ちしておりました、三木良毅さま。お嬢様のお部屋は、こちらになります」

そういうと、メイドは、黒羽を僕の背から、僕の腕の中に移動させた。
お嬢様だっこってヤツだ。
階段を上り、黒羽の部屋に通される。
僕がベッドに彼女を寝かせたのを見届けると、メイドさんは部屋から出ていき、扉を閉じた。

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