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Lunatix #03

黒羽 蛍 - K Kurohane
三木 諒毅 - Ryouki Miki

01

「どうした?」
三木がたずねる。
静かな教室。
黒羽は視線をぐるりと一周させ、最後に三木を見、大きく2度瞬きをする。
「始まった……」
「え?」
「なんでもない。それより今日のところはやってきたの?」
「一応やったけど……325番が分からない」
「じゃあ私がやる。残りは完璧?」
「一応出来た」
「了解」

教室に数学教室の有馬が来る。
「すまんすまん、遅刻だな。……って、もう始めてんのか」
「あぁ、すいません」
「いや、いいんだ。そのままでいいから号令しよう。今日はどっちだっけ?」
「今日は黒羽でしょ」
「気をつけ……礼」
「はい、……じゃあ続きどうぞ」
そう言うと有馬は教室の最後部の席に座り、黒板を眺める。
2人は再び黒板で問題を解き始めた。

ここE高校は決して過疎区の高校ではない。
1学年あたり生徒は200人近くいる。
しかしこの教室に居る生徒は2人。
E高校は単位制を導入し、各生徒が授業を自分の必要に合わせフレキシブルに履修できるようにした。
しかし、おそらく誰も予想しなかったであろうことだが、3年次の「数学III」の授業の履修希望者は2人しか居なかった。
もともとこの学年の大学進学希望者には極端に文系が多く、また、理系の学生でも数学IIIまで必要とする生徒は殆ど居ない事が原因であろう。

それで、3Dの三木 諒毅と、3Eの黒羽 蛍、数学教師の有馬 光充。それだけがこの教室に居る。

02

黒羽は問題を解き終わると机に戻り座った。
彼女の瞳は三木の字を見る。
数式。図。数式。グラフ。区切り線。過程の説明。数式。
乱雑な字……。
証明も乱雑。

「先生、終わりました」
有馬はなにかを書いていた手を休め、黒板の前でこちらを見ている三木を見る。
「OK、じゃあ解説して」

数学IIIの授業は9月で一通り教科書を終え、今は問題演習の段階に来ている。
前回指定された問題を2人が黒板で解き、その後自らの解答の解説をする。
随時有馬が質問をしたり助け舟を出したりするが、授業のかなりの割合を生徒が主導している形だ。
これは決して有馬が無能な教師だからではない。
むしろ、今までの授業がわかりやすかったらこそ生徒達は自力で演習を進められるのであり、
また、多くを生徒に任せることによりモチベーションを低下させないという、非常に効果的な方法だと評価できる。

「……で、ここが、ここがsinになるから、両辺を微分して…」
「ちょっと待て。なぁ、三木、それってそのまま微分できるのか?sinθが負の場合は?」
「あ」
「…………」

黒板の前で考え始める三木。
黒羽は窓の外を見ている。

初雪だな、と彼女は思った。

03

「以上。何か質問は?」
「……ないでーす」
「んーと、じゃあ黒羽、その左側の下から3行目だけど、なんで交点の座標がそうなるの?」
「これは、f(x)が」
そう言って彼女は黒板にグラフを書く。
「x≧0では常に増加するので、x≧2で減少に転ずるg(x)とこの範囲で交わると言えます」
「よし、そうだな」
「他に何か?」
「いや、いいんじゃないかな。工夫された解法で、良いね」
そう言いながら、教壇に進み出る有馬。
黒羽はノートを持ち教壇から降りる。
「では時間なので今日はこれで終わりましょう。来週はテストですね。範囲は前に言ったとおりです。では号令」
「起立。気をつけ。…礼」

「いやー、まいった」
「お疲れさま。ずいぶん突っ込まれていたんじゃない?」
「ホントさ」
「じゃあテスト頑張って」
そう言って彼女は教室から出る。
「黒羽」
振り返る。
「なに?」
「明日さ、」
三木は一瞬目をそらし、言う。
「一緒に図書館行って勉強しねーか?」
「嫌」

04

帰りのSHRを控えたD組はまだざわついている。
その中に机に突っ伏す三木も居る。
「諒毅、元気ねーな」
「何アメてんのよ?」
「いや……別に」

彼は先刻黒羽を誘い無残に散ったことについて考えていた。
彼は基本的にポジティブなのであの程度で落ち込んだりしない。
しかし自分の何が悪くて彼女はあんな反応をしたのか、彼はそれを考える。

教室の後ろのドアが開く。
何気なく振り返った三木はこちらに歩いてくる黒羽を見た。
「…………」
黒羽は不機嫌そうな表情で、無言で紙切れを突き出す。
彼はそれを受け取った。
黒羽は向きを変え、教室から出て行った。
同時に前のドアからは担任が入ってくる。
「席つけおまえらー」
「何?何?今のが三木のカノジョ?」
「そんなんじゃねーよ、あいつも数III取ってっからなんかの連絡だろ」
「めっちゃ可愛いけど性格きつそー」
「すげー頭いいんでしょ?あの人」
「頭はいい」
性格も悪くない、と彼は心の中で言った。
「おーい何話してんだー、私語やめろー」
三木はポケットにその紙切れを入れた。

05

掃除を終え、三木は下校する。
彼は黒羽のメモのことを忘れていた。
バスを待つ彼は、冷えた手を何気なくポケットに入れ、紙切れの感触に気づく。
蘇る記憶。
どうして俺はこんな大事なことを忘れていたんだぜ?
彼は慌ててそれを取り出し、読む。

[日曜日なら可能。希望するならば、3時半までに私の教室に来るように。]

時計を見た。
3時27分。
彼は学校に全速力で戻る。

玄関に風のように飛び込む三木。
「はっ、どうした三木?忘れもんか?」
「あ?あぁ。」
彼は階段を駆け上がる。
「諒毅、なした?忘れ物?」
「そう」
彼は廊下を疾走する。
「どうした」
「忘れ物」

彼は3Eの前で一瞬静止し、腕時計を見る。
3時32分。2分遅れ。それでももしかしたらまだ可能性はあるかもしれない。
彼は意を決して教室のドアを開ける。

そこには誰も居なかった。

黒羽には時間厳守であるイメージをもっていた。だからこの結果は予想できていた。
彼は絶望的な気分で、一応黒羽の机に近づく。

こんな事をするより、早く教室から出て黒羽を探した方がいいんじゃないか?
そう彼は思った。

しかし彼は幸運だった。
後ろのドアから入ったおかげで、彼女の机の中に入っているメモを発見できたからだ。

彼はそれを自分宛だと思い込み、それを見る。
冷静に考えればそのメモが彼宛のものである確率は低いのだが、今回はそれで正解だった。

[to 三木]
[遅すぎる。仕方がないから以下に連絡先を載せる。]
[lunatix_of_aaa@extranet.ne.jp]
[黒羽]