《シーン11》 事態を理解した俺は、とにかくまずは警察に電話した。 だが、全然取り合ってもらえない。 何か違和感を感じた頃、またメールが届いた。 『友達だよ』 何が? 混乱する頭を落ち着かせ、その意味を頭をフル回転させて考えた。 そして、一つの結論を理解すると、冷や汗が流れた。 …つまり、警察はグルだと? 電話を切り、冷静に考える。 いったい誰が、何のためにこんな事を? 『わかレロ』 書置きを思い出す。 これはつまり、俺に佐間子と別れろと言っているのか? だがどうして? 単にただの学生が学園のお嬢様に恋をして、付き合ってもらってるだけじゃないか。 ここまでするほどのことなのか? それもただの恋する男の嫉妬レベルじゃない。 三人、いや、家族も入れて少なくとも7人以上を誘拐し、監禁できるのだ。 しかも、警察とグルとまできた。 俺は事態の大きさに愕然とした。 《シーン12》 翌日。学校。 とにかく、誰かに相談したかった。 世界一周旅行をしている両親は、今どこにいるのかわからない。 いつも向こうから突然連絡があるだけだ。物理的に相談できない。 いっそ佐間子に打ち明けようかとも思ったが、この件に佐間子が関わっている以上、心配はかけたくない。 話せば必ず佐間子にも伝わるであろう、ゴルゴにも相談できない。 いや、むしろ犯人は佐間子の身内の可能性もあるのだ。 不安で不安でしょうがなかった。だから、 「氏掘君?どうしたの?そんなに青ざめた顔をして。何か悩みでもあるの?良かったら、先生が聞くわよ。」 という誘惑に耐えられなかった。 その日、俺は担任の女教師『草薙 良子』に全てを打ち明けてしまった。 彼女は俺の話を疑う素振りも見せず、 「そう…。わかったわ。先生に任せて。」 と言った。 それを聞いてから、俺はもしかしたら草薙先生も構内に入り込んだSPの一人だったのではという疑念を抱いたが、それは考えすぎだったようだ。 翌日、草薙先生までもが欠席していたのだから。 《シーン13》 俺は後悔した。安易に草薙先生に相談してしまった事を。 犠牲者が増えただけだった。 俺は自分を責めた。 そして、佐間子と別れる決心をした。 あの笑顔を再び曇らせてしまうのは悔しいし、悲しいけど… しょうがなかったんだ… そして朝一番で登校し、校門で佐間子を待った。 やがて次々と学生が登校してきた。 その中に、ようやく佐間子を見つけた。 が、その隣にはなんと、委員長がいた。 ???????? 俺は混乱した。 俺の混乱を他所に、何事も無かったかのように振舞う委員長。ちょっと風邪で寝込んでただけだと。 でも、あの時留守だったのは…? ちょうど病院に連れて行ってもらってたのだという。 やがて、登校してくる者達の中に、友仁や草薙先生、妹の姿まで見つけた。 「ごめーん、お兄ちゃん。昨日帰ってきたんだけど、夜中だったんでさぁ、えっこの家に泊めてもらっちゃった!」 「そうなんです…ごめんなさい、お兄さん」 妹と一緒に登校してきたえっこまでそういう。 書置きと、学校で病欠となっていたことについて訊ねた。 書置きは偶然。病欠については、さすがに旅行とは言えず、隠していたのだそう。 俺が先に真実を言ってしまう危険性を考え、ご丁寧に旅行先から、自分で。 他の皆にも問い正してみたら、もっともな答えが帰ってきた。 …つまり、すべては俺の勘違いと思い込みだったのだ。 ああ、良かった。大事にならないで。 ほっと胸を撫で下ろす。 《シーン14》 「別れた方がいいぜ」「別れなさいよ。アンタには不相応だったのよ。」 委員長と友仁が揃って言う。 まぁ、二人とも前から俺たちが付き合うのには反対だったが(特に委員長)、今日はまた一段とうるさい。 昼休み。 うるさい二人を振り払って、愛しのハニーこと佐間子に会いに行く。 勘違いと思い込みで、あやうく佐間子と別れようとしていた自分を恥じた。 まったく、情けない。 と、道中でたまたま屋上に向かう佐間子の姿を見かけた。 どうやら先客がいるようだ。 佐間子を尾行していた時のちょっとした癖で、思わず後をつけて、物陰から二人の姿を眺めてしまった。 相手は…若い男…? 俺は嫉妬心が首をもたげるのを感じていた。 相手の男はこの学校の生徒では無い様だ。というか、大学生か社会人? 佐間子が相手の男を責めて何か言っているようだ。 だが、男はのらりくらりとそれをかわしている。 小さな声で話しているのか、会話の内容までは聞き取れないのがツライ… やがて佐間子の堪忍袋の尾が切れたのか、相手の男にビンタを食らわすと、こっち…階段側にやってきた。 俺はあわてて、階段を駆け下り、佐間子の教室の前で待つ事にした。 俺は何事も無かったかのように佐間子を迎えると、二人で昼食をとることにした。 昼休みの終り際、教室に帰ろうとする俺に、佐間子は言った。 「別れましょう…」 《シーン15》 家に帰ると、妹にまで佐間子と別れるように言われた。 こいつ、俺たちがつき合いだした頃は、喜んでまわりに自慢してたくせに。 「お前に言われなくても、今日別れ話を持ちかけられたところだよ」 そう言うと、確かに妹は喜んだように見えた。 何がそんなに嬉しいんだ…?こっちは失恋したばっかで落ち込んでるっていうのに。 ムカついたので、妹に問い詰めた。 ちょっとキレてしまってて、怖がらせたのかもしれない。 妹は泣きながら、許しをこうた。 その姿を見て、怒りが沈んでいくのを感じた。 もう許してやろうと思ったその時、その言葉が耳飛び込んだ。 「だって…もう…二度とあんな思いしたくなかったんだもん……」 俺は再び問い詰めた。 妹はより怖がって泣いた。 落ち着け。冷静に、優しく語りかけた。 そうして、真実を知った。 俺の思い込みでも勘違いでもなかったのだ。 《シーン16》 翌日。 妹とその友人、委員長、友仁、草薙先生を集めて事情を聞いた。 皆、突然正体不明の男達に誘拐されたのだそう。それも家族ぐるみで。違和感の無いように。 そして、俺と佐間子を別れさせるのに協力するように脅迫されたのだと言う。 だが、なぜ俺たちが別れる前に開放したんだろう? それに、開放された後になぜ、俺は別れ話を持ちかけられなきゃいけなかったのだろう? 疑問は残った。 と、その疑問に草薙先生が答えた。 「彼が…開放してくれたんだと思う…。もう十分に効果があったと判断したから…それに、私が…」 「彼?効果?」 俺は昨日佐間子と話してた男を思い出した。 効果って、つまり、佐間子にまで脅迫を? 優しすぎる佐間子の事だ。自分の為に友人達や無関係な人に危険が及ぶのは耐えられなかったのだろう。 だから、彼女の方から別れ話を…? あの男は佐間子の許婚か何かか? そういえば、以前御上邸でSPに尋問された時、佐間子の口からそんな話も出ていたように思う。 (この方と、結婚できるワケじゃなし…)あれは、そういう意味だったのか? 「彼っていうのは佐間子の許婚の事ですか?」 俺は草薙先生に問い詰めた。 彼女は、何かを知っている。 案外、俺の予想はあたりで、彼女も学校に配属されたSPだったのかもしれない。 誘拐の事は単に、知らされていなかっただけで。 「いえ、彼とは佐間子さんのお兄さんの事よ?でも…じゃあまさか…」 草薙先生は何かに気がついたようだ。 《シーン17》 ともかく、敵が、犯人が誰なのか、ハッキリした。 兄が妹の恋路を邪魔するなんて、とんでもない話だ。 俺の妹に彼氏ができたのなら、…まぁ、ふさわしくない男だったならともかくとして、絶対祝福する! …妹はレズだから、まずなさそうだが…。 ましてや、無関係の人間まで巻き込むなんて、絶対おかしい! 断固として戦うべきだ! 俺は佐間子を呼び出し、そう言った。 ゴルゴも一緒だったが。 この際、こいつにも聞いてもらおう。 俺がどんなに佐間子を愛しているか。 どれほど幸せを願っているか。 ゴルゴも人の親なら、それで心動かされる何かがあるはずだ…! だが、俺は拒否された。佐間子に。 さらに、別れ話は誘拐なんて関係なく、単に俺に愛想が尽きただけだとまで言う。 でも俺にはそれがウソだという事くらい、わかる。 ずっと彼女を尾行し、ずっと彼女を見てきて、ずっと彼女の幸せを願っていた俺だから、わかる! 佐間子は俺が好きだ!俺も佐間子が好きだ!二人で幸せになる!絶対!! そう叫んだ。 だが佐間子は涙だけを流し、走り去っていく。 俺は追いかけた。が、そこにゴルゴが立ち塞がる。 さすがSP。 簡単にノックダウンさせられた。 《シーン18》 目を覚ますと、保健室にいた。 全身を縛られて。 側にはゴルゴ。他には誰もいない。保健室の先生もだ。 敵と二人っきり。 背筋がぞっとした。今俺の身に何が起こっても不思議じゃない。 現に、ゴルゴは怪しげな注射を用意している。 「お前…お嬢様を愛しているか…?」 何を今更当然の事を。 「このままお前達が付き合えば、確実に不幸になる。お前だけでなく、お前の大切な人達まで。それでもいいのか…?今回はたまたま草薙様が…」 誘拐の事を言っているのだろう。 「良くない。だから戦う。幸せになるために!」 俺は間違った選択肢を選び続けているのかもしれない。 ゴルゴが、着々と注射の用意をしているからだ。 「戦う…?笑わせる…相手は国家権力すら従える存在だぞ…?ただの無力な学生に何ができる…?」 「彼女を笑わせることぐらいできる。知らないのか?彼女は俺と一緒にいる時にだけ、作り物じゃない本当の笑顔を浮かべる事を!」 「…知っているさ……。だがそれは無力だ。お前たちの敵相手には何の意味も成さない。」 「俺はそれだけできればいい。敵は、俺たちの仲間が、皆が倒す!俺を信じてくれる皆が!!」 ドンドン!! 保健室のドアを叩く音がする。 「せんせい?いませんかー?」 ゴルゴは俺の口を押さえた。居留守を決め込むつもりだ。 しばらくじっとしているゴルゴ。 やがて誰もいないと悟ると、生徒は去っていった。 ゴルゴは誰もいなくなったのを確認すると、 「お前の敵を倒してくれる仲間とやらも、無力だ。今ここでお前一人救えない…」 ゴルゴは再び注射を手に持ち、それを近づけてくる。 「お嬢様はますます悲しむだろうな…できれば、こんな事はしたくは無かったが…。 お前が悪いのだ…。無力なくせに、お嬢様を幸せに出来るなどと考えるから…俺のように…」 ドンドン!!! 再び保健室のドアを叩く音。 ガチャガチャガチャガチャ! 無理矢理鍵を開けようとする音。 ドンドンドンドンドンドンドン!!!!! ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ!!!! 音はどんどん大きく、増える。見れば、保健室の前には多くの人影が。 「いるんだろ?!ゴルゴ先生?!出てこいよ!!!氏掘といっしょにさぁ!!!!」 口々にそう叫ぶ生徒達。 ゴルゴは信じられないといった表情。 ヒヒヒーーーン!! 馬の鳴き声まで聞こえてくる。妹の所属する、乗馬部のだ。 ガッシャーーーーン!!! 窓ガラスが割れる音とともに、馬に乗った妹が入ってきた。 妹「人の恋路を邪魔する奴はァァァ!!」 ゴルゴは馬に蹴られて吹き飛び、気を失った。 正に、何とやらだ。 「さあ行くよ、お兄ちゃん!佐間子さんを取り戻しに!」 俺は妹に馬に乗せられた。白馬だ。もう、なんというか狙いすぎだ。 全校生徒を従えて、俺たちは御上邸を目指す。 この人数でいる限り、途中で消されてしまうような事は無い。 ちなみに、なぜ全校生徒が味方についたのか? 単純な話だ。 こんな映画のようなロマンチックな話、実際に聞かされたら応援せずにいられるものか。 さっき佐間子を呼び出した教室。視聴覚教室。マイクは当然ONだ。 《シーン19》 今朝、皆を集めて事情を聞いた後、これからどうするか話し合った。 そして、作戦を立てた。 皆最初は嫌がった。 しかし、俺はなおも食い下がった。 何度も何度も土下座し、協力を頼んだ。 そして俺の気持ちが伝わったのか、最初に草薙先生が承諾した。 それをきっかけに、皆了承してくれた。 今、皆はそれぞれの役割を果たすべく、奔走しているだろう。 友仁からメールが入る。『交渉成功。』 今からだと丁度いいタイミングだな。 草薙先生があるものを持って現れた。 「はい、これ…。佐間子さんのこと、頼むわよ…」 《シーン20》 いよいよ尾上邸に着いたところで、警察に囲まれる。 さすがに全校生徒で、というのは目立ちすぎたか… 後は何としてもこの門を開けて中に入るのみなのに… それを阻止しようとする警察と守衛に、さきほど草薙先生から渡されたモノを持って言った。 「御上佐間子さんが学校を早退されたので、プリントを届けに来ました。」 さすがにこういう口実があれば、警察は手出しできない。証人も大勢いるし。 だが守衛は違う。 「わかりました。届けておきます。」 冷静に対応する。だが、こっちも引き下がれない。粘る。今通らなければ、きっともうチャンスは無い。 だが相手の方が一枚上手だ…。こうなったら、強行突破しかないと決意したその時… 「入れてやれ。」 ゴルゴが言った。てか何時の間に俺の背後に… 「まさかここまでやるとはな…お前なら、もしかしたらお嬢様を…」 ゴルゴと佐間子の間に何があったのか知らない。だが、ゴルゴは本当は、佐間子の幸せを願っていたのでは…そう感じた。 かくして俺は尾上邸に入る事に成功した。正門から、堂々と。 《シーン21》 佐間子は母乳像に縛り付けられていた。 「だから学校へ行かせるなど、反対したのだ!お陰で、悪い虫がついた!」 「まぁまぁ、お父様。虫がついたといっても、まだ食われてはおりません。今のうちに白濁循環の儀式を行えば事足ります。わかっているね?佐間子」 佐間子の父と兄、そして佐間子が話している。 「はい…」 佐間子の目は死んでいる。 「私だって、こんな事はしたくはない。だが、薄まってしまったオヤチチサマの力を取り戻すには…御上家の血を濃くする為にはこうするしかないんだよ… でなければ、次の代で完全にこの力は消えてしまう…。わかってくれ…妹よ…」 そういって、兄は佐間子の巫女服をはだけさせ、胸を露出させ、乳首を口に含もうとした…その時、 「そこまでよ!!!」 ブヒヒヒィィン!! 馬の鳴き声がこだました。 俺「白馬の王子…参上。」 馬を動かしてるのは妹だが。 妹「事情はすべて聞かせてもらったわ! 失われた力を取り戻したいが為に、実の妹とイケナイことをいたしちゃうお兄ちゃん!!うらやまし…じゃない、そんな変態さんは許しません!」 草薙「佐間雄(佐間子の兄の名前)さん…もうやめましょう…」 俺「佐間子は返してもらう。」 佐間子「あなた…何故…?」 佐間子の父はゴルゴを睨みつける。 「ゴルゴ!!貴様、こやつらを何故入れた?!!佐間子専属SPである貴様がそのザマでどうする!!!」 ゴルゴ「そうです。私はお嬢様のSPです。…だから、入れました。それがお嬢様の願いだから。」 「何を?!」 ゴルゴは佐間子の父に銃を向けた。 ゴルゴ「お嬢様を開放してください。」 俺は佐間子に近づく。 佐間雄「君は解っているのか?君のやろうとしている事が何なのか。 御上家が元の力を取り戻せば、不老長寿すら夢ではなくなるのだぞ?!人類の夢!それを、壊そうというのか?!」 「人類の夢?往生際悪く生にしがみついている老人達の夢だろ?そんなものの為に佐間子の幸せを犠牲にするんじゃねぇよ…。 それに…俺の夢は…あいつの笑顔なんだ…。」 佐間雄「させん!これは俺たち御上家の使命なのだ!俺たちの血は絶やしてはいかんのだ!この神の血は!御上の血は!!!だから俺は良子を捨ててまで…」 「なら関係無いね。佐間子は御上佐間子じゃない。」 佐間雄「何を…?」 俺は手に持ったプリントを開いて見せた。 婚姻届。 両方名前が書いてあり、判子も押してある。 本人の直筆ではない。判子も、草薙先生に頼んで、学校に保管してある奴を使った。 だが、ホンモノかニセモノかなんて関係ない。二人で届ければいいのだ。 「佐間子。俺と、婚姻届を出しにいかないか…?」 なんて品の無いプロポーズ。 草薙先生が、佐間子の縄を解く。 佐間子は、俺に応えてくれた。 社を出たところで、SP達に囲まれた。 さっきまではゴルゴの命令で下がらされていたが、ゴルゴが裏切ったとわかったので、再び御上家の指揮下に入ったのだ。 銃を向けられ、絶対絶命のピンチだ。 俺「俺達が死んだら、お前たちは言い逃れができないんだぞ?何せ、外には600人の生徒が証人に…」 「もういない。お前たちは、佐間子様にプリントを届けた後、帰り道で外国人犯罪者に襲われ、命を落とす事になっている。」 SP達が引き金に指をかける。 『そうはさせねーぞ!!』 上から拡声器による声が聞こえた。 見上げると、報道ヘリ。そこからの声だ。間に合った。友仁だ。 ジャーナリストを目指す友仁にはマスコミとコネがあり、今回の事を報道させるべく、動いてもらっていたのだ。 いくら国家権力を従えようと、国民の監視下の基では、何もできまい。 佐間雄「銃を下げろ。…我々の負けだ…。」 SPは銃を下ろし、道を開けた。 佐間雄「これで御上家は終りだ…」 草薙「そうね。これであなたの肩の荷が降りたのね…」 佐間雄「草薙…」 草薙「あら?私は御上よ?御上良子。」 草薙先生は自分の持っていたプリントを見せた。 《シーン22》 門を出る。さっきまでいた生徒達はいなくなっていたが、代わりに警察のパトカーと報道カメラがひしめきあっていた。 さすがに、これだけ人の目があればもう心配はいるまい… そう油断していた。 銃声。 振り返ると、佐間子の父がSPから奪った銃をこちらに向けていた。 2発、3発。 他の皆には目もくれず、俺たちだけを狙ってがむしゃらに撃ちまくる。 「行くな、行くな、行くなぁぁぁあああ!!!」 俺は佐間子を庇い…そして、撃たれた。 さすがにこれだけの状況では、警察も佐間子父を逮捕しないわけにはいかなかった。 取り押さえられる佐間子父。 俺は撃たれた場所が悪かったのか、息が、できない…。 血も、止まらない…からだも、動かない… 目が、霞む… まさか、自分の死ぬところが全国中継されるなんて… 泣くな、佐間子…俺はお前の笑顔が…。 「死なせない、絶対に!」 佐間子は突然胸をはだけさせると、乳首を俺に近づけた。 俺は無意識にそれを吸った。 …懐かしい…お母さんを思い出す… すると、あたりが光に包まれた。 《エピローグ》 我が友人Aこと、『友仁 栄』の夢は叶った。二つとも同時に。 彼はジャーナリスト人生初の報道で、見事、幻乳の姫こと、『氏掘 佐間子(旧性・御上)』の授乳シーンを撮ることに成功したのだ。 それは全国に報道され、「奇跡の瞬間・現在の母乳女神」など、俺たちは一躍時の人となった。 そりゃそうだろう。 ほぼ即死に近い重傷だった俺が、佐間子の母乳を飲んだ瞬間、瞬く間にその傷が癒え、命を取りとめたのだから。 だがそれが最後の奇跡だった。 あれから、佐間子の母乳はただの美味しいだけの母乳と化した。 なんでも、直接乳を吸われるとその神通力までも吸い取られるらしく、その為、肉体を活性化させる程度の力しかないはずの佐間子の母乳でも、 命に関わるような傷を癒せたのだ。 また、それが俺と佐間子が別れさせられそうになった理由でもあった。 御上家は、俺がいつか佐間子の乳を吸ってその力を奪ってしまうのを恐れていたのだ。 また、佐間雄がやろうとしていた白濁循環の儀式とは、母乳を吸って吸収した神通力を、男性の下半身のミルクに変換して女性に注ぎ込み直す儀式なのだとか。 そうすることによって遺伝子そのものに神通力を宿らせ、より強力な力をもった赤ん坊を作る事ができるのだそうだ。 だが、ともかくそれらは未遂に終わった。 母乳女神の最後の奇跡は、愛する者の為に行われたのだ。 今や佐間子はどこにでもいる普通の主婦として、俺の傍らで、俺だけの女神でいてくれている。 ゴルゴはある日学校を辞め、そのまま行方がわからなくなった。 ただ、いなくなる前に、俺に打ち明けてくれた事がある。佐間子には内緒で。 なんでも、ゴルゴはかつて佐間子と好きあっていた者らしい。 だが俺と同じような目に合い、身を引く決意をしたそうだ。 だが佐間子のあの寂しそうな表情が忘れられず、整形し、顔を変え、佐間子専属SPとして、 影ながら佐間子を見守る事にしたのだとか。 草薙先生は佐間雄と結婚して、今は御上良子となった。 なんでも、二人は恋人同士だったらしい。 だが佐間雄は己に課せられた使命のため、草薙先生を捨てたのだという。 しかし、草薙先生に対する想いは残っていたらしく、 秘密を知った草薙先生が誘拐されたと知るや、すぐに彼女を解放したのだという。 その時草薙先生に強く頼まれたので、誘拐された事を黙っている事、二人を別れさせる事を条件に、皆を開放したのだそうだ。 妹は相変わらずレズだ。最近、委員長とやたら仲がいい。心配だ… 佐間子の父は、無罪放免となった。 何せ、撃たれたはずの俺がピンピンしているのである。 もちろん、銃を持って、しかも撃った時点で間違いなく犯罪なのだが、母乳の女神の奇跡による恩赦だ。 第一、その母乳の女神が罪に問わないよう頼んだのだ。 俺もこんな事で彼女の笑顔に影を落として欲しく無いので、それを支持した。 今やすっかり憑物が落ちた様子。最近は孫はまだかととかく五月蝿い。 「もう母乳女神が生まれる事はないんですよ?」 「でも、天使は生まれるだろう?」 …さて、それではお父様のささやかなる願いを叶えてあげますか…佐間子?                          FIN