いつものように教卓についた、確かこの前還暦を迎えたと言っていた老教師の様子が普段とは何かが違うことに、太郎他クラス一同、気づかない人間はほぼ皆無であった。 普段は大して注目もされない老教師の第一声を、異様な雰囲気が歓迎の姿勢を見せる。 既に血の色を殆ど失った唇から放たれた第一声が、太郎のこのとき以降の人生が大きく変動することの前触れであったことは、太郎自身若干の淡い期待は抱いていたものの、それが現実になるはずがないと理性が否定していた。  間違いなく、その第一声が全ての始まりではあったのだが。 「えーとですね、なんと、この特徴も何もない単なる普通の公立高校にですね、何とですね、転校生が来たんですね。おめでたいですね。」  転校生。その単語を聞き、男女問わずいっせいに色めきだつ。 大抵がっかりするのがオチだとは分かっていても、若さは常に希望を持つ。 その希望に神が応えたのは、わずか数秒後。  灰色の、存在感のない教室という空間に対しあまりに存在感のあるものが、 扉を戦々恐々という風にゆっくりと開く。  入ってきたのは、道行く人に聞いたらほぼ10割の確立で「小学生」と言われそうな、そんな少女だった。 明らかに身の丈不釣合いな制服が個性を殺そうと必死の努力をしているが、 腰まで届く流れるような金髪が制服の地味さを全て打ち消し、 秋葉原のど真ん中に置き去りにしようものならば2秒で連れ去られそうな、完璧なロリータフェイスが金髪と見事にマッチしている。 微妙にかけている丸型フレームのメガネが微妙に知性的な印象を与えていた。 「えーとね、それじゃね、ミシェルさん、自己紹介してくれます?」  ミシェルと呼ばれた少女は小さく頷き、教師から白墨を受け取り、 黒板にカタカナで「ミシェル・スペンサー」と綺麗に書いた。 「え・・・と。ミシェル・スペンサーと言います・・・お、お父さんが日本に転勤することになったので、こちらに来ました・・・よ、宜しくお願いします・・・」  とたんに拍手の巻き起こる教室。彼女の頬が微妙に高潮したのは緊張のためだろうか、と漠然と太郎は考えていた。 そして生徒によるミシェルに対する質問攻めが始まる。 「何でそんなに日本語が上手いんですかー?」 「え・・・と・・・お母さんが日本人で、昔から英語と日本語を・・・」 「見るからに幼児体系だけど、3サイズh(女子による武力制裁発動)」 「・・・・・・・」  目に微妙に涙を浮かばせて、今にも泣きそうだ。 男女の比率が半々とはいえ、猛獣の檻に突っ込まれたウサギの気分なのだろうか。 すると、それまでミシェルの登場以来、一言も発言せずに済みに追いやられていた担任の老教師が口を開いた。 流石にミシェルが泣きそうになったので静かになっていた教室に、その老教師の声は明瞭に響いた。 「えーと・・・ミシェル君の席なんだけどな、また今度熟慮したいと思うが、1時限目が迫っているから、とりあえず今隣に誰もいない太郎の席の隣ということにする。」  男子から猛烈なブーイングが上がる。睡魔さんと遊んでいて聞いていなかった太郎は、親友の岡田のエルボードロップ1発で全てを理解した。 即座に机が準備され、隣にミシェルが着座する。 「よ、宜しくお願いします・・・」 「ああ、宜しく。」 正直、太郎は小動物を可愛がる気分ではあったが、 その認識が崩されたのは、20分後のことだった。  1時限目、数学。 何故かミシェルの様子が早速おかしい事に、太郎は何となく気がついていた。 頬が何故か高潮している。それだけなら、白人とナマで触れ合ったことのない太郎は違和感を特に感じはしなかったのだろうが、呼吸が明らかに荒い。 少し聞いてみただけでも、明らかに異常と分かった。 「はぁ・・・っく・・・ん・・・んっ・・・はぁっ・・・」 微妙に高潮している顔面と相まって、何かの病気と太郎は踏み、尋ねる。 「何か顔色とかおかしいけど、大丈夫?熱とかない?」  急に声を掛けただろうか、「ビクッ!」という擬音が本気で聞こえてきそうなほどオーバーに驚いた彼女は、 「え・・・あ、ふぇ・・・え、ちょ、いや、あああああ―――!」  何が起きたのか、いきなり大声で叫んだ彼女を、太郎以下全員が唖然とした視線で見ているが、どうやら失神したようでグッタリしている。  教室中が騒然とする中、数学教師が黒板を引っかいて黙らせる。 そして、太郎に詰問する。 「ヘイ、Mr.太郎!アナタそこの少女に一体何を行ったんですか!?この立派な犯罪者が!これでユーも今日から犯罪者デビューか!?このロリータコンプレックスが!」  顔を真っ赤にして罵声を飛ばす数学教師。 「あんた何教師!?っつか何もしてねぇよ俺!?」 太郎の背後にいた男女の証言で太郎の無実は証明されたが、とりあえずミシェルを保健室に運ばなければならないため、太郎がミシェルを担ぎ上げた。 想像以上に軽い彼女の体重に若干驚きながらも、とりあえず何かの病気で手遅れになったりしたらまずい。 ダッシュで保健室を目指すために教室を飛び出した太郎に、様々な声がかけられる。 「ミシェルちゃんが死んだらお前を7回殺して3%だけ生き返らせるぞ!」 「犯すなよ!初めにミシェルちゃんに挿れるのはこのおr(武力制裁発動)」 「太郎君、私、あなたのことずっと信じてたのに!」 「だから、今の日本とアメリカの関係を比べた上でも、中国の核による・・・」 太郎はあえて全てを無視し、駆け出した。  保健室へは教室からすこぶる近い。全力疾走で20秒もあればたどり着ける。 ドアを破らんばかりに強く開け放ち、保険医の姿を探すが何処にもいない。 軽く舌打ちし、保健室に唯一つあるベッドにミシェルを横たわらせる。 顔色はだいぶよくなっているようだ。額に手を当てて熱を測るも、特に熱いというわけでもない。  とりあえず安堵するが、先ほどの発作の正体が分からない以上、のんびりしていたら今度あの発作が起きた時に彼女が大丈夫だという保証はない。 半そでのYシャツから除き見える彼女の腕から脈を測り、微妙に血圧が高いことを把握してから、もう一度彼女を凝視すると、太郎は意味の分からない光景を見た。  彼女のYシャツの胸の辺りが、微妙だが濡れていた。  不審に思い、多少悪いとは思いながら触ると、確かに濡れている。しかし、水で濡れているというよりは、もう少し粘度の高い液体で濡れていることも分かる。 匂いをかいで見ると、微妙に甘い匂いがする。 まさか、とある仮定を頭で打ち出したとき、ミシェルが目を覚ました。 「ん・・・ここ・・・は・・・?」  自分が何かしらの原因であるかもしれない。太郎は極力優しい声で答える。 「さっきミシェルさん、いきなり気絶しちゃったから、保健室に・・・」  気絶、と言う単語を聞いた辺りでミシェルの顔がさっと青くなり、とたんに自分の胸元を見下ろす。  更に顔から血の気が引き、すっかり青くなってしまった唇で、太郎に問う。 「あの・・・その、見ちゃいましたか・・・?」 意地悪をするつもりは毛頭無いが、分からないものは尋ねるしかない。 「何を?」 すると彼女は今度は顔を倒れる時と同じくらい真っ赤にし、俯きながら消え入りそうな声でつぶやく。 「そ・・・その、わ、わたしが・・・おっぱい・・・でちゃってるところ・・・です・・・」  先ほどの仮定に裏づけなされた。要するに母乳が出ていたということか。 「いや、多分、俺以外の誰も分かっちゃいない・・・とは思うけど。俺もこのベッドに君を寝かせて、初めて気がついたわけだから・・・」 「そ、そうですか・・・」  そこまで会話を進めて、ふと重要なことを思い出す。 「そうだ、さっき気絶しちゃったみたいだけど、あれ大丈夫!?何かの病気?」  保険医をさっさと呼びに行くべきだったか、と若干の後悔を覚えながら尋ねると、意外な返答が帰ってきた。 「いえ、あ、あの・・・わたし、さっきもいいましたけど、お、おっぱいがでちゃうんです・・・あの、向こうの、いえ、米国の医者で特異体質だか何だかって言われて・・・」  顔を真っ赤にしながら語る彼女。またなんか発作を起こしそうで、太郎は気が気でない。 とりあえず話しの先を促す。 「そ、それで、あの、わたし、おっぱいはでるんですけど、その・・・む、胸のサイズが小さいから、そ、その、溜めていられなくって、どんどん流れて・・・それで、さっき、環境が変わったせいかもしれないんですけど、いつもよりも、おっぱいの量が多くて・・・ そ、それで耐えてた時に、声を急にかけられちゃって、驚いた拍子に、そ、その、流れ出てる分より多くでちゃいまして、そのまま、そ、その・・・き、気持ちよくなって、えーと・・・あ、あの・・・い、イッちゃいました・・・」  あ、何だ、ただの絶頂か。良かった良かった、と自己完結した太郎。 しかし、ミシェルがその自己完結を不意にさえぎった。 「あ、あの、あなた、太郎さん・・・でしたよね?あの、申し訳ないんですが・・・」 「ん?」 顔を向けると、ミシェルは俯いてしまった。 「な、なんでもないです・・・い、今のお話、申し訳ないですけど・・・秘密にして置いてください・・・」 「ああ・・・いいけど。それじゃ、保険の先生呼んでくるから。」 「す・・・すみません・・・」  突然来訪した奇妙な隣人の奇妙な体質に首をかしげつつも、保険医を探しに行く太郎。彼にその後待ち構える、バイオレンスかつ甘すぎる生活は、今の彼では想像もつかないことだった。 好評だったら続けるよ(´・ω・`)