ビデオカメラが意外と高価なことを電気店で初めて知った太郎は、絶望に顔を染めながら戻ってきた。 その太郎を出迎えたのは、コンテナに背を預けながらタバコをふかす変態医者。何故か白衣が所々濡れているが、言及する勇気は太郎にはなかった。 「治療は成功したんですか?」 成功するわけが無いのは分かりきっていることではあるが、それでも念を押して聞いておく。 案の定、帰ってきた答えはまるっきり想定していた答えそのものだった。 「いやー、ダメだったね。はっはっは。」  そのヘラヘラした態度に若干の苛立ちを覚えながら、質問を重ねる。 「そもそもあの治療方法で直る、という見込みはあったんですか?」 「無いよ?」 タバコを地面に吐き捨て、靴の裏で揉み消しながら平然と答える医者。こんな奴に医師免許を与えたのは何処のどいつだと苛立ちを感じる。 「彼女、無事なんですか?」 「多分生きてると思う。保障は出来ない。」  新しいタバコを出そうとして箱を叩くが、タバコが無い。 仕方が無くタバコの箱自体を丸めて、それに火をつけて吸う、という奇行を行う医者を前に、太郎はなすすべも無い。 「マズイな。やっぱり。こんなの人間の吸うもんじゃねぇ。」 「当たり前です。」  吐き捨てるように言い、とりあえずミシェルの無事だけ確認せねばと、コンテナの中に入る太郎。  薄暗いコンテナの中には、なんだか良く分からない匂いが充満している。が、肝心要のミシェルの姿が無い。 良く見回すと、隅にグシャグシャの状態で放ってある毛布が、微妙にガタガタと振動していた。 おそらくミシェルだろうと見当をつけ、声を掛けてみる。 「ミシェルか?」 「・・・ニンゲンナンテ、シンジラレナイ」  帰ってきたのは確かに彼女の声だが、感情と言うものがまるで感じられない。 「どうした?あの変態に何をやられた?」 「ニンゲンナンテ、シンジラレナイ」 「まさか処女まで奪われたか!?」 「ニンゲンナンテ、シンジラレナイ」  コンテナの外に出て、石を積み上げて遊んでいる変態医者の姿を確認すると、積まれた石をとりあえず全力で蹴り飛ばし、向き直る。 先に発言したのは、変態だった。 「何しやがる!新・東京タワーを当局より先に作ってやろうと思ったのに!」 「黙れこのアメーバ以下の脳髄しか持ち合わせていない、真夏のバカが!」  一気に詰め寄り、感情を爆発させる。 「アンタ医者だろ!?1人の女の子が人格破壊起こしちまったぞ!どーすんだ!」 「ぬぅ。しかし、人間とは傷ついて成長する生き物だ。1回や2回の挫折でくじけるのは人間として自分で自分の成長を妨げること以外に他ならない。私も前を向いて頑張ることにする。」 「お前の失敗で他人を巻き込むな!内科より先に精神科のお世話になっちまうじゃねぇか!」 「ぬぅ。まぁ、彼女もいい経験になっただろう。経験地が溜まって、そろそろ彼女もレベルが上がって新しい技覚えたと思う。多分ハサミギロチン。」 「一撃必殺!?」 「もしくはアレだ。たいあたり。」  この医者と話していてもムダ以外の何も生まれないことを強く実感し、ケータイで救急車を呼ぼうとしたところ、変態に一瞬のうちにケータイを没収された。 「医者ならここにいるじゃぁないか。」 「医者じゃないだろアンタ!?」  医者としてのプライドを傷つけられたのか、若干顔の表情が険しくなる。 「一応なー、ちゃんと国家試験受けたんだぞー。実力だけはあるんだぞー。」 「この件をマスコミに公表してもいいですか?」 「ゴメンお願いだからそれは止めて」  とたんに土下座する変態医者。怒りを通り越してもはや呆れるしかすることの無くなった太郎は、虚空を見上げた。 辟易するほどの晴天。なのに自分の背後にあるコンテナの中にいる少女は、目の前の変態のせいで今心の中は大雨なのだ。 「とりあえず、何か方法無いんですか?落ち着かせる方法が?」 「んー・・・・・・」  流石にマスコミが聞いたのか、真剣に考える変態医師。頭の中で陵辱プランを練っていないことを、切に願う太郎。 「ああ、そうだ。1個あったな。落ち着かせる方法は。」 「あるの!?」  急き込んで尋ねる太郎。それとは逆に、落ち着き払った態度で立ち上がる変態医師。 「うん。ある。多分だけどね。」  言いながらコンテナの中に入っていく。 「僕は入った方がいいですか?」 「いや、入るな」  何故か厳しい眼光で睨まれる。中から鍵を書ける音が聞こえてきたので、とりあえず先ほどと同じようにコンテナに背を預け、座り込む。 コンテナの壁がよほど薄いのか、中の声がはっきり聞こえてくる。 「いやー、さっきは本当にゴメン。落ち着いてくれる?」 「ニンゲンナンテシンジラレナイ」 「ごめんねー、肛門の処女奪っちゃって。ホント反省してるから。」 「任現難手神事羅玲奈伊」 「と、とりあえず落ち着いてくれる?」 「Ningennantesinjirarenai.」 「しゃーない、こうするしかないか・・・」  中から布のこすれる音が聞こえてくる。しかし、太郎には彼女が何をやっているのか、目で見ているようにわかった。 「ほら、これでも飲んで・・・落ち着いて?ね?」 「ニンゲンナンテ・・・」  じゅるじゅる、と言う謎の吸引音が聞こえてくると同時、人間不信の壊れたレコーダーの声が聞こえなくなる。 「んっ・・・ちょ、ちょっと、吸うの強すぎ・・・もっと優しく・・・」 「じゅるじゅる・・・」  ぷはぁっ、と言う音まで聞こえてくる。1つを吸っているということはもう1つはフリーと言うことか?自分で自分の奴でも吸っているのか? 「あ、ちょ、そこ舐めないで、弱いから、って聞いてんの!?なんで言った瞬間執拗に舐め始めるかなキミは!?実は天性のS!?っつか、ああ、っちょ、舌、舌入れないで、ちょっと、ホントに弱いんだからやめてってば!」  一体中ではどんな地獄絵図が展開されているのだろうか。考えただけでも恐ろしい。 「だー、だから乳首弱いんだからマジで!?ちょ、あぁ、あ、ああ、イ、イッちゃうって、いい加減止めんかボケ!」 何かしばくような音が聞こえたとたん、じゅるじゅると言った吸引音もとたんに聞こえなくなった。 「は・・・えーと・・・私、何かしてました?」 「覚えてないのかキサマああああああ!?」 「何か口の中がとっても甘いんですけど・・・」 「そんなに甘いのがスキなら口の中に窒息するまで砂砂糖突っ込んだろか貴様!」 「あれ、先生おっぱい出してますね?私、先生のおっぱい飲んでたんですか?」 「覚えてないなら教えてやろうか!?ガブガブ飲んでたぞ貴様!でもって私の乳首の中に舌入れようとしてたぞ!覚えてないのか全く!?」 「私、そんな破廉恥なこと考え付きません・・・!」 「何を今更純情キャラクター保とうとしてるんだテメェー!!」  誰かが直れば誰かが壊れる。それはこの世界の常識なのであろうか。だからこそ地球は今日も平穏無事に回ることが出来るのだろうか。 「先生、未だに私おっぱいが止まらないんですけど・・・」 「直るかボケ!」 「ええー!?じゃぁどうすれば!?」 「知らん!っつか報復措置だ!テメェの血液全部なくなるまで搾ってやる!その乳白色のエロい液体をよぉぉぉ!!」 「何で!?」 「安心しな、例のボケ男は中には入れさせねえからよう!!」 「お願い、助けて太郎君!!」 「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!! 奴がこのコンテナを突き破って入ってくることは不可能だ!何故ならこのコンテナは、核の攻撃にも耐えうる強度を持っているからな!CMでやってた!」 「マジで!?」 「おとなしくあきらめなぁ、小娘ェ!!」 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 あの二人が両方とも気絶してくれることを切に願いながら、彼はカメラ付きケータイのレンズを拭き始めた。