2004年 冬木


マリア達がキャスターと名乗った男性に助けられたからも受難は続いた。
まず、特異点を調査している最中、オルガマリー・アニムスフィアがガイコツ達に襲われている所を発見し、助けた。
初対面の頃からヒステリックな感じが伝わったってはいたが、現在の状況でさらに輪をかけてヒステリックになっていた。
そしてそれは、気の毒な事にDr.ロマンにぶつけられた。
やれ「なんであなたが仕切っているの?」なの「レフはどこにいるの?」と言った感じだ。
恐らくマリア以上に付き合いの長いマシュでさえも、これには苦笑いするしかなかったようだ。

「今の所長が落ち着くまで少し待った方がいいですね」

マシュが提案するも、キャスターに却下された。

「そんな時間はねぇよ。とにかくセイバーのところに急がなきゃな。アーチャ―の野郎もいつまた襲いかかってくるかわからねぇし」

マシュの提案を受けたい気もあったが、キャスターの言い分は至極当然であった。
元よりこの特異点を解決するには、その聖杯の泥に侵された冬木のセイバーを止めることにあるだろう。
ここ冬木にはマリア達を除けば人間はいない。
これはやはりこの特異点が人類史の存続に関わっているものだと容易に推測できる。

「そういえば、その冬木のセイバーって、どんな人なんですか? 何か特徴は?」
「特徴ぉ? まぁ、何だ・・・・・アイツは存在そのものが特徴っていうかな。あいつの宝具を見れば、誰だって分かるって代物だ」

宝具。
それはその英霊だけが持つ証たるモノだ。
それは、武器であったり、防具であったり、魔術具であったり、肉体や魂であったりと千差万別である。
キャスター言うには、冬木のセイバーの宝具は、いわばその真名の代名詞とも言えることらしい。

「誰だってわかる宝具……ですか?」
「あぁ、有名だと思うぜ。「湖の乙女」から授かった王の剣。その剣であらゆる戦いに勝利をもたらしたっていう・・・・・」
「約束された勝利の剣(エクスカリバー)……」

キャスターの言葉を引き継いだのは、オルガマリーだった。キャスターは肯定するように笑みを浮かべる。
エクスカリバーという名は、さすがのマリアも知っている。剣の中で一番有名ではないだろうかと思うぐらいに。

「そんな……そんな相手に勝てるとでも言うの!? もしそれが本当なら相手はあのアーサー王でしょう!?」
「勝てる勝てないの問題じゃねぇんだよ。この聖杯戦争を狂わしたのは、そいつなんだから」

つまりは、かのアーサー王を止めない限り、マリア達は一生、冬木の地に留まることになる。
いや、それよりも先に自分達がやられてしまうだろう。

「まぁ、そう青い顔しなさんな。恐らくだが、それを止める方法は嬢ちゃんの盾にあると思うぜ」

キャスターがマシュを指差した。

「嬢ちゃんのその宝具なら、あいつの剣を止めることができるかもしれねぇ」

当のマシュは、困惑している様子だ。
無理もない。生と死の瀬戸際でサーヴァントとの融合を果たしたのだ。
奇跡と言ってもいいその所業で、命は取り留めたものの、肝心のその英霊の真名をマシュは知らないでいる。

「すみません、マリア先輩。私、今はまだ宝具は使えないみたいです」
「いいか、嬢ちゃん。宝具ってのは、己の魂が応えるものだ。例えば……」

キャスターがマリアに向けて、杖をかざした。

「お前さん達のマスターがピンチになれば、自ずと―――」

そこでキャスターの言葉が止まった。鋭い殺気を感じたからだ。
無言で今にもその首をはねようとするアルテラの殺気に。
色んな意味で緊張感が高まろうとする前に、キャスターが両手を上げておどけた。

「冗談だよ。ったく、本気でやるとでも思ったのか? 白いセイバーよ」
「今のはそうには聞こえなかった。少なくとも私は」

正直、マリアも同じだった。キャスターに杖を向けられた時、心臓が跳ね上がったのをまだ引きずっている。

「まぁ、とにかくそういうこった。あのセイバーとの戦いになれば、必然的にマスターに危険が及ぶ。そうさせたくないなら、頑張るしかねぇぜ、嬢ちゃん」
「は、はい」

おっかなびっくりながらもその返事には強い決意が込められていた。


§


キャスターの案内があったからか、冬木のセイバーの元に辿りつくのにそう時間は掛からなかった。
しかし、問題は冬木のセイバーだ。アルテラとは正反対の黒い鎧を身に纏っている。
その傍らには、最初に交戦したアーチャ―がいた。

「あれがアーサー王!? って、女の子じゃない!?」

予想外の事でオルガマリーが驚愕しているが、マリアはそれどころではない。
感じ取ったのだ。相手が女性であろうと、その手に持つ剣に秘められた力を。

その一方―――

「おうおう、まるでセイバーの騎士様じゃねぇか? アーチャ―」
「そんなつもりはない。お前達を確実に迎え撃つならここに来る。そう思ったからだ」

キャスターが挑発し、アーチャーが動く。
そして、白と黒のセイバーは互いを見つめあったまま、静かに殺気をぶつけ合いながら微動だにしない。
先に動いたのは、アーチャーとキャスターだった。

「そんじゃ、マスターの嬢ちゃん、ここは任せたぜ」

そう言いながらキャスターはアーチャーを誘うように、その場を離れた。
直後、剣と剣の激しいぶつかり合いも起きた。
アルテラの剣は、まるで鞭のようにしなることもできるが、今は冬木のセイバーに合わせてか、互いに鍔迫り合いを起こしている。

「アルテラさん! 無茶はダメです!」
「マスター、今の私ではこいつに勝つことは無理だ。だから、時間を稼ぐ」
「え?」

マリアはアルテラの言っている意味がわからなかったが、すぐにそれを理解できた。
今のアルテラはマリアから供給される魔力量が不足しており全力を出せないでいる。
恐らくアルテラも期待しているのだ。マシュの宝具の事を。
あのキャスターの言っていることが正しければ、黒いセイバーの宝具はマシュの宝具で防ぐことが出来るという。

「先輩・・・・・」
「マシュちゃん……頑張ろう! キャスターさんやアルテラさんの行為を無駄にしない為にも!」
「は、はい!」

言葉とは裏腹にマシュの声が震えている。マリアはその手をギュッと握り締めた。
マシュの震えが少しずつ止まっていく。

「フォーウ」

フォウがマシュの肩に登って頬をひと舐めりした。フォウなりの励ましなのであろう。
マシュが小さく笑った頃には震えが完全に止まっていた。

瞬間―――

「エクスカリバァァァ! モルガァァン!!」

黒いセイバーのエクスカリバーから放たれた黒い光の奔流がアルテラに襲いかかった。

「アルテラさん!」

黒のセイバーに吹っ飛ばされ、巨石をくだいて倒れたアルテラにマリアとマシュが駆けた。
幸いな事にアルテラの意識はある。
そのことに少し安堵したその時だ。

「先輩! 危ない!!」

二発目のエクスカリバーから放たれた黒き奔流。
反射的にマシュがそれを盾で受け止めるも、すぐに力負けしそうになっている。

「マシュちゃん!」

迂闊だったと、マリアは己の未熟さを思い知る。
サーヴァント同士の戦いに、いち魔術師が介入できるはずもない。
そのせいでマシュも巻き込んでしまった。

「令呪よ!」

咄嗟に聞こえてきたのは、オルガマリーの声だった。
マリアの右手の甲に焼き付いている紋様は、令呪といい、マスターがサーヴァントに与えることができる3つの絶対命令権である。
だが、同時にそれは1画ずつに膨大な魔力を秘めている。
そして、それはサーヴァントに魔力ブーストとして与えることができる。

「マシュちゃん!」

右手の甲が熱くなり、1画の令呪の魔力がマシュへと与えられる。
即座にマシュの全身に魔力量がみなぎり、黒いセイバーのエクスカリバーが放つ奔流を押し留めていく。

「・・・・・!」

黒いセイバーは顔には出さないものの、急な手ごたえを感じて驚いている。
だが、次の瞬間、その驚きが顔に現れる。

マシュの盾より放たれた光。
それは、紛れもなく、マシュが宝具を発動したという証であり、。黒いセイバーが“知っていた”光だった。
エクスカリバーの光の奔流が徐々に弱りつつある所で、アルテラが動いた。

「ハァ!」

高く跳躍したアルテラの剣が黒いセイバーの身体に突き刺さる。
肺から息が一気に押し出されたような声を出しながらも、黒いセイバーの目はアルテラを睨みつけている。
隙をついたとはいえ、負傷しているアルテラの一撃は致命傷には至らなかったようだ。

だが、そんな時―――

「離れてな、白いセイバー!」

聞き覚えのあるその声に反射的にアルテラは従った。
瞬間、黒いセイバーが炎に包まれた。

「焼き尽くせ木々の巨人―――『灼き尽くす炎の艦(ウィッカーマン)』!」

その声の主、キャスターが吠え、木の巨人が現れた。
その巨人は、黒いセイバーを掴んだ後に自らの胸の檻の扉を開けて放り込み、そのまま炎で焼いていく。
敵とはいえ、こんな凄惨な姿を見せられ、マリアは思わず目を背けた。
やがて、炎が止むと、そこには両膝をつい黒いセイバーの姿があった。

「ちっ、ちょいと炎が弱かったか……あいつに付けられた傷さえなけりゃあな」

キャスターの背中にはまだ真新しい大きな傷があった。
アーチャ―との戦いで負傷したものだと容易に想像できる。

「とりあえず、嬢ちゃん、よくやったな。なんとか宝具を展開できたじゃねぇか」
「先輩の……いえ、マスターのお陰です」

先程まで険しい顔をしていたマシュの表情が少しだけ綻ぶ。

「キャスターさん、あのアーチャーは…?」

痛いところをつかれた、と、言わんばかりにキャスターは苦笑いをした。

「まぁー、あんだけ言っておいてなんだが、この機を逃したくなったんでね。奴さんとの戦いは足止めだけして適当に切り上げてきたんだ」

その言葉で一同に緊張が走った。
アーチャーが倒れてないということは、まだ戦いは終わってないということだ。
だが、キャスターはそんな心情を読みとったかのように告げる。

「大丈夫さ。このセイバーさえ倒せば・・・・・」

キャスターがセイバーを見直すと、すでにそこは凛として立っている黒いセイバーがいた。
一同が思わず身構えるそんな時、黒いセイバーが口を開いた。

「守る力の勝利か。なるほど。……穢れなきあの者らしい」

マシュに向けられたと思われるその言葉の意味はわからなかったが、黒いセイバーが小さく笑った。

「結局どう運命が変わろうと、私一人では同じ末路を迎えるだけか……」

そう言いながら、黒いセイバーが足から消え始めている。

「どういう意味だそりゃ。お前一体何を知っている」

同じようにキャスターの姿が消えそうになっているが、構ってはいない。

「いずれあなたにも分かる。アイルランドの光の御子よ。―――『グランドオーダー』」

黒いセイバーの言葉にオルガマリーが驚いた。

「聖杯を巡る戦いは、まだ始まったばかりだということをな」

キャスターは、何か言いたげだが、自分がもう半分以上消え始めているとわかった途端、マリア達に振りかえった。

「世話になったな、マスターの嬢ちゃん。……次があるんなら、そん時はランサーとして喚んでくれ」

それが、キャスターの最後の言葉だった。