帝国軍と黒髑髏との戦いが終局に向かうにつれ、三角地帯に変化が訪れ始めていた。
三角地帯はかつてのような無法地帯ではなく、帝国軍の管理下に置かれるようになっていった。
皮肉なことに、黒髑髏という秩序を乱す敵の存在が、
帝国に大兵力の投入を決断させ、秩序を取り戻させたのだ。
またそれは、帝国が国力を回復する中での、必然の流れだった。
だが、アドリアの表情は暗い。秩序が戻り、三角地帯周辺にも帝国の目が行き届くようになれば、正体を隠して潜伏するのが難しくなる。
何かと便宜を図ってくれたアラルも、間もなく本国に戻ることが決まっている。
アドリアは、紅い海の女王の解散を真剣に考え、ティレニアにだけ本心を明かす。
アドリア「ここいらが潮時ね……元々、今日まで無事でいられたこと自体、幸運に過ぎたのよ。後はMUにでも逃げて、ひっそりと農業やりながら暮らすってのもいいかもね……」
ティレニア「船長が……アドリアがそれを望むなら、私はどこまでも付いていくわ」
次のミッションを最後に、アドリアはロッソ団を解散すると心に決める。
帝国軍による、黒髑髏の最終殲滅作戦。
本国から新たに贈られた増援と、腕利きの海族団が一同に会し、黒髑髏を完膚なきまでに叩き潰す。
勝利が確定している上、参加するだけで莫大な報酬を受け取れる。MUに行く資金を稼ぐためにも、これに乗らない手は無かった。
戦いは、質・量共に勝る帝国軍が黒髑髏を蹂躙する一方的なものだった。
だが、アドリアは戦闘の最中、言い知れぬ不安を覚える。そして、その予感は的中する。
ついに帝国軍は、 ブラック・マックイーン号を撃沈する。
だがそれはハリボテに近い代物で、黒髑髏の用意したダミーだった。
そして最終決戦にもかかわらず、遅れて出現するシャチのFFことオルカ。
今までは全て遊びと言わんばかりに牙を剥いたオルカは、驚異的な操縦技術で帝国・海族両軍FFを撃墜していく。そして、初めて外に向けて声を発する。
ソロモン「時は来た!! 奈落(アビス)の蓋をあけ、この退屈な世界を、蒼く蒼く染め上げようじゃないか!!」
この声に反応したのはジョーズだった。
ジョーズ「ソロモン……!?ソロモン・ブルーウォォォォォタァァァァァァァッ!!!」
それと同時に、黒髑髏の船や、戦場の各地に埋め込まれていたアクアパールが発光。
巨大な霊響陣(エコー・サークル)を描き出す。
彼らは目撃する……地を突き破り、天へと上る巨大な渦巻を……
それは紛れも無く、10年前の悪夢……大渦(メイルシュトローム)の再現だった。
渦によって出来た大穴に、周囲にいた船は問答無用で吸い込まれる。ロブスター号も例外ではなく、彼女らは深層(アビス)へと引きずり込まれてしまう。
だが、ソロモンの乗るシャチのFF・グランジャチだけは、海流に飲まれることも無く、そのまま逃げおおせてしまう。
深界魚の密集地帯である深層はまさに地獄。襲い来る無数の深界魚によって、帝国軍と海族団は次々に命を散らしていく。
死力を尽くして戦うロブスター号の命運も、風前の灯と思われたその時、ジョーズが覚醒。
白い髪は水色に発光し、 JAWSまでもが青く輝く。
驚異的なスピードとパワーを発揮し、次々と深界魚を喰い破っていった。
しかし、結局は多勢に無勢。全滅は時間の問題と思われた。
セレベス「む、無理だ……深層から生還できたのは、あのエーゲ航爵ただ一人。私のような未熟者が、ここから生きて還るなんて……」
アラル「諦めんな!!俺は絶対諦めねぇぞ。本国じゃ女房子供が俺の帰りを待ってるんだ。こんなところで死ねるかよ!!」
だが、ロッソ団の霊響士(ロケーショナー)、 サルデーニャ・クラインの霊響感応(エコーロケーション)が、地上に向かう上昇海流の発生するポイントを突き止める。一縷の望みをかけて、必死にそこへ向かうロブスター号。
この時点で、アラル、セレベスらを収容したロブスター号以外に、残っている船は無かった。
一方、ひたすら荒れ狂うジョーズを止めたのは、彼女を敵視していた汐だった。
汐「お主のことはやはり気に食わん!!だが、お主が死んでしまっては、我が殿や同志たちが悲しまれる。それだけは絶対にまかりならん!!」
一時正気を取り戻すジョーズ。二人でロブスター号に戻ろうとするが、そこに、深界魚の親玉である 深界龍(リヴァイアサン)・ エラスモヒュドラが出現。
海流を引き起こし、ジョーズと汐を吹き飛ばしてしまう。
絶望に凍るロブスター号のクルー達。だが、時間の猶予はもはやない。
ロブスター号は上昇海流に飛び込み、一気にこの地獄を切り抜けるのだった……
深層は、各地の海や湖に繋がっている。地上に出たロブスター号は、帝国軍に保護される。
アラル「深層(アビス)ってのは、奈落だの、地獄だのって意味もあるんだってな。ああ、全くその通り。ありゃ本物の地獄だ。俺達弱っちい人間なんぞが、立ち入っていい場所じゃねぇんだよ……」
一方、ジョーズと汐を失ったアドリアは、ティレニアの胸の中で泣き崩れる。
アドリア「もう……やだ……私はもう二度と、二度と失いたくなかったのに……!!」
アドリアが、海族団の規模を最小限に留めていた理由……
それは、仲間を失うことを嫌い、自分の眼の届く範囲の仲間を守れるようにするためだった。
だが、運命は、彼女に泣いている暇も与えなかった。彼女の下を訪れたアラルは、申し訳なさそうに告げる。
アラル「俺や俺の部下がこうして生きて還れたのも、お前さん達のお陰だ。だから、こんなことを言うのは心苦しいが……アドリアーナ・デル・カンパネルラ。ハンス・ベーリング宰相閣下は、お前に会いたがっている。帝都まで来てもらうぜ」
ベーリングは、とうにアドリアの正体に気づき、アラルにそれとなく彼女を監視するよう命じていたのだ。
|