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『夜明け前の静けさ』
高口 健
○繁華街のTV
人が行き交う。誰一人としてTVに見向きもしない。ビラ配りのアンドロイドが稼動している
TVにアナウンサーのアンドロイドが写り、TV画面の右上には生中継の文字。
アナウンサー「…は病院屋上から飛び降り自殺を図ったものと思われ、現場は一時騒然となり、警察では事件の詳細を…」

○東方中学校・グラウンド
体育教師「あと十週!みんな頑張れ!須藤はさらにもう十週!!」
女子生徒の罵声が飛ぶ。
女子生徒の中に混じり義足の少女が混じっている。
千夏「は……ぃ…」
須藤千夏(14歳)。セミロングの髪はヘアバンドで後ろを縛っている。
体操具はところどころ解れている。体育館下で男子生徒が屯している。
男子生徒A「なぁ、アイツだろ? この前、交通事故で…」
男子生徒B「もったいないよな。顔も体もいい感じだったのに…」
男子生徒A「マジで? おしいなぁ。事故に会う前に食っとけば良かった」

○東方中学校・女子更衣室
女子生徒が着替える中、一部の生徒がある生徒を指し微笑している。
窓辺で着替える少女。その左足と両手が太陽光に反射して鉛色に光る。
少女はぎこちない両手で黙々と着替えつづける。
佐東めぐみ「ちな。その鉄のアクセサリー可愛いね、どこに行ったらそんなもの手に入るのかしら」
女子生徒「すごいオシャレよね。メガネもピッタリ。メガネ萌えってヤツ?」
教室内に笑い声が響き渡る。佐東めぐみ(14歳)も笑いを堪えている。
千夏「……。」

○ショートホームルーム
教壇には担任の笹本先生(32歳)の姿。
外からはひぐらしのやかましいほどの鳴声。
笹本「明日は体育祭の準備があるからみんな遅刻しないで登校する事。あと、須藤。話があるから残りなさい」
先生の号令が済むと教室から須藤に注がれていた嫌な視線は徐々消える。
夕日の日差しが教室をぼんやりと明るくした。それでも蛍光灯が消されていて暗い。
教壇前の二つの机を横に向かい合わせ笹本と千夏は向かい合って座っている。
笹本「校長先生とご家族とも相談して、もっと施設の調った学校への転校する事になった。」
千夏は瞬き一つせずに俯いている。
笹本「先生もなできれば須藤をこの学校で卒業させてやりたかった…そのなんだ。それでも、転校する事で事故の事を少しでも忘れられるように…」
千夏は明らかに不機嫌面で両腕を腰で組み、小刻みに貧乏ゆすりをしている。
笹本「須藤の将来の事を考えると悪い話じゃないんだ。…須藤が幸せになれるためにも…」
千夏は立った弾みでイスを吹っ飛ばす。先生に唐突に殴りかかる。
その握り締めた拳は留まる事を知らず笹本の顔は原型をとどめない。全治3週間。
千夏の拳には血痕と汚名が残った。

○学校の職員用掲示板
一枚の張り紙。須藤千夏の無期限停学の文字。
千夏(N)「この日、パパは学校へ呼ばれた。私は腕の痛みを理由に病院へ逃げ込んだ……。」

○東方病院の個室
大きな窓。風に吹かれて大きな孤を描く白いカーテン。雲が山にかかっている。
点滴に繋がれた千夏の姿。部屋からは鏡は取り外され、戸には鍵が掛けられ、関係者以外立ち入り禁止の文字。
千夏「なんで私だけ…」

○真夜中・御手洗い
便座に座り用を足す千夏。
松永「あの…すみません」
あたりを見渡す千夏。右手の壁の向こうから声がする。
松永「トイレットペーパー貸していただけませんか? こちらの紙が切れてしまっているようで…」
トイレットペーパーを取り外して手に持つ千夏。
千夏「何で? 入る前にそれぐらい気づけなかったの?」
少し間が空く。
松永「ちょっとうっかりしていて…」
千夏、一息付く。投げるが力を入れすぎて中を舞う物体は壁にバウンドして床に落ちると転がり始めた。

○御手洗い前
トイレから出てくる松永。千夏に気づく。
松永「さっきはありがとうございました」 
浅く礼をする。長く伸びた黒い髪が服を滴るように床に向かって流れる。
適当に相槌を打つ千夏。
松永「それじゃあ、お休みなさい。」
マイペースに会話が進む。しばし呆然とする千夏を横目に暗闇に消える松永。
足元の非常口の灯りだけが残る。

○診察待合室
イスに腰掛けている千夏。看護士に付き添われて松永が入ってくる
隣に座るがお互い会話は無い。その直後に診察室に呼ばれる
千夏「はい」
松永、少し横を見て顔を微妙に傾げる。千夏、診察室へ。戸が閉まる
松永「…あっ」

○診察室・ベッドルーム
点滴を首下から受ける千夏。カーテンを一枚隔てて横に寝る松永
松永「ねぇ、昨日会った人居ますか?」
松永の問いかけに千夏は顔を背ける。目を閉じた
松永「深夜トイレで会った方居ませんか? たしか、千夏…」
千夏、顔を赤める。
千夏「ちょっと…止めてよ」
千夏の小声がベッドルームに響き渡る。表情を顰める松永
千夏「何? 何か用?」
強い口調。
松永「さっき病室で隣に座っていましたよね? 何で声かけてくれなかったの?」
千夏「友達ってわけじゃないでしょ? それに声かけて欲しかったなら自分から声をかければいいじゃない?」
カーテンの向こう。松永が鼻を一回啜る。
千夏「そんなの自己中過ぎると思うけど…」
松永「ごめんなさい」
千夏「どっちにしても声かけられても困るし…」
松永「私、見えないの。目が…」
千夏の眉毛が一瞬動く。
松永「だから、気づけなかった…」
千夏「そう…」
室内に似合わない年期の入った時計の歯車の音がしばし流れる。
松永「そういえば私の名前教えてなかった。私、マツナガ。松に永遠の永で松永。世間一般では小学二年生だって。アナタは?」
千夏「…須藤」
松永「スドウ?」
千夏「さんずいっぱい作りに右に貝っぽいの、それに藤で須藤。中2」
松永「ふーん。」
しばし沈黙する松永
千夏「わかった?」
戸の向こうから看護士の足音が壁を伝って聞こえる。
松永「なんか良く判らないわ。また今度会った時に教えてね」
ベッドから起き上がる松永。看護士に連れられて部屋を出る。千夏、ふて腐れる。

○自室
窓に肘を付いている千夏。指の先端にてふてふはゆっくり止まる。
千夏「松永も確か今日が診察日だったな…」
千夏(N)「松永と出会ってから一週間。初めて会った時は非常識な子だと思っていたけれども、私は彼女の持つ独特な雰囲気に何処か心地よさを感じている。意外と私に似ているのかもしれない…」
機械の両手を器用に使って着替える。左足の義足には何度も殴りつけた跡がある。

○診察室・ベッドルーム
ベッドに寝かされる松永。看護士が部屋からゆっくり出て行く。
松永「千夏居る?」
千夏「いつも通り待機中」
松永「私…」
ベッドの横のシーツを掴んで握り締め黙る松永。顔には包帯を巻いている
千夏「どうした?」
松永「……。」
千夏「恋の悩み?」
30分ほど黙り込む2人。看護士が松永を連れて行く。
松永「須藤お姉ちゃん。私ね、ここで生まれてここで育ったの。だから、今度もし会ったら須藤の学校の話聞かせてね…」
千夏「あれ…」
松永「いってきます」

○自室
父親の須藤秀雄(39歳)が入ってくる。手には四角い箱から甘い香りが漂う。
秀雄「千夏、パパだぞ。有名ケーキ店アンティークで買ってきたぞ。一緒に食べよう」
ベッドに歩み寄る父。ケーキの匂いに混じって女物の香水の香りが強くなる。
父の姿に笑顔を見せる千夏。表情が少し引きつる。
千夏「わーい。パパありがとう(棒読み)」
秀雄「そうだろ、そうだろ。パパな店の店長さんと知り合いでね。特別に予約を入れていただいたんだ。」
千夏(N)「私はママが事故にあってからはパパと生活してきた。親戚の人達は優しい声をかけて来たが、ただ不幸の蜜を味わっているだけ。哀れだと見下してくる。今の私にはパパだけが必要だった。他には何もいらない。でも、パパはそうは思わなかったらしい……」
父が箱の四方を破って机に置く。中には苺のタルトが2つ。
秀雄「両手の調子はどうだい? まだ義腕を付け始めてから一ヶ月しか経ってないから不自由だろ? パパが食べさせようか?」
千夏「平気。自分で食べられる…」
タルトをそのまま手で持ち上げ噛み付く千夏。
千夏のベタベタになった鉄の手を布巾で拭く秀雄。
千夏「来週の日曜はパパとママの結婚記念日だね…」
秀雄、数秒無言になる。
秀雄「パパは、その日は主張で香港まで行かないと行けないんだ。ママが事故死してからもう半年。お前も交通事故にあってパパは気が気じゃないんだ。パパも千夏にずっとついていてあげたいんだ…。それで今度、その事で千夏に会って欲しい人が居るんだ」
千夏「うん、分かった。また今度その話は聞くよ…」
話を無理やり終わらせる千夏。秀雄、残ったケーキをベッド下の蔵庫の中に入れてそそくさと部屋を出る。
千夏「みんな大嫌いだ…」

○非常階段
雲に隠れていた月夜が病棟を明るく照らし出す。非常口近くの平らな部分に根っこ路がる千夏
千夏(N)「あれから三日間、松永は診察室に顔を出さない。松永は言わなかったが看護士の話声を聞いて知っていた。松永は今、視力回復の義眼の手術を受けている。それで体に義眼が定着するのを待つため絶対安静」
自分の服装と水溜りに写った自分の顔を見る。
千夏「この姿で会うと失礼かな? 学校の話か、正直良い思い出なんて無いのよね…」
千夏の耳に診察医の声が聞こえる。窓の外から身を乗り出して診察医の部屋を覗く。
診察医は携帯電話をかけながら足早に部屋を出て行く。徐々に雷雲に覆われ見えなくなる月。雨が降り出した。

○診察待合室
松永を探す千夏。看護士が千夏の前で足を止める。
看護士「どうしたの? 千夏ちゃん。」
切り出す事を少し躊躇する千夏
千夏「松永さんってどうかされたんですか? あの、目に障害を抱えた松永さんです。最近姿を見かけないんですけど…」
看護士はノートを見る。ページを数枚捲る。
看護士は眉を歪める
看護士「ごめんなさいね。昨夜、急に様態が悪化してね。目の手術の傷跡からばい菌が混入したらしくて…本当にごめんなさいね」
その場から立ち去る看護士。
千夏「え、ちょっと待ってください!」
固まる千夏。無常に時間は流れる。

○屋上
午前四時。部屋から抜け出してきた千夏。
千夏(N)「松永は退院して病院から去った事になっていた。しかし、看護士の対応で悟ってしまった…」
秀雄とナオコ(21歳)の姿。
千夏「誰? その女。」
千夏はナオコを指差す。
秀雄「千夏、口には気をつけなさい。ナツコさんは、パパが一緒になろうとしている女性なのだから」
ナツコ「始めまして。アナタが千夏ちゃんね? ちーちゃんって呼んでもいいかしら?」
しばらくしてトレイに席を立つ秀雄。屋上の空気が変わる。
ナツコ「ふーん。アンタがあの人の娘…か。パパの病院に娘が入院してるから、どんなヤツかと思ったらただの障害者じゃない。私、ガキって嫌いなのよね。泣くは、言うこと聞かないわ…」
ナツコを無視する千夏。
ナツコ「話には聞いてたけど、可愛そうな子ね。交通事故で両腕と左足を切断。一命は取り留めたけどその格好はお笑いね」
千夏は下唇を噛む。ベッドに片膝ついて千夏の顔を覗き込むナツコ
ナツコ「アンタさぁ。パパに迷惑をかけていると思わない訳? どうせ学校でもその両腕と足の事で虐められて、手の届かないここの病院まで逃げてきたんでしょ?」
千夏「違う…」
ナツコ「どうせ自分だけ被害者面してるんでしょ? そんな機械仕掛けのロボットが人間面するのも体外にしろよ?」
千夏「私は人間よ!ロボットじゃない。」
ナツコ「片腹痛いわね。じゃあ、アンタ自分の心臓は見たことあるの?脳は?肺は? 無いでしょ? アナタ最初から人間じゃないのよ?」
ナツコをにらみつける千夏。
ナツコ「もう家族ごっこは終わりにしましょうよ」
千夏「わたしは須藤千夏よ。ちゃんと昨日までの記憶もある。生まれたときの記憶もある。」
ナツコ「じゃあ、あの子の下の名前は覚えてるの? この病院で会った松永さんの」
黙りこむ千夏。
ナツコ「あの子はね、松永ナツコって言うの、わたしをモデルに作られたロボット。人間じゃ無いの。アナタは死んだと思っているかもしれないけど、死んでないの。壊れただけ。人じゃないの物なの。」
フェンス越しにタバコを吸い始めるナツコ。千夏、ナツコの背後に寄る。
ナツコ「秀雄さんは優しいからアナタを実の娘のように扱っている。でも、私はアナタたちが嫌いなの。ロボットのくせに人権を主張して…どこまで強欲なのかしら。だから、アナタも私のロボットみたいに止まってちょうだい。」
ナツコ、千夏の首の後ろに手を回す。腕をつねり、振りほどく千夏。
ナツコ「痛っ! アンタもあのロボットみたいに主人に逆らうわけ? もともと生きても居ないロボットもくせに。」
フェンスに千夏を押し付け首を絞める。
千夏「仮に機械だったとしても私は生きたい!」
ナツコ「本当にイライラするのよ。あんたたちには…壊れてここから居なくなれ人間もどき!」
ナツコの首を絞める力が増す。
千夏「機械なのは………人間じゃないのは…………お前たちのほうだ!!」
半回転して、今度はフェンスにナツコを押し付ける。
尋常じゃない力でフェンスに押し付けられたナツコはフェンスごと屋上から地上へと落ちた。

○繁華街のTV
人が行き交う。誰一人としてTVに見向きもしない。ビラ配りのアンドロイドが稼動している。
TVにアナウンサーのアンドロイドが写り、TV画面の右上には生中継の文字。
アナウンサー「東方病院の院長の娘、松永ナツコ(21歳)は9月4日の深夜から明朝の間に同病院屋上から飛び降り自殺を図ったものと思われ、現場は一時騒然となりました。警察では遺書がまだ見つかって居ないため、事件としても視野に入れつつ調査を進める方針である。また、同病院から須藤秀雄(39歳)のアンドロイドも行方不明になっていることから警察では事件に何らかの形で巻き込まれていると見て捜査する方針を固めました。では、次のニュースです…」

○ゴミ処理場
闇の中に蠢く影。皮の様な物に食らい突く千夏。
千夏「…ぅぇ」
食べたものを嘔吐する。液体がほとんど。
息は荒く、その場に倒れこむ。
日差しが徐々に千夏を照らしていく。
フェンス越しに道行く人々が千夏を見て見ぬ振りする。
主婦「ああはなりたくないわね…」
口に手を添えて口元を隠す主婦。
ゴミに埋もれている千夏。ゴミを啄ばむカラスの群れ。雨がずっと降り続いている。
千夏「私はただ…ただ、普通の生活が送りたかっただけなのに…」
千夏の頬を伝う水。突如、笑い声とも似つかぬ声を出す。
しかし、その声は次第に泣き声に変わる
千夏「私ってなんなんだろう…」
眠りに付く千夏。

○須藤家
目を覚ます千夏。
ベッドに気付き上半身を起こす。辺りを見回す。
千夏「私の部屋だ…」
白いベッドにフローリングの床。壁は白い壁紙。
両腕を見る千夏。
千夏「直ってる? アレは夢?」
ドアにかけてあるカレンダーを見る。8月22日。
始業式の前日だ。
秀雄「千夏。パパ会社に行くから忘れずに朝食を食べるんだぞ」
秀雄が玄関から出る。それを二階の窓から見下ろす千夏。
自宅の電話が鳴る。寝巻きのまま一階へ駆け下りる。
スムーズに動く足。スムーズにドアのノブを開け、受話器をとる
千夏「はい、須藤です。」
佐東めぐみ(電話)「あ、ちな? あたしだけど、携帯見当たらなくってさぁ。」
千夏「……。」
佐東めぐみ(電話)「どしたの? まだ調子悪いの?」
千夏「…うん。」
適当に相槌をうつ地夏。
佐東めぐみ(電話)「そういえばぁ、加奈子とSheekerのボーカルの翼が付き合い始めたの知ってる? あたし、超ビックリでさぁ……」
雑談は昔話へ。雑談を続ける二人。
1時間後。
佐東めぐみ(電話)「じゃあ……また明日ね。」
千夏「うん。またね…」
受話器をゆっくり置き、ため息を一つ吐く。
しばらくぼんやりと天井を見上げる千夏。
千夏(N)「昔話をしたのにしっくり来ない。昔体験したはずなのによく覚えていない、記憶の欠落は人間にとってはよくある事だが私の場合は何か違う。データの破損というか過去の出来事を思い出としでは無く、知識として脳に蓄積している感じがする。私は私という概念を持った入れ物のように感じがする。私は何か空っぽだ。私は…誰?」

○繁華街
千夏(N)「大型量販店、路地裏の標識、コンビニ前のアスファルト、どこも変わりなくそこにある。行き交う人々も何の疑問も無くこの不可思議な世界を生きている。それが常識だから?」
通りの向こうから女性が駆け寄ってくる。
アンケートの女性「時間ありませんか? 只今アンケートを近くの会場で行っているんですが、今時間ありませんか?」
女性はビルを指差す。女性に両肩を捕まれビルに連れ込まれる千夏。
千夏、ビルの一室に入る。机と椅子が用意されている。
アンケートの女性「じゃあ、お願いします。」
女性、部屋を出る。室内、アンケートに解答する人が数人。
しぶしぶ席に座りアンケートに記述し始める千夏。
アンケートは○×で記述する簡易な物。アンケートは30項目。
最後に『アナタは人を本気で愛した事がありますか?』という項目がある。
それを見つめる千夏。
その項目で鉛筆が止まる。ずっと止まっている。

○自宅
夕飯の食器を並べる千夏。秀雄、席に着く。
号令で夕飯を食べ始める二人。
秀雄「……。」
千夏「………。」
箸と茶碗がぶつかる音が響く。
千夏「パパ、教えて欲しい事があるの…」
秀雄、箸を置く。
千夏「パパは人を本気で愛した事があるの?」
秀雄「ああ。あるよ」
千夏「それは誰?」
秀雄「母さんと千夏」
千夏「ねぇ、パパ。じゃあ私の事は愛してる?」
秀雄「さっきも言ったじゃないか。本気で愛してるのは母さんと千夏だけだ」
千夏「じゃあ、誰なの? 私は…誰なの? パパが愛してるのはママと千夏だけ。私は愛されてない…」
千夏(N)「私は千夏だ。千夏の事ならなんでも知っている。けれども、私は千夏であって千夏じゃない」
秀雄「何を言ってるんだ? 千夏、また病院に電話して先生に…」
食卓の台を投げ飛ばす千夏。仰け反る秀雄
千夏「うるさい!!どうして、誰も私の事を愛してくれないの? どうして、誰も私を見てくれないの? ねぇ、どうして?」
秀雄「落ち着きなさい!」
千夏「見てよ、この力…そりゃそうよ、だって私は人間じゃないもの。全部知ってるの、ナツコがベラベラ喋ってくれたから」
秀雄「……。」
千夏「私は千夏じゃない。パパの娘じゃない。私は人間じゃない。私は…私は…」
秀雄、千夏の腕を掴む。首の後ろのスイッチを押す。
急に動かなくなる千夏。
秀雄「……。」

○自宅・千夏の部屋
目を覚ます千夏。千夏の視界に秀雄が入る。
秀雄「千夏。本当の千夏は半年前、ママと一緒に買い物に出かけたんだ」
千夏の手を握る秀雄
秀雄「千夏はパパに内緒で誕生日プレゼントを買いに行くってね。でもその帰り道、暴走した一台のトラックが千夏とママを…。」
千夏「……。」
秀雄「ママも千夏も即死だったそうだ。手にプレゼント袋を握り締めて…」
千夏「……。」
秀雄「パパは苦しみをぶつける先がわからなかった。そして千夏そっくりのアンドロイドを作り千夏の疑似記憶を埋め込んだんだ…」
千夏「……。」
秀雄「…。」
千夏「……そう。本当の事を話してくれてありがとう。」
秀雄の手を振り解き、掛け布団で顔を隠す千夏
秀雄「千夏?」
千夏「…って、部屋……から…出て……って…お願い」
秀雄、立ち上がり部屋を後にする。ドアが閉まり、外を救急車が通り過ぎる。
月光が天窓から注いでいる。
千夏(N)「やはり私は千夏では無かった。パパは私を愛しては居ない。ナツコの言う通り私はパパを幸せに出来ない」
頭を抱える千夏。
千夏(N)「私は私でわかっていたんだ。私自身、私をキライだったんだ。自分すら私を否定している。でも、パパが好きだ。パパのために何かしてあげたい。でも、私に何が出来る? 二年後、秀雄は謎の病に感染し仕事は止めざるを得ない状況に陥った。」

○東方中学校・教室
教室の前に笹本と千夏が立っている。
笹本「今日からクラスに復帰する須藤千夏だ。みんな前みたいに仲良くしてやってくれ。」
胸を張る千夏。
千夏「また、よろしくおねがいします!」
クラスからどよめき声が発せられる。
男子生徒A「アレが須藤?」
男子生徒B「雰囲気変わったよな? なんか別人になったみたいだ」
千夏は中学を留年しつつも学生支援制度を活用して高校進学を決めた。
世間では次世代型のアンドロイドが復旧し始めていた。

○自宅・秀雄の部屋
布団で横になっている秀雄。
千夏「じゃあ、学校に行ってくる」
秀雄「ああ、行ってらっしゃい。気をつけるんだよ」
千夏(N)「パパを蝕む病と老い…。その二つは確実にパパを死に追いやっていた……。」
中学を卒業してから一年。千夏は学年で主席で進級した。

○自宅・秀雄の部屋
布団で横になっている秀雄。
玄関で保険の勧誘を断る千夏。千夏、廊下を通じて秀雄の部屋に入る。
千夏「パパの好きなベートーベンの悲愴かけるね」
千夏(N)「パパは昔よりも身長が低くなり、セキをよくするようになった。声も弱々しい」
秀雄「あと………一年で…卒……業じゃな…」
千夏「うん。私また学校で一番取ったんだよ? 先生も私の事すごく褒めてくれたよ」
秀雄の顔にシワが増え、目は細くなっている。
秀雄「優奈……。」
千夏「何?パパ」
秀雄「お前の本当の名前だ。」
しんしんと降り積もる雪。犬が遠くで鳴いていた。
千夏「パパ…名前なんて無くても良いの。名前なんてもう関係ないの。パパの娘なら」
秀雄「……。」
千夏「私、卒業したらうんと働くね。パパの自慢の娘になるから…見ててね。絶対…」
秀雄の頬から水が滴る。プレイヤーの電源を入れる千夏。悲愴が流れ出す。
千夏(N)「しかし同年秋、パパはいとも簡単に息を引き取った。パパを蝕み続けた病はその後、神経性免疫不順障害と名付けられた。一軒家に生気が感じられなくなった。パパが居なくなって急に広く感じられる家。必要以上に私の後を突いて回る孤独。私はこの日から自分を傷つけるのを止めた。」

○東方病院・正門
父が他界してから12年後。
門に詰め寄る記者。人ごみを掻き分けて門に手をかける、千夏。
記者「日本初のアンドロイド議員となった感想は?」
千夏「ノーコメントで」
千夏、戸を開け家の中に入る。
千夏の腕に朝刊が握られている。
トップ記事に当選時の動画と共に『須藤千夏議員初当選!機械人権問題の確立に女神が光臨!?』の文字。
千夏(N)「私は高校卒業後、就職の道を一時諦め医療系の大学へ進学した。大学院の課程を経て、神経免疫不全障害の具体的な治療法を確率したとして功績を得た。その後、アンドロイドの特別人権保護問題の第一人者として人々の先に立ち啓蒙している。」
地下室に潜る地夏。その他数人の医師も千夏の後に続く。

○東方病院・地下室
部屋中央には大きさ2メートルほどの古いカプセル。
千夏、カプセルの開閉ボタンを押す。
カプセルは開き、中から小学生ぐらいの少女が姿を現す。
腰まで届きそうな黒髪。
千夏「私の声が聞こえる? 私の事がわかる?」
松永「…ス、…………ス…ド………ウ?」
両目の包帯が解ける。松永、千夏を見つめる。
松永「…やっと……やっと、会えた。ただ……いま…」
周りの医師、笑顔で拍手。千夏、片ひざをつきしゃがむ。フラフラで歩いてくる松永を抱きしめる。
千夏「おかえり。ナツコ」

○東方病院・屋上
午前四時。松永と千夏の姿。
二人の息吐くと息が白い。
松永「千夏は自分がアンドロイドだって知ってたんだね」
千夏「いいえ、私は自分がアンドロイドだって知ったのは二十一年前の丁度ここ。半ば強制にナツコに教えられたわ」
千夏、苦笑い。
松永「…ごめんなさい。」
千夏「謝る事なんて無いわ。あれはナツコに酷似した別人だったから」
千夏(N)「結局、彼女も私と同じだった。松永院長の娘のナツコちゃんは幼少の頃から病弱で短い生涯だったみたい。パパと松永院長がお互い技術協力して第ニ世代型アンドロイドが作られた……。所詮スペアに過ぎなかった自分に、彼女はそんな自分に耐えられなかった。彼女は自分自身を私に投影していたのね……甘えと妬み。嫉妬の快楽。」
松永「でも、あの人は私の…」
千夏「いいえ、違うの。今世界は変わろうとしているの。機械だろうと、人間だろうとその一瞬一瞬の時は生きているの」
松永の両肩に手をのせる千夏。
千夏「私たちにも人を愛する心があるわ。人を好きになったり、恋をして悩んだりも出来る。好きな人の子供だって産める。だから、もうその事で悩まなくいいの。ごめんね、ここまでたどり着くのに時間掛かりすぎたね。ごめんね、苦しい思いをさせて。ごめんね、あの時ナツコの身に何が起こっていたのかを知れなくて。」
松永「千夏、お母さんと同じ香りがする…」
千夏、空を見上げる。空にはうっすら月が見える。
千夏(N)「私は物じゃない、私は私。それ以上でもそれ以下でもない。故に、私はもう私を拒絶しない」
夜明け前の静けさが残る冬の出来事である。
-END-
  

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