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売り込み / 初夢 / レッドカラフルプリンセス / 真実メガネ / 第三の眼
※本ページ用に改行等を改めてあります。
※本ページと冊子掲載作が異なる可能性もありえます。

【売り込み】
 そのとある青年は悩んでいた。
 青年の職業は海上警察。船に乗って海の平和を脅かす不審船を見つけ、退治することが主な任務である。
 しかし最近になって不審船を拿捕または撃沈することが難しくなってきていた。不審船を見つけることはできるのだが、高速ボートを改造したような不審船は、蛇行や急展開などを駆使して青年が乗船している保安船を翻弄する。そして最終的に逃がしてしまうのだ。むかしに比べて船の性能が格段に上がっていた。このままでは海の平和が乱れてしまう。
 苦悩する青年のもとに一本の電話が。
――もしもし。
――はじめまして。わたくし、造船会社のものですが……
 それは造船メーカーからの船の売りこみの電話だった。うんざりする青年。
 こんなときに売りこみの相手などしていられるか。しかも聞いたこともない名前の会社だ。おそらく地方の零細企業だろう。
 青年はつっけんどんな態度をあからさまに声に現し、そのセールスコールをあしらおうとする。しかし電話相手の声は落ち着いている。おのれの商品に自信があるのか、淡々とした口調で新船の売りこみを続ける。
――この船ならば、性能が上がってきている最近の不審船も簡単に捕まえられますよ。
 その言葉に青年は押し黙る。
――いかがします?
――わかった。ためしに注文してみよう。
 それは成功だった。その会社から購入した新たな船は加速性、機動性、火力が以前の船より優れており、不審船をつぎつぎと捕まえていった。
 いささか値段は張る。しかし切れない包丁を持っていてもなんの意味もない。海上警察は次期保安船をこの船に決めた。
――これでわが国の海の平和は守られたよ。ありがとう。
――いえいえ、こちらこそ受注していただきありがとうございます。……ただ、その船がいつまでも強い、というわけではありませんのであしからず。
――ははは。君に言われなくても分かっているさ。
 青年は笑顔で電話を切った。

――もしもし。
――お久しぶりです。
――ああ、あんたか。ちょうど新しいのを頼もうと思っていたところだ。最近やつらの船の性能が上がってね。よく捕まるんだよ。
――だから言ったでしょう。その船がいつまでも強い、と言うわけではないと。



【初夢】
 そのとある青年はすぐにそれが夢だとわかったが、すぐ覚醒はできなかった。

 青年の目のまえには、軍隊服すがたの男が立っていた。その目つきはするどい。両手で銃をかまえ、銃口を青年にむけていた。突然のピンチにつばを呑む青年だが、よく見ると男の顔にはおぼえがあった。大学時代によく連れ立ったあそび仲間だ。
「なんだ、おまえか。久しぶりだな」
 顔見知りとわかり緊張が解ける青年。気やすく男に近づいた。しかし男はいかついまま、
「なれなれしく近づくな。撃つぞ」
 と言い、すがめて青年に狙いをつける。その剣幕に、ふたたび青年はからだを堅くする。
「な、なんでこんなことを。とりあえず理由を話せよ」
「貴様は忘れたようだな、あのときの誓いを」
「誓い……?」
 男の、銃を構えていた両わきがひきしまる。とっさに、青年はふりむいて走りだした。後ろから「まて、裏切り者」という罵声と、けたたましい銃声が聞こえてくる。
 冗談じゃない。どうして俺がこんな目にあわないといけないんだ、とおもいながら、青年が銃弾の雨あられから必死に逃げ走っていると、足元から声がした。
「おや、あなたも急いでいるのですか」
 下を見ると、そこには正装したウサギが青年と併走していた。
「しかし、いささか急ぎすぎではないですか。もっとゆっくりしてもよかったのに」
「ゆっくりしていられるか。あいつに撃ち殺されてしまう」
「お望みとあらば、亀に変身させてあげましょうか?」
「だから、ゆっくりなど(ん、まてよ)おい、亀以外で俺を変身させられるか?」
「お望みとあらば」
「だったら、俺を鷹にしてくれ」
「これはまた、おめでたいですね」
「そうとも、めでたいんだ」
 ウサギが尻尾を振る。すると青年はまたたくまに、鷹へとすがたを変えた。
高らかに飛翔し、富士山を飛びこえ、茄子の牛の股をくぐって、縦横無尽に空を舞う。男の放つ銃声もまったく届かない場所まで飛んでいた。
 やつからも逃げ切ったし、さてどこに着地しよう、と青年が地上を見わたすと、人影をみつけた。近づくと、その人影は水平に腕を上げ、かつ厚皮の衣が装備されていた。それは鷹狩りのそれだ。
 あそこだ。青年はその腕の衣めがけて滑空する。そして着地。
これでもう安心だ、と安堵する青年は人影の――おのれの主の顔をみた。その顔は……

 そこで青年は目をさます。上体を起こすと、いま見ていた夢を思いだそうとする。が、思いだせない。いくら思いだそうとしても無理だった。ふと、となりをみた。
そこには、昨日から青年の嫁となった新妻が、すこやかな寝息をたてていた。



【レッドカラフルプリンセス】
 そのとある女性は笑顔で踊っている。楽しそうに足踏みし、軽やかにジャンプする。それを青年が、静かに見つめていた。
「あなたもどう?」
「いえ、お嬢さま。私目にはダンスの資質はありませんので」
「見ているよりも、踊ったほうが楽しいわよ」
「お嬢さまの踊りを見ているだけでも、十分楽しいですよ」
 女性はそれに気を良くしたのか、一層軽やかに、楽しげにその場で回りだした。
「こんな色とりどりのお花畑でおどれるなんて、夢みたいだわ」

 そのとある青年は上下左右をコンクリートの壁でつくられた、静かで冷たい部屋にいた。室内にはもうひとり、ねずみ色の服を着た女性が部屋のまんなかで――青年の目のまえで踊っていた。
 ――楽しそうに踊っている。クスリの効果はてきめんだな。
 女性に笑顔をつくりながらこころのなかでつぶやいた。
 そこは牢獄の隅にある処刑場。死刑囚に刑を執行するための部屋である。青年も詳しくは知らされていないが、女性はその刑の執行をスムーズにすすめるためにクスリを投与されているという。そのための、この奇行・妄言というわけらしい。
「ごめんね。私のわがままに付きあわせて。もうすぐ踊りも終わりだから」
 申し訳なさそうに女性が言った。青年は笑顔で答えた。
「構いませんよ。気が済むまで踊ってください、お嬢さま」
 本当に構わなかった。どうせ終わるまえに終わるのだから。
 青年は手を後ろにまわすと、隠し持っていた拳銃に手をかけ、女性に気づかれぬようゆっくりと引き抜いた。
 ――すまないな。これも刑務官としての仕事なんでね。
 すばやく突きだして、銃口の照準を女性に合わせた。

 そのとある刑務官はおおあくびをした。そして腕時計を見た。そろそろ交代時間である。
「そういえば今日は、死刑執行の日だったな――」
「開けて」
 扉のむこう側から声がした。休憩所から処刑場へとつづく扉である。刑務官が鍵を開けると、真っ赤な服を着て両手に拳銃を持った、無表情な女性が立っていた。
「終わったか」
「ええ。クスリの効果はてきめんだったわ」
 そう言って部屋へ入った。刑務官は交代準備を始める。
「自分が死刑執行人だと思いこむクスリか。あれができてから仕事がスムーズに進む」
 しかし女性は聞こえていないようだ。ロッカーから取りだした目薬をさしたのち、
「だってほら、見て――」
 と刑務官に呼びかけた。手を止めて女性を見ると、
「私まだまだ、おどり足りないもの……」
 と言って、お花畑のなかでふたたびステップを踏み始めた。



【真実メガネ】
 そのとある青年に連絡が入ったので、急いで博士の研究室へむかった。
「博士、出来ましたか!」
「ああ。ほれ、頼まれた『本音を聞くことのできる装置』だ」
「ありがとうございます! ……って、なんでメガネなんです?」
「見た目で判断するな。これを掛ければ他人の本音を聞くことができるようになるんだ」
「ふーんまあ、いいですけど」
 青年はメガネを掛け、近くの鏡でチェックした。なかなか似合っていた。
「これを掛けていれば、真実を聞くことができるんですね?」
「そんなわけあるか」
 おもわずメガネを外した。
「ん? どうかしたか?」
「いや、このメガネを掛けていれば、本音が聞けるんですよね?」
「ああ、もちろんだ。なんせ私が作ったものだからな」
 どうやら聞き間違いだったようだ。青年は安堵して、ふたたびメガネを掛ける。
「よし、これでカノジョの浮気を聞きだせば――」
「それでそんなことができるか」
 またもメガネを外すと、青年は訝しい顔つきで博士に詰め寄る。
「どうしたいったい?」
「あの、何度も訊いて申し訳ないんですが、このメガネを掛けていると、相手の本音が聞けるんですよね?」
「そういう風につくってくれと頼んだのはおまえだろう?」
「本当に?」
「おまえは、私の技術と知識を馬鹿にするのか」
 メガネを掛ける。
「本当に?」
「そんなオモチャみたいなので他人の本音が聞けるわけないだろう」
 メガネを外す。
「……演技じゃないですよね」
「なんのことだ?」
 メガネを付ける。
「演技じゃないですよね」
「ちがうに決まっているだろう」
 青年はしばらく固まった。メガネを掛けて尋ねたら違うというし、外して尋ねたらそうだというし。つまり、メガネが本物だったら相手は真実をいうはずで、そのしんじつがにせものだといっているということはつまり……
「とりあえず、ありがとうございます」
 考えるのが辛くなったため、青年は引き上げることにした。とりあえず使ってみればわかることだ。
「変な奴だなあ。ま、これでやっとひと仕事ついた。どれ、すこし横になるか」
 青年を見送った博士は、大きなあくびをしたのちメガネを外した。



【第三の眼】
 そのとある青年はむかしから内気だったわけではない。そこには決定的で衝撃的なできごとがあった。それは青年が学生だったころ、ある日突然おとずれた。
 朝、目が覚めると、左手に違和感があったのだ。なにか、重いというか、腫れぼったいというか、変な感じだった。青年が寝ぼけまなこで手のひらを見る。
 飛び上がって絶叫した。 
 一つ目玉が付いていた。それはオモチャを貼り付けたようなものではなく、しっかりと肉と青年の手のひらと同化していた。
 なんでこんなものが俺の手に。青年は混乱する。ゴルフボール大の大きな目玉。その大きな瞳がくりくりと動いていた。そしてときたま、青年と目をあわせる。
 青年は気持ち悪くなる。なんだ。狼狽する。なんでだ。涙目になり、目を背けた。思わず左手を握り締めるが、指先にあたる柔らかい異物感に、耐えきれず手のひらを開いてしまう。
 日が経っても、その目玉はなくなる気配はない。青年の精神は、日に日に衰えだす。
 もし誰かに見られでもしたらどうなるか。迫害は必須だ。もちろん相談できる相手もいない。病院に行ったらなにをされるか。さらに目玉を意識しながらの生活は、青年から片手の自由を奪った。顔も洗えない、ものも掴めない。手も握れない。
 ちくしょう。青年は目玉を憎んだ。いっそのこと潰してやろうか。青年は思いつめ、思い立った。目玉を刺してやる。水ぶくれを潰すのと一緒だ。右手できりぬきを握り締めて、左の手のひらを睨みつけた。手のひらの目玉が、ゆらゆら、ぎょろぎょろ、瞳孔を鋭敏に動かしている。震えているのだろうか。その動きが青年を苛立たせる。
 びたり、と瞳の動きが止まる。青年をじっ、と見つめた。ちから強いような、怯えているような眼をしていた。青年は振りかぶった右手をゆっくりとおろした。
 できない。できるはずがない。普通の人間の感覚なら目を潰すなんてできるはずがない。
 そのとき青年は悟る。
 普通だ。自分は普通なんだ。普通の人間なんだ。
 青年の心から憎しみが失せた。気持ち悪さも感じなくなった。目玉の存在を受け入れた。

 青年は年をとる。目玉のせいで生活手段は限られてしまったが、悔しくはなかった。望んだ就職先、望んだ人生を歩める人間などこの世にはいない。諦めのようにも聞こえるが、青年はもう、目玉を恨んではいない。むしろ目玉は、青年の夢へと変貌していた。
 どうして目玉は、おのれを選んだのだろう。
 それは以前までの否定ではなく、純粋な疑問だった。
 いや、待て。はたして、手のひらに目玉が現れたのは、世界で自分、ただひとりなのか。青年はそれを確かめたくなった。それが青年の夢になった。
 青年は世界中を旅し、おなじ境遇のものを探しまわった。しかし見つけることはできない。なぜなら青年とおなじ境遇なら、青年とおなじように世間に隠しつづけながら生活していることだろう。
 それでも青年はあきらめない。あきらめるなどとは、微塵も考えつかなかった。青年にとってそれこそが生きることなのだから。それにいくら辛くなろうとも、左の手のひらを見れば、おのずとやる気と笑顔が生まれてくる。かわいい瞳がくりくりと動いて、青年の夢を応援してくれるのだ。
 そしてついに、そのときはおとずれた。さらに年齢を重ねた青年は壮年となっていた。
 意外にも、その人物はおなじ国のひとで、女性だった。年齢も青年とおなじくらいだ。
 青年はその女性を一目見ただけですぐに、手のひらに目玉があることに気づいた。なぜなら女性の動き、みぶり、そぶり、クセなどが、青年とほとんどおなじだったのだ。それはつまり、おなじ境遇であることを意味している。
 青年は女性に話しかけた。そして勇気を持って左手を見せつけた。女性は目をまるくして、その目玉と見つめ合った。が、その顔に嫌悪はなかった。
 彼女は右手の手袋を外すと、笑うように泣いた。そしてその場に崩れた。青年も泣いた。
 目玉も泣いていた。右、左両方の手のひらで。
 話を聞くと、女性の心境の移りかわりは、青年のそれとほとんどおなじだった。そんなふたりが付き合い始めたのは、いたって普通のことだった。いたって普通の恋人同士――ただ違うところは、ふたりにしか分からない経験、価値観、存在があること。
 ふたりだけの遊びも見つけた。青年の左手と、女性の右手で指切りをする。するとふたつの目玉が横にならび、顔のように見えるのだ。そのことを知ってか知らずか。指切りをしているあいだ、目玉たちは連動する。まるで本当の人間のよう。目の動きだけでとても豊かに表情をつくりだし、ふたりに笑いと楽しさと喜びを与えてくれるのだ。指切をした手のひらを、ふたりは我が子のようなまなざしで見つめていた。
 が、そのまなざしを、別にむけるときがやってきた。
 女性のおなかに子供ができた。
 その通知を聞いたとき、ふたりは苦そうに笑い、お互い見合った。
 不安だった。嬉しさよりもそちらが先に立った。
 もし、生まれてくる子にも目玉があったら……。それは今までの否定にもなるが、そんな理屈はどうでもよかった。生まれてくる我が子には、我々のような苦しみを受けてほしくない。ただそれだけだった。
 もしそうだった場合、病院には頼れない。ふたりだけで、自宅で出産することに決めた。青年はその筋の知識をふんだんに勉強した。
 やがて臨月。そして破水。青年は我が子を優しく掬いあげた。元気よく泣いているそのすがたを見て、青年は絶句した。
 我が子には目がなかった。両目がなかったのだ。鼻と耳と口。顔の穴はそれだけだった。なにかが足りない。なにかがない。青年のこころに懐かしい絶望感が去来する。
 母となった女性。疲労困憊のなかで我が子を抱きたがっている。産湯につけ終えた我が子を笑顔で女性に授けると、目を閉じてうつむいた。女性の反応を見たくなかった。
 元気な鳴き声が家のなかに響いていた。それ以外はなにも聞こえない。
 やがて青年はゆっくり目を開け、おそるおそる女性を見た。
 顔をくしゃくしゃにして泣いていた。我が子を抱きしめながら泣いていた。そして小さくつぶやいていた。
「ありがとう」
 なんどもなんども、我が子の耳元でつぶやいていた。
 つぎの年。我が子は順調に成長していた。すでに立つことはできたので、つぎはいよいよ言葉を喋るだろう。
 すやすやと寝息を立てる我が子と、一緒に川の字になる夫婦は、一番初めに喋る言葉はなんなのか、指切りをしながらいつまでも語らっていた。



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