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省略化 / 口づけ / 宝島 / 楽園での楽しみ / 夏休み
※本ページ用に改行等を改めてあります。
※本ページと冊子掲載作が異なる可能性もありえます。

【省略化】
そのとある国では、科学技術がおおいに発達していた。
そんな社会においてもっとも重要視されるのは、利便性のついきゅうである。
そのため、さまざま機器においてきゅうげきな省略化がすすんでいた。
自動車はエンジンキーをひねらなくとも発進し、ステアリングをにぎらなくとも、
アクセルをふまなくとも目的地に到着した。
もちろんブレーキをふまなくとも安全に停止する。
その結果、これら入力装置は誤作動をひきおこす危険な部品であるとされ、
すべての車から省かれた。
また携帯電話は、ボタンをプッシュせずとも受信送信をおこない、
声をださずとも脳波をよみとって、正確な逓信を可能にした。
加えて、マルチメディアプレーヤーや財布、身分証明書などの、すべてのモバイル機能がとりこまれた。
その結果、携帯電話からもまた、誤作動をひきおこす要素であるボタン類がすべて省かれた。
そんな、省略化がすすむ国でそだった子供たちが、大人になる。
省略化のなかで育った彼らには、複雑なもの、煩雑なもの、すべてが悪であった。
彼らは先の世代よりもさらに、つぎつぎと、さまざまなものを省略化させていった。

義務教育は、学習内容の省略化によって一〇歳までとした。
歴史や地理、国語などはデータベース化されているものを検索すればいいだけであるため、削除。
算数、数学、理科などは電算機を使いこなせればいいため、これも削除。
身分証明も省略化。国民背番号制にして、指紋などを専用の装置にかざすだけで
判別をおこなえるようになった。運転免許証や保険証、年金手帳などが消えた。
さらに食事も省略化された。ガス状の完全栄養剤が開発され、鼻から吸気するだけで満腹となった。
また、指定時刻になると自動噴射する装置もつくられた。
そうしてさまざまなものが、つぎつぎと省略化されていった。

そして数十年後……
「なあ……」
そのとある青年は、新生児室を見つめながら同僚に声をかけた。となりの同僚が顔をむける。
寝息をたてている赤ん坊を見ながら、青年はつづきを言う。
「ナニをしているんだろうな、ワタシたちは……」
「ナニって? ショウリャクカだろ?」
同僚は当然のごとくそう答えると、安楽死装置を起動させた。



【口づけ】
そのとある美青年が古ぼけた小屋にやってきた。端麗な容姿と西洋彫刻のような体躯。
そして物腰、たたずまい。絵に描いたような恰好良さだ。
そんな美青年がなぜ小屋にやってきたかというと、とあるうわさを聞きおよんだからだ。
――とある古ぼけた小屋に、いつまでも目をさまさない絶世の美女がいる。その美女は、いとしい男性の口づけによって目ざめるだろう。
そしてその、いとしい男性とはおのれのことだろう、と信じた美青年は、
その美女が眠る小屋にやってきたのだった。
小屋にはいると、腰がまがったひとりの老婆がでむかえてくれた。
「ようこそ来てくださいました」
「さっそくですが、眠れる美女は?」
こちらです、と老婆がしめす先には、ベッドの上に横たわる、わかい女性の姿があった。
美青年は近づき女性の寝顔をのぞくと、おもわずため息がもれた。まことに絶世の美女。
人形のような美女だった。
見とれる美青年に、老婆が声をかける。
「姫はもう、数十年と眠ったままで目をさまさないのです。唯一、目ざめさせる方法というのが――」
「いとしい男性の口づけ、ですね」
「そうです。もう何百人のわかくて美しい男性が、眠っている姫にくちびるを合わせましたが、
それでも目ざめることはありませんでした……」
悲しげにそう言う老婆だったが、美青年はべつのことを考えていた。
(と、言うことは、この美女のくちびるには数々の男のくちびるが重なっているのか……)
美青年はささいな嫌悪を抱いた。が、それを老婆にさとられぬように平静を装い、顔を美女の顔に近づけた。
白い肌。長いまつげ。赤いくちびる。まさに絶世の美女。
美青年はくちびるを美女のくちびるに近づけて、重ねる――前に、
老婆に見えない位置ですばやく美女のくちびるをぬぐった。そしてくちびるを重ねる。
だが美女の目はさめなかった。
「わたしは、いとしい男性ではなかったか……」
打ちひしがれながら、美青年は小屋を去り、それを老婆が見送った。

ひとりとなった老婆が、横たわる人形からくちびるのパーツを取りはずすと、
かくし部屋になっている小屋の地下へと向かった。
かくし部屋の壁一面には、なん百ものくちびるのパーツが、掛け並べてあった。
そこに老婆は、たったいま出来上がったコレクションを加えると、壁を見渡す。
「わかくて美しいおとこのくちづけ……」
老婆の顔がいやしくゆがむ。
「今日は誰のを、味わおうかねぇ……」



【宝島】※2枚作
そのとある青年が助手として、船長といっしょに宝島をめざして船出して、数ヶ月たった。
わずか二人の乗組員は、嵐や大波や突風にたえながら、なんとか航海をつづけている。
「船長、いつになったら宝島につくんですか?」
おだやかな大海原をただよう船上で、青年が船長にたずねた。
うすよごれた顔からは、疲れきった様子がみてとれる。
「すまないが、まだずいぶん先なんだ」
船長は一枚の紙をひろげて、目を通しながらそういった。その紙は、宝島の位置がえがかれた
地図であった。船長はこの地図をたよりに、船の進路を決めていた。
青年も船出するまえまでは希望にみちていた。宝島をみつけて、金銀財宝のつかい道なども
楽しく想像していた。だが長旅の疲れで、そんな希望はこすれ消えそうになっていた。
「その地図は、本当に宝島がえがかれた地図なんですかね?」
「この地図に載っている宝島の位置につけばわかるさ」
青年とは正反対の、希望に満ちたまなざしで地図をみる船長。その様子をみて、青年はため息をついた。
とにかく地図に載っている宝島の位置へむかうしかない。
そうしてさらに数ヶ月が過ぎる。青年はいよいよ限界だった。
「船長! 宝島はまだですか!」
「まだだ。まだもう少しかかる」
青年はきょくどの疲労とストレスで、心がまいる一歩手前だった。水平線しかみえない海にむかって、
言葉にならない叫び声をあげた。それを船長はだまってみていた。
「もういやだ! 帰りたい!」
青年はそうわめくと、しだいに涙声になり、しまいにわんわんと泣き出した。
それを船長はだまって聴いていた。
やがて青年は泣き疲れ、もう数ヶ月と見みつづけた海上に、うつろな目をむける。
よせてはかえす大波小波。あおい海原には、それ以外の変哲はなにもない……ようにみえたが――
「! ……船長! 島です! 島があります!」
こうふんした青年がゆびさす方に、船長も顔をむける。水平線からひょっこりと緑色のでっぱりが見えた。
「あれが宝島ですね!」
いっきに元気を取りもどした青年とは反対に、船長はきびしい顔つきをくずさない。
「ちがう。この地図によると、あの島は宝島ではない」
「いいですよ、宝島じゃなくても! とにかくあの島で休みましょうよ!」
船長としてはいっこくも早く地図がしめす宝島のポイントへ向かい、宝島を発見したかったが、
さっきまでこんぱいしていた青年のことも考えて、二つ返事で承諾した。
二人が島に上陸すると、きらびやかな装飾にいろどられた美女たちが出迎えてくれた。
どうやら近づいてくる船を、彼女らも認めていたようだ。
島の長らしき気品ある女性が二人のまえにでてきた。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞゆっくりしていってください」
こうふんする青年とは反対に、いっこくも早く宝島をみつけたい船長。
あせりからか、つい顔がこわばっていた。
美女たちにうながされて島の集落にむかうと、そこにはまばゆい貴金属と、おいしそうな食事が並んでいた。
「まずはお食事をどうぞ。それとこの宝石はお近づきのしるしです。ぜひ受けとってください」
あたたかい食事と、かこむように座っている女性たちのいいにおいに、青年の表情がゆるむ。
「船長、やっぱりここが宝島なんじゃないんですか」
浮かれ気味の青年が冗談っぽくそういうと、かたい表情のままの船長はまじめに返す。
「そんなわけがあるか。地図がしめす位置とまったくちがう」
「でもこんなに宝石があって、こんなに美女がいて、こんなにおいしい料理があるんですよ。
 もうここは宝島じゃなくても、それ以上の……楽園ですよ」
「そうだ。ここは宝島ではない。疲れをとったら、すぐに宝島へ出発しよう」
宝島への情熱から焦燥感におそわれている船長。それをよそに青年は、ぜっぴんの料理に
したつづみを打ち、美女たちをたわむれ、至福のときをすごした。
そんな生活が数日つづいた。

「よし、そろそろ行くぞ」
「え? どこにです?」
船長の声に、青年がゆるんだ顔と声で応じる。
「宝島に決まっているだろう」
「? なにを言っているんです? 宝島はここですよ?」
きょとんとした表情で青年は、船長を見つめる。そこにふざけている様子はない。
船長はすこし困惑しながら、宝島をしめした地図をひろげる。
「君こそなにを言っている。ここは宝島ではない。地図を見ろ」
「その地図はまちがっています。ここが宝島です」
地図にはいっさい目を向けず、間髪いれずに青年は応答した。その態度に船長は勘づく。
「……さては君、宝島をさがすのをあきらめたな」
「だから、宝島はここですって」
青年は苦笑する。さも、船長がおかしなこと言っているかのようだ。それがしゃくに障った。
「このおくびょうもの!」
「なんですか、いきなり」
船長のどなり声に青年も語気がつよまる。しかし船長は、それよりもさらに声をあらげた。
「宝島をみつけて、しあわせになるのが私たちの夢だろう!」
「私たち? 僕はここのくらしで十分しあわせですよっ」
「夢を追わずになにがしあわせだ!」
「だったらあんたひとりで夢を追いつづければいいじゃないか!」
「そうさせてもらおう!」
船長はそう怒鳴りあげると、ひとりで船にのりこんで島を出発した。島に残った青年は見送ることもせず、
美味い料理を食べながら、宝石でいろどられた女性たちと戯れていた。船が水平線に消えかかるとき、
青年はそのすがたを一瞥し、ぼそりとつぶやいた。
「ここを宝島にしておけばいいのに……」
その後、船長は宝島を見つけたのか。青年は宝島に住みつづけたのか。知るものはいない。



【楽園での楽しみ】
そのとある青年が船から外をながめていると、となりに座る老いた男が話しかけてきた。
「もしやあなたも、あの島へむかうのですか」
「はい、そうです。お金があり余って、使いみちに困っていたのですよ」
青年の返答に、老いた男は怪訝そうな表情をみせたため、青年はつい、
「心配しないでください、買いにきたわけではありません。いい児がいたらお先にどうぞ」
と、皮肉めいたことを口走ってしまった。もちろん老いた男は怒りだす。
「なっ、なんと失礼な! 買う、などという言い方は止めなさい!」
不機嫌になって、青年から離れていった。しかし青年は、悪いとは思っていない。
若い男がどうしてあの島にむかうのだろう、もしかしたらやましいことでもするのではないか、
と言わんばかりの老いた男のまなざしが、青年のしゃくに障ったのだ。
やましいことを企てる人間はこの船には乗れない。大金と清潔な心のもち主だけが、
島への上陸をゆるされる、と審査の際に聞かされていたが、はたして。青年は首をひねった。

青年がその島へ上陸してから数日たった。ほかの乗客たちは、気に召した児の気を引くのに
一生懸命だったが、青年はそんなことはせずに、海岸を遠めからながめていた。
つよい光。あおい乱反射。しらなみが押寄せる砂浜には、薄着の児たちが戯れている。
足先で砂に文字を書くおんなのこ。水しぶきでじゃれあうおとこのこ。遠巻きに聞こえてくる児らの
はしゃぎ声が、風とともに青年に届く。これくらいがちょうどいい。
近すぎたらやかましいが、遠すぎたら寂しい。
心おだやかにして海岸をながめるところに、小柄な老婆が声をかけてきた。
「どの児がお好みですかな」
「とくに、これといって。みなおなじように美しいです」
老婆はおおきく何回もうんうんとうなずく。青年の意見に心から賛同しているようだ。
「あれだけの大金を積んだのです。とびっきりの児を連れて帰りたいですからな」
どうしてこんな俗物が、この島にいるんだ。どれだけこしても濁りはとれない、ということなのか。
青年はなにも言わずに、ひどく軽蔑したまなざしを老婆に向けた。それはにらみにも似ていた。
忖度したのか、老婆はそそくさと離れていった。
気分を害した青年。その日はもう、風景と一体化することはできなかった。

帰りの船のなかで、青年は若い女性に話しかけられた。あの島からつれてきたおとこのこと手をつないでいた。
「あら、あなたは誰も連れてこなかったの。せっかく大枚をはたいたのに」
「僕、こどもが好きじゃないんで」
「はあ? ならどうしてこの船に乗っているのよ?」
「半端に金を持っているからかな? 熱帯魚じゃ物足りないんですよ」
若い女性はいぶかしそうに青年を見つめると、首をかしげながら離れていった。
窓のそとでは波が寄せては返している。ときおりとびうおが跳ねるみなもをながめながら、青年は、
もしかしたら、自分がいちばんひどい考え方をしているのかもしれない、と、ふと考えるのだった。



【夏休み】
そのとある少年が夏休みにはいると同時に、ひとまわり年上の従姉が少年の家にやってきた。
少年の家は、のどかな山あいの田舎町にあり、盆にはしんせきが集まる。女子高生の従姉も、
まいとし盆になると少年の家にやってくるひとりであった。
しかしその年、従姉は夏休みが始まったらすぐにやってきた。それもひとりで。理由は少年には分からない。
従姉は、少年の家にお世話になる代わりに、少年の家庭教師を買ってでた。それも勝手に。
従姉はむかしから、いささか押しがつよかった。
しかし従姉が少年に勉強を教えることはなかった。それどころか、ラジオ体操を終えた少年が、
朝のうちに宿題を終わらせようと計算ドリルをひらいた矢先、引っぱって外へと連れ出した。
山に、神社に、公園に。少年をやたらめったらに連れまわした。従姉は終始、
元気いっぱいにはじけていた。まるで花火のように。
「あそんだ、あそんだ」
空がゆうやけに染まるころ、疲れ果てた少年の手をひきながら、帰路の途中で従姉がそう言う。
疲れがちっとも顕れていない、まぶしい笑顔をたたえていた。その日は夕食のあと、すぐに寝てしまった。
宿題のことはきれいさっぱり忘れていた。
蚊帳越しに聞こえる虫のなきごえが心地よかった。
つぎの日も、またつぎの日も。そしてまたまたつぎの日も。少年と従姉は川に、海に、花火大会に
おお忙しだった。あるときはカブトムシを捕まえるために、二人で夜明けまえの山林に入っていった。
草の露が足首にからまって冷たかった。あるときは学級花壇の水まき当番で、二人で誰もいない小学校へ
向かった。ふざけてびしょびしょになった。そのまま服のまま、誰もいないプールで泳いだ。
日に日に焼けていく従姉のすがたに、少年のあわい想いも日に日に熟していった。
そんな生活が八月下旬までつづいた。真っ黒になった少年の宿題は、真っ白だった。
「やり残したことはない?」
従姉の問いかけに少年は、反射的に「宿題」と応えた。従姉は苦笑いを浮かべると、
少年の宿題を手伝った。初めて家庭教師らしいことをした。
なんとか宿題は終わり、夏休みも終わり、従姉は少年の家を去った。少年は泣きたかったが泣かない。
来年になったらまた会えるから。
つぎの年、ひとつ歳の増えた少年に、ふたたび夏休みがやってきた。
今年はいつ従姉がやってきてもいいように、夏休みのあたまにはすでに全ての宿題を終わらせていた。
周辺の遊び場も、花火大会の穴場も下しらべを済ませていた。あとは従姉がやってくるだけである。
少年は両親に、従姉がいつごろやってくるかを尋ねた。
もうこないと言われた。苗字が変わったと聴かされた。
目のまえが真っ白になった。
――やり残したことはない?
あった。やり残したことはあった。あの一言を、伝えることをやり残していた。
しかし、その言葉を伝えたい相手はもう会えないのだった……



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