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 膝を交えて話し合えば解決に向かう問題も確かにある。だれもがそう思っていたが時機を見計らっていたような感がある。誰からとも無く機は熟したという空気が醸成され、ついに四者会談が実現する運びとなった。
 「これはこれは、バカですね。久しぶりです。」
 「私こそ。元気ですか。」
 喧嘩をしているわけではなく、「バカニュース」「私のニュース」なのでお互いをそう呼び合っていただけだった。彼らは仲が良く、時代の情勢にも関わらず独自の友情と信頼を築き上げてきた。ドアをハッキリとゆっくりと3回ノックする音が議場に響いた。
 「失礼するよ、私にバカだね。」
 「速さん、ご無沙汰しております!」
 ふたりが声を重ねた。ニュース速報はすっかり実権を失い、完全に過去の人物となっていた。しかしかつてのオーソリティとしてのカリスマやリーダーシップはさすがの一言で、新参者の厚い人望を集めるには充分すぎるほどだった。
 「そう緊張するな。今日は対等な立場でみんなと話がしたいだけなんだから。」
 「いえ、でも、私は・・・」
 私は肝心なときになると二の句を継げない悪い癖を持っていた。バカは肝心なときにいつもバカを言ってごまかすのだった。
 「藁!」
 「おいおい、いくらなんでもそれは古すぎるよ。俺だってそんな笑い方は忘れたw」
 「てへっw」
 どこにもなかった和やかな空間。つい昨日まで互いに会うことも難しかったことが嘘のようだった。だがもう一人の当事者がこの席にまだ就いていなかった。それからが重要なのだ。それぞれが心から寛ぎながらもどこか緊張していた。突然部屋のドアが開いた。
 「今北産業」
 「日本語でおk」
 ニュー即は脊髄で返答した。場が一気に凍りついた。こうなると私とバカはどうすることもできない。ただ目の前の災難が早く通り過ぎるのを祈るばかりだった。



 全ては自分から始まった。そのことに気負いがないでもないがそれぞれが独自の発展をしていけばいいとも思っている。
しかし自分の影響が衰え始めたころ、目の前にいる新しい2chの王者は独自のデファクト・スタンダードをいくつも生み出した。
そのうちのひとつを今日というこのタイミングで、初っ端からなぜ口に出すというのか。それも何とも思わずに。私もバカもそしてこの俺もそのようなことはしない。
ニュー速は、そこまで瞬時に憤ることのできる自分にハッと気が付き、だからこそなんとしても今回の会談で何がしかの成果をあげるべきだと決意を新たにした。
 「ていうのは、釣りですた」
 「クマー」
 いちいち癪に障る男だ。釣りだって言って打ち消してるのに煽り返すな。なぜお前はそうなんだ。沸々といくらでも浮かび出るフィクサーへのフラストレーションを振り払うかのように、表情一つ変えず次の言葉を選んだ。
 「今日集まったのはどういうスレがそれぞれどの板に立てられるべきかという件」
 「>>10」
 「ぷ!」
 ああそうか、安価で決めるってVIPは言いたいのかと理解したバカが噴き出した。私はその状況を判断するのにわずかの間を要したが、悟った後にも表情は強張ったままだった。
ニュー速がその全てを見通す目でバカに鋭い眼光をくれた。バカと私はすぐに双子の如くそっくりになった。
私は知っていた、このようなマイルールを平気で押し付け、それでいてニュース系住人たちの圧倒的な支持を得ていることこそがニュー速にとっての根源的な怒りの源だ。
周りが笑おうが怒ろうがこういう場では自分を見せるべきではない、ただやり過ごすのがもっとも賢い選択肢なのだと。
 「とりあえず、言い方はまあいろいろあると思うんですがVIPさんの負荷が高すぎるというか、それが現状ですよね。もっとお互いできることを協力してやっていきたいなと。いかがでしょうか」
 「同意」
 よし!私は心のなかでガッツポーズした。何事も無かったかのようなスムーズな議事進行だ。ニュー速が頭に血を昇らせているいま、これがベストな対応というものだ。バカも小さく頷いた。



「資料を用意してきますた。」
 バカが取り出したわら半紙には、いくつかのスレのURL、そしてそれらについての説明文が簡潔に記されていた。


 「ええ、VIPさんのところから適当に抽出したものなのですが、たとえばこれらのスレッド。前者についてはこちらで、後者は私さんが扱うような内容だと思うのですが。」
 「またえらい糞スレだな。」
 ニュー速が毒づく。彼が時代がかった雰囲気を身に纏う理由のひとつに、やたらと喧嘩を売るという気質があげられる。
VIPを始めとするその他ではそれほど四六時中煽りあいをしているわけではない。口は悪いがみんなで上手くやっている。
すっかり主流となったこの傾向は、かつてコワモテで鳴らしたニュー速にとって逆風以外の何者でもなかったのだ。
 「まあ、鯖強いから平気だお。」
 「そうだよな!運営と懇ろになってよろしくやってんだもんな!」
 現在のニュー速は気軽に糞スレをたてられる環境ではない。財閥解体や米国における反トラスト法に見られるように、強くなりすぎたものはより強いものに弱体化を迫られる。
それゆえの受難だと先代チャンピオンはかつて悠然と構えていた。
 ところがどうだろう。VIPに至っては事実上スレッドたて放題。連続投稿も15秒規制とニュー速に対するアドバンテージは実に45秒。勝負は目に見えている。
なるほど、運営側の実況や糞スレ乱立を防ぎたいというねらいは充分理解出来る。それならば、なぜそれならばVIPにも同じ規制が加えられないのか。こんなわかりやすい矛盾を放置しておく背後にあるものは何なのか・・・
 ニュー速はいつしか、自身のノブレス・オブリージュを重んじた生き方を後悔するようになった。だがこれは運営側と話をつけるべき問題。ここで話し合うトピックとしては馴染まないし、少しでも口に出せばこの場が混乱してしまうだけだと目に見えていた。
 ニュー速という財閥解体騒動に乗じてバカや私が誕生した、そして彼らは殊勝な一面を垣間見せる、かわいい後輩たちだ。結果オーライと思えなくも無い、ものは考えようだ。
 「うちでいいお。住人も喜んでるお。住人の意向が一番大事だお?」
 自分流を決して崩さないなかにも、デファクトスタンダードとしてのVIPの言動や態度には揺ぎ無い自信がみなぎっており、ルールをつくる側の立場というものを完全に自覚しているように見えた。
 一方、ニュー速を師と仰ぐバカの心中には、その敬愛する偉大な先輩に対する複雑なわだかまりが芽生えつつあった。



 ある糞スレがニュー速にたてられたとしよう。わが師匠はきまってぶっきらぼうにこう言い放つのだ。
 「VIPでやれ」
 バカもはじめのうちこそ笑って聞いていたのだが、何気なく何故自分がここにいるのかということを考えているうちに、ある暗い考えが頭をよぎった。
あらゆる種類のスレッドがひとつになっていたニュー速が分割された。本物のニュースはニュース速報プラスに、自分の話をする人の為には私のニュース、そして糞スレを担当するのはここにいる自分、バカニュースだ。
 「バカニュース」
 奇しくも去年のクリスマスイブのことだった。珍しく雪が舞っていたがもう色恋に現を抜かす歳でもない。
自分のやるべきこと、できることは何かということを考え抜き、明日のためにどう動くべきか、明確な指針を模索することにしか興味は無かった。
 バカである。ここまではっきりと刻印されている板は他にあまり見当たらない。自分が何をすべきなのかは自問自答を経るまでもなく最初から明らかだったのだ!
 また、ニュー速に糞スレがたった。隣の頑固者がいつもそうであるように繰り返した。
 「VIPでやれ」
 思い切って尋ねてみることにした。
 「あの、バカニュースでやれって言わないのは、なんか理由でもあるんですか?」
 「理由?見てのとおりこれは糞スレだ。糞スレはVIPでやれと言ってる。それだけだ。変なこと聞くなよw」
 違う、違うんだ。彼の目には糞スレは糞スレとしか映っていない。それこそがレゾンデートルであることへの深いため息。
こんなことは間違っても目を見開いて必死の形相で説き伏せるような話ではない。対象となっているのは糞スレなのだ。
ただ、察してほしい、一回でいいから自身の言葉として「バカニュースでやれ」と言ってほしい。その時はじめて、自分が認められたという強い実感を得ることができるであろうことをしっかりと確信していた。
バカと銘打つも糞スレを任せてもらえない。こんなのは客の付かない売春婦と同じだ。どんなに忌み嫌われるような役割であろうと、それが本分ならせめてそこで輝きたい。
こんなことならいっそ真面目に、スカした顔して生きてみたい。なにもバカを気に入ってバカやってるわけじゃない・・・
 ここまで考えてはっと我に還り弱音を振り切った。もうそんな世迷いごとを言ってられるほど若くない。
みんな多かれ少なかれ不満や矛盾を抱えて生きている。少し疲れてきたけどやっぱり頑張るしかないのだと。
 彼の性根としてバカというタイプではなかったのかもしれない。おそらくは社会という巨大な装置に適合していくうち、バカという型が彼に嵌められたというだけなのであろう。
 そこにいる全員に対し、落ち着き払った表情で静かに伝えた。
 「糞スレはウチで見ることもできますよ。住人に選んでもらうことになりますが、ここは住みやすいって意見もよく聞くようになりました。余裕がないでもない。」



 ニュー速はちらと見やり、発言内容とその凛とした表情に違和感を覚えた。なぜバカは甘んじて下働きを買って出るようなマネをするのだろうか。
政治的判断ゆえか?なるほど、VIPの傘下に入り、「バカVIP」とでも銘打つほうが需要が高まるかもしれない。
バカの俺に対する敬愛の情は本物だ。沢山の人間を見てきたのですぐに見分けがつく。その上で板を動かす者としての責任が彼を駆り立てるのだとしても、それには何ら不思議は無い。俺がコイツだとしても、同じことを言うのかもしれん・・・
 そう、決定的に頭が固かった。糞スレとバカニュースの位置付け、糞スレを扱う際の自身の眼差し、VIPとニュー速の確執、こういったものを客観視する術をニュー速は持っていなかったのだった。
VIPの糞スレをバカニュースが処理する。それは下働きであり、政治的判断である。政治と師弟の友情は別物であり、どちらも本物である。ニュー速にはそのようにしか物事をみることができないのだ。
 「それでは、VIPさんのほうで糞スレに適宜バカニュースへの誘導をかけていただく。ただし原則的には住人の判断に委ねるということでFA?」
 「把握した。」
 いまここに、会談の成果が生まれた。小さな事案であるが、ニュー速にとってはとてつもなく大きな意味を持つことのように思われた。こういう流れをもっとつくりだすべきだ。
 バカは満足げに少し微笑み、そしてさりげなく我が師の顔色を窺った。VIPに自分への誘導を頼んだ、そのことに反応するセンサーが働いているか否かを読み取るためだ。
ニュー速は、いつものように考え事をしているようで、何も気づいてはなかった。別に期待していたわけでもなく、またこういう人だからこそ今日まで上手くやってこれたのかと思う面もあった。
 同じようにとりあえず安堵の表情を浮かべる私が、絶妙の間をもって粛々と発言した。
 「次に、モナーの処遇の件」



 「モナー?ああ、ウチの看板キャラだ。何もここで話すことはないぞ。」
 ニュー速はやや憮然とした表情で早口に答えた。
 「ええ。VIPさんからの発議で・・・」
 クレームを受けた営業マンのように恐縮し、私は、なんとか自分の発言を無事に終わらせられるようにと祈った。
 「ほう。使用に規制をかけている訳でもなし、何が問題なんだ。」
 「・・・少し失礼するよ。構わないか?」
 「いいお」
 軽く目礼した後、手慣れた様子でショートホープを取り出す。オイルライターが軽快な音を響かせ、忽ちウルトラQのような紋様がフラクタルにたゆたう。
私は教えられるまでは気づかないほど薄い紫の粒子が等間隔に小さな穿孔を持つ白い天井に向かってけだるそうにそぞろ歩きをしているのをなんとなく見つめながら、一抹の安堵とともにこれまでの来し方を振り返っていた。
 女を忘れたわけではない。仕事が面白かった。負ければ悔しかったし、際限なき日常のなかで少しずつ自分が変わり、それを受けて周りからの扱われ方が変わっていくことに人生の意義とも呼べるほどの充実感を持っていた。
 容姿を誉められたことも一度や二度ではない。悪い気はしないがいつも隣に誰かを置いておくという生活が自分のものではなかった。
 ずっと一人だったが寂しく思ったことは一度も無い。その暇がなかったという表現も適切ではあるが、板のみんなのために自分のリソースを使い切るほうが楽しく、ごく自然に恋を忘れていたと纏めるほうがしっくりきた。
ただ何故か、タバコの煙に関心が向いたときは恋愛がどうのという思考が働くのであった。
その原因をじっくり探る人生もあるいはあるのかもしれない。しかしそれは他の誰かの生き方だという揺ぎ無い実感があった。
不思議な実感ではあるが、この役目を引き受けるには都合のいい実感。バカが同じ実感を有していることはひと目でわかった。それ以来、学生時代にもなかったほど気の置けない友情を育てている。
 幸せだ。仕事をしたい、少し静かになった議場に次のきっかけを投げた。
 「モナーは全板で共有されている人気者です。その認識は一致しています。VIPさんの問題意識は、あまりVIP内でモナーが使われていないってことなんです。」
 「ほう、モナーをよこせと?」
 バカは呆れたような、この人らしいなと思ったような微笑を浮かべ、私のほうに一瞥をくれた。
私は頷くかのように眼球を一瞬下に向け、ゆっくりと説得するような口調で続けた。
 「そういうことではなく、より人気を不動のものとするため、今一番影響力を持つVIP内での普及を図ったほうがいいという提言だと思うんですが。」
 「そうだお」
 「モナーはウチの看板だ!」
 ニュー速が議場のテーブルを迷い無く叩く。喧嘩慣れしているので知らずのうちに衝撃をもっとも効率よく伝えており、会場の隅に積んである椅子を刹那に共鳴させた。
バカと私の精神も、ほぼ同じタイミングで震えに見舞われた。
 妻はいつも静かに笑っていた。いつも幸せそうだった。わずか半年ではあったが俺の妻は唯一絶対な存在であった。
半年で別れたがゆえの感傷ではない。あの後何年何十年と共に過ごし、当たり前の日常となろうが飽きようが、あるいは俺がこの先浮気しようが、俺の妻はアイツでしかない。
 モナーは妻を思い出させた。確かに糞スレでは殴られて彼方へ飛んでいってしまう。それでも笑ったまま消えていく。あの時と同じだ。
だからこそ独り占めするようなことはなかった。俺を変えてくれたように、他の板でもその笑顔をわけてやって欲しい。
実際、ニュー速内に使用を限定させることもある時期容易いことだったけれども、アイツがどういう意見を言うか、他ならぬ自身に問いかけ、それに従った。
 譲れない。エネルギーを伝えきる拳はさらに力み衝撃の伝導率を下げたが、そもそも殴りあいをするためのものでもないので結果的にはどちらでも良かった。
 VIPの思惑は別のところにあった。



 そのイメージとはそぐわない感もあるが、VIPは今やサブカルチャーを中心とした一大コンテンツ生産地である。
絵画、音楽、フラッシュ、小説など、様々な作品が毎日のようにそこかしこから誕生している。この力をもってしてモナーを全面的にバックアップすれば、きっと面白いことになる。
 VIPにとっては、楽しければなんだって構わないのだった。糞スレをバカニュースに分けてやったのだって、板を横断した糞スレがどのように展開されるのか想像し、やもたてもたまらなくなって咄嗟に同意してみただけだった。
 モナーの知名度は圧倒的ではあるが、個性としては若干弱く、VIPではどちらかと言えばあえて使う必要も無いと判断されるポジションに置かれていた。
その独創性と企画力、板が持っている圧倒的な勢いをもってすれば、モナーをかつて以上の人気者に再び押し上げられるであろうことは自明と言えた。
 ニュー速が怒声と囁き声を混ぜたトーンで続ける。
 「お前んとこにはよ、あのホライズン某とかってのがいるだろうがよ。何が不服なんだよ?」
 バカがまた噴きだした。睨まれることなど承知していたものの、次には誰憚り無く潔く笑い出した。
なぜ内藤某ではなく難しいほうを覚えてるのか、しかも前後さかさまなのはなぜかという点が、彼の笑いの琴線をダイレクトに奏でてしまったのだった。
 テンションを下げたニュー速はフィルターと同じくらいの長さになったホープを揉み消すと、きまり悪そうにバカから視線を外した。モナーを亡き妻と重ねてみていることは、3人には全く預かり知らぬことであって、それがこの後説明されることもなさそうだった。
 「長引くな・・・」
 私は強い覚悟をもって今日の会談に挑んでいるとはいうものの、このような下らない話で足止めを食うとは思っていなかったので、いささかつまらない気分になった。



 四者の意識が拡散した。十数年前のこと、あらゆるスポーツがからっきし駄目だったニー速にも、半年に一度行われる大縄跳びではチームを牽引する機会が与えられた。そこで待つべきか入るべきかの判断を誤ったことは一度も無かったのだ。
 ニー速が動き出した。次の王者を見初め、自分にできることでもって夢を託そうと思い込んでVIPの公設第一秘書となった。初日から調整役としての過不足ない仕事をみせた。王者は全幅の信頼を寄せ、ものの数ヶ月で内輪では二人三脚と評されるほどの相乗効果を見せつけた。
 まるで空気のようなニー速の耳打ちをVIPが受ける。一瞬別のことを考えたか否か、政治的判断により参加者にその結論を委ねた。
 「シベリアと電話がつながってるお」
 「ああ?」
 人によっては泣き出してしまうのかもしれない。ニュー速だから、さらなる怒りの表情というかたちでその通知を受けただけなのだ。
シベリア・・・忘れもしない、できることなら木っ端微塵に忘れたい。運営による権力のいかずちを全身に浴びた頃、それは遠くに咲いた仇花だった。
 いわばニュー速凋落のマイルストーンとも呼べる存在である。それに向ける眼差しはバカや私に向けるそれとは明らかに異なる、日陰の存在としての、容赦なき自分自身に否応無く対峙させるスケープゴートである。
 「VIPに用事があるなら終わった後で勝手に話せばいいじゃねかよ。」
 「ちょっと待ってくれお。・・・おちけつ。」
 ニュー速とてプライベートな空間がこの場に侵食するわけなどないことは重々承知していた。ただ正気を保つのが難しくなっていただけである。



 私は憮然とした表情を隠し切れずにいた。強情な性格が嫌いなわけではない、寧ろ自分には合っているタイプなのかもしれない。しかし時折みせるこのオッサンの頑固さにそろそろ辟易しているのも確かであった。
 「電話会談に決まってるじゃないですか。何言ってるんですか。」
 「・・・ああ、わかったよ。繋げ。・・・私としては繋いでもらっても構いませんよ。」
 ニュー速が政治家の顔に戻った。他のメンバーにとってはこのような席で自分の本性をさらけ出すということはそもそもありえないことだったので、そのわずか数分間が妙に長いものに感じられた。ニュー速にアゲンストの風が吹いている。
 地方都市の映画館と同じくらいはゆうにある大きさのアクリル製スクリーンにシベリアの姿が映し出される。
800万画素相当の映像は不必要なまでに鮮明で、ひょっとすると直接会って話をするよりも多くの情報を伝えてしまうかもしれない。対面することが特別な意味を持たない一般企業の会議などでは、最早この方式によることが日常となっていた。
 「ニュー速さん。お会いできて嬉しいです。あの時以来ですね。」
 「ご無沙汰してます。別に今も会ってるってわけじゃないですけどね。」
 外見のさばさばした感じとはミスマッチなまでに、ニュー速が皮肉を言うさまには何一つ違和感がなかった。それ以上ないほどしっくり来ていた。
 シベリアの眉が数ミリほど動いた。
 「バカさん、はじめまして。シベリアです。」
 「本日はこうしてお話させていただくことができ、光栄です。」
 「先般、お送りした観光案内はご覧いただけましたか?」
 「もちろん拝見してますよ。ウチもあやかりたいものですな。本当に美しい。」
 シベリアの観光案内は丁寧によく纏められた文章と精密なAAで構成されており、ひととおり芸術の心得があるバカの精神世界をすっかり魅了していた。しかしそれは政治とは全く別次元で処理される領域。シベリアは、弱かった。
 「私さん。シベリアです、はじめまして。」
 「お噂はかねがね。お目にかかれて光栄です。」
 私がわずかに鼻を鳴らした。周りはどこも苦境でしかなく、苦渋に満ちた生涯を過ごしてきたシベリアにとって、初対面の私が見せるともなく見せたちょっとしたリアクションでもってその人間性を判断することは造作もないことだった。
事実、常にトップスピードで走りつづけてきた私が弱者に向ける眼差しは、本人が意識する間もなく無駄なやり取りを省略したいという焦りと苛立ちに満ちていた。
 私、バカそしてニュー速。この3人は自分自身の嫌な部分から徹底的なまでに目を逸らすという奇妙な共通点があった。このあたりに関してはお互い誰も気づけないので、今日までずっと変わることなく生きてきたのである。
 「VIPさん!こないだはどうもwりんご届きました。」
 「感想wktk」
 「こんなに美味しいものが余り売れてないなんて不思議ですよね。また送ってくださいね。」
 「ちょwwwまwwwwwww」
 シベリアとVIPは見るからに打ち解けていた。地理的に近いことがきっかけではあるが、なにより相手のキャラクターが双方にとって邪魔にならないものだということが大きく作用しているようであった。
 政治的文脈においても今という機会を逃せばさらに拗れるばかりである。シベリアの言う事はいつももっともで、理知的で、冷静で、思いやりに満ちており、そしてその生真面目さゆえに全く空気が読めていなかった。ありていに言えばそれゆえにいじめにあっているような感さえあった。
 VIPを通してモナーをニュース系結束のシンボルと位置付けたいとの構想を表舞台に引っ張り出したのだ。ここまでは上手くいった。これからのやりとりで全てが決まる。
 「もともとはみんなひとつだったんです。互いに何が引っ掛かってるのかということが分析できればそもそも争う必要がない。」
 ニュー速が二本目に手を伸ばした。



「ご高説賜りまして、納得至極ですがそのようなことをおっしゃるために今日ここにおいでになったんですか?」
 私が何かを読み上げるような口調で早口に告げだ。他のメンバーは訝っている、シベリアに対してである。
 「少し話が飛躍してしまいました。単刀直入に申し上げますと、ついてはモナーを友好のシンボルに、という提言なのですが・・・」
 モナーはニュートラルな存在である。圧倒的な知名度があり、そして最近少し飽きられつつある。ニュース系の各板を結ぶ象徴としてはパンダ並に適役であるようにシベリアは考えていた。
VIPに普及させることでコンテンツ作成の仕事が自分のところにも必ず回ってくる。その時はこの高度な技術力でもって全板にアピールするチャンスとなり、人口不足を解消させるためのブレークスルーとして威力を発揮するであろうとシベリアは読んでいた。
 どこまでも運の悪い人間である。もっとも話をスムーズに通すべき相手であるニュー速に、モナーに対する個人的な思い入れがあるなんて。
それさえなければ、非の打ちどころがない完全な「計画経済」だった。
 「みんなで遊ぶお。楽しいお。」
 「ちっ!」
 ニュー速は聞こえるように舌打ちした。嫌過ぎる、群集でやってきて、日本語になっていないわけのわからない記号ばかりで、しかもみんながみんな一糸乱れず同じことを言い出す・・・
モナーの人気を上昇させる手段としては確かに有効だ、頭で考えればわかる。だがそれにはあのような奇怪な連中が持つ異様な文化の洗礼が欠かせない。
 「いやだ。」
 思わず声に出して呟いてしまう。完全に無意識だった。
 「い、いやだからっていささか唐突ではないでしょうか。すでに完成したキャラクターをデフォルメして失敗してしまうというパターンも枚挙に暇が無い。」
 「あらいぐま・・・ですか・・・」
 とっさに言い訳した割には上手く誤魔化せたものだとニュー速は自画自賛した。シベリアがそれを受けてわけのわからないことを言い出したが、とりあえずは何でもよかった。
 理由はよくわからないけれどもニュー速が強い難色を示している。5年も前にやめた煙草なのに隣でプカプカやられると未だにうらやましい。バカが少しフォローを入れた。
 「なにもプラス系と一緒にやろうってわけでもない。」
 議場が、どっと沸いた。



 それもそのはず、ニュース速報+をはじめとするプラス系の板とこれら無印のニュース系の板はずいぶん前から苛烈な交戦状態となっている。
事実上運営サイドが経営しているプラス系は、スレッドの種類や内容が管理・統制されているので無印ニュースとは違ったかたちで独自の発展を遂げていた。
 何の後ろ盾も持たない板の代表たちが今日この場に集まっている。うまくやっていければ利害の対立があまり生じないという関係であり、それにもかかわらず火種がくすぶっていて、それを何とかしなければならないというのがシベリアを含めた共通の思いであった。
 もっともVIPだけはニュー速の指摘どおり運営と友好的な関係を築いており、その成果としての目覚しい急成長ぶりは、他の板が疑心暗鬼にかられるのも無理からぬ構図を描いていた。
 形式だけの同盟から内容のあるそれへとの脱却をはかること、それこそが会談に設定されたゴールである。基本的な合意がなされれば、あとは実務者レベルでの協議によって環境を整備していくほうが現実的である。
 それにはまだまだ数多くのハードルを乗り越えなければならない。儀礼的なものでしかない友好のシンボルについての議論でこれだけ紛糾するということは、以降の話し合いが全くできる状況でないということを意味していた。
 シベリアには自信があった。滅んで当然と表現しても何ら誇張はないほどの劣悪な環境に置かれたにも関わらず、少しずつ人の住める街をつくってきた。少し問題が大きなものだというだけで、今回くらいの難局は当然のように乗り越えられる。
 でもシベリアは相手にされていなかった。シベリアは、弱かった。



 午前中から閉め切っていてるので部屋の中は白く霞んでいる。家具調のクーラーは容赦なく全力で稼動し続け、窓の外に高く聳えさりげなく光る入道雲はマッターホルンすら彷彿させ、あたりは変な清清しさに満ちていた。
テレビでは丸坊主にした同い年のお兄さんたちが本気を出している。なんでも決勝らしい。必死になるのも無理はないなと思いつつ少しだけ羨ましい自分をさっさと認め、その上でこのけだるい空間も今しか得られないないものだとわかっていたので、才能どころか努力さえ必要としない日常を静かにエンジョイしていた。
 「タバコくれや。」
 「なんやねん、自分で買えって。」
 「今度返すわ。切らしてん。」
 「ほら。ライター持ってる。」
 「あるよ、マイ・ライター。何これ、キャメルやん。ラキストやめたん?」
 「こっちのほうがうまい。」
 「ぎーちゃんは飽きっぽいな。タバコころころ変える奴はすぐ浮気するんやって。」
 「そうそう一度釣った魚にってやかましいわ。ここはどこのキャバクラやねん。」
 「・・・」
 「話変わるけどな、そっくんって新聞読んでん?」
 「ああ、小論文もあるしな、大体読んでんで。」
 「自分も進学するもんな。」
 「まあ面白いもんやないけどな。」
 「それでな、新聞に市民団体とかすぐ出てくるやん。」
 「ああ、市民団体な。なんや知らんけどよう出てきてんな。」
 「現実、身近にいてる?」
 「うーん、オレはおらん。お前知ってん?」
 「オレも知り合いにはおらんわ。ていうかあんなんどこにも見たことないわ。」
 「新聞の中だけやんなあ、原則的に。」
 「ほんまやなあ、新聞に出てきたらなんか急に自然に見える。あんなん隣の奴がやってたら嫌過ぎるけどな。」
 「マスコミあたりやったらありえるな。」
 「ちょ、キショイ名前出すなや。まあアイツやったらメチャ自然やけどな。」
 「・・・」
 「なんか違和感あるねん、新聞って。」
 「何で?」
 「市民団体もそうやけど、同じことばっかり書いてるやん。」
 「まあなあ、でもそんなもんちゃうん。」
 「オレもこないだまでそう思っててん。でもある日閃いたのさ。」
 「なんで東京弁やねん。」
 「それはつっこむな。新聞やのに変な情報ばっかり流してて、そういうもんやって思わす陰謀なんちゃうかと。」
 「ありえへん。」
 「じゃあ何でしょうもない事件でも報道されまくったり、結構大惨事やのにどこにも出て来やんかったりするねんな。」
 「アウトローが事故ったときのこと言うてん?」
 「あいつ死んだときもそうやん。載っててもおかしないやん。」
 「内臓マジで出てたって言うしな。」
 「こんなん小論文に書いたら絶対減点なんやろな。」
 「採点者をちょっとワクワクさせるだけで結局減点ってパターンやな。」
 「・・・」
 「ほんでな、思ってん。これはニュースちゃうんちゃうんって。」
 「ちゃうちゃうちゃうん?」
 「ちゃうって。それでやな。例えば電車のなかで乗り合わせた全員がニュースを持ち寄ったらどうなるかって考えたわけよ。」
 「斬新やな。」
 「そやろ。それでそっちの方が普通にニュースやん。ちゃうか?」
 「それはちゃわんな。」
 「なんかそういう仕組みが出来るような予感がする。」
 「言われてみたら結構ありうるな。」
 「まあ誰がつくんねんそんなもんって話になってくんねんけどな。」
 「それも結構言えてるな。」
 「で、そのニュースをオカズにみんなで・・・」
 「議論しまくるんやな!」
 「かたっ、自分変なとこカタいもんな。まあオレはみんなで本音トークって言いたかってんけどな。」
 「いやあ、そこは議論やろう。」
 「それもそやけどな、本音トークやったら動物殺す奴とかなんかありえへんこと言い出すかも知らんやん。それが目的なわけよ。」
 「たしかに、議論とか言うたらそういう人間は出てこやんわな。」
 「おもろいと思うわ。そんなんあったらこいつら並に熱くなれるやろな。」
 「5対ゼロか。決勝やのによわっ!本気でやってんのになんでこんなに差つくんやろな。たぶんダイヤモンドには魔物が棲んでるんやろな。」



 意気投合しながらもとことん噛み合わないという印象が強かった。旧い友、ニュース議論はあまり成績が良くないのに政治、経済、国際情勢など硬い話が好きで、オールラウンドなニュー速ともしばしば盛り上がっていた。
 もっとも、アプローチが異なっていただけで志を同じくしていたことは間違いない。社会と報道のあり方、ありふれた暮らしをする人たちのありふれた意見が反映されず、「何か」の都合でもって好き勝手な言説が不自然に大きくクローズアップされることからくる閉塞感に心の底から嫌気がさしていて、今すぐにでもその状況を変えたいと思っていた。
 偏りのない意見などない。ただ理屈抜きに多くの声が集まる場がどこかにあるべきだ。かたや一応参加するからには真面目に語るべきだと信じ、かたやとにかくそれすら必要なくただ思ったことを言っていけばいいという認識の違いからくる齟齬だったのであろう。
 その持ち前の性格でしっかり勉強して地元では名の知れた中堅私大に進んだものと、ツボを押さえ目を見張る集中力でもってものの3ヶ月ほどの対策で全国区の私大に進学したものとの決定的な違いというわけでもないだろうが、なんとなく疎遠になってしまって今に至っている。
街中でばたっと出会えば楽しく語り合えるのだろうが、わざわざそうしたいというほどではない、そんな関係。
 なぜ昔のことを思い出しているのか、VIPだ。ニュー速は自問自答している。報道とその受け手とのあり方を俺は確かに一変させた。自分だけで時代が動くものではないとわかってはいても、自分が時代を動かしたのは間違いないという実感があった。
 今ここに、かつての俺と同じ立場のガキがいる。挑戦者としての王者、そう見えるほどニュー速の内面的な自信は揺ぎ無いものではあった。
 日本語の崩壊。それは俺がかつて企て、成功させた「本物の声」を集めるという文脈ではない。もはや言葉ですらない記号と、みんなが同じように振舞うことで蠢く巨大なモンスターである。
 VIPは新しい。しかしその様態は決して新しいものではなく、むしろ伝統的であるとすらいえる。この国には本当に苦しくなると団結して攻撃的になるというよりも、ええじゃないか騒動のようなナンセンスに走るという奇妙な文化があるからだ。
 議題がモナーでなければもっとあっさりと首を縦に振っていたかもしれない。少し考える時間があったせいで、なぜ自分にはVIPがここまで疎ましく見えるのかということに対する洞察を得てしまった。
 モナーの処遇についてどう返事するかで、今後のVIPとの付き合い方が変わる。


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