ストイコビッチ名言集

「テレビでセリエAの試合をやっていても私はチャンネルを変えて大宮と新潟の試合を見る。守備的な試合はつまらない」



「私の中には常に攻撃の血が流れ続けてており、攻撃こそがわたしの哲学だ」

08年第4節大宮戦を終えて2-1でリードしてる後半30分 守備的MFの吉村に変えてFW杉本を投入したことを聞かれたときのコメント。

「ピクシーがやると言った絶対やる。」

07年11月仮契約のため来日した会見での発言。

「名古屋と僕は固い絆で結ばれている。クラブだけでなく、街、人びと、習慣、食べ物、すべてを愛している。」
「選手に要求するのは、ハードワークではない。スーパーハードワーク。やるからには限界にチャレンジする。」
「僕は、生粋の負けず嫌いなファイターだ。どんなに苦しくたって、最後の最後まですべての力を出し尽くし、
成功を収めてきた。勝者のメンタリティと燃えたぎる闘志を選手に伝えていくのも義務だと思っている。」
「ベンゲルは名古屋の黄金時代を築き、私に輝きを与えてくれた。今度は私がそれを行う番だ。」
「成功には、平凡なものと天地を揺るがすような偉大なものの2種類がある。私は前者では、全然満足できない。」
「神が地上に降り立ち、すべてがドラマティックに変わる。全幅の信頼を寄せてください。」
「期待は大きければ大きいほど、良い方向に進むパワーになる。」

ドラガン・ストイコビッチ語録 その1

監督就任前のセルビアでのインタビューにて
「名古屋と僕は固い絆で結ばれている。クラブだけでなく、街、人びと、習慣、食べ物、すべてを愛している。」
「選手に要求するのは、ハードワークではない。スーパーハードワーク。やるからには限界にチャレンジする。」
「僕は、生粋の負けず嫌いなファイターだ。どんなに苦しくたって、最後の最後まですべての力を出し尽くし、
成功を収めてきた。勝者のメンタリティと燃えたぎる闘志を選手に伝えていくのも義務だと思っている。」
「ベンゲルは名古屋の黄金時代を築き、私に輝きを与えてくれた。今度は私がそれを行う番だ。」
「成功には、平凡なものと天地を揺るがすような偉大なものの2種類がある。私は前者では、全然満足できない。」
「神が地上に降り立ち、すべてがドラマティックに変わる。全幅の信頼を寄せてください。」
「期待は大きければ大きいほど、良い方向に進むパワーになる。」

来日時
「家に帰ってくるという感覚。わたしの仕事は勝つということであり、そのために来た。」

監督就任会見にて
「私は常にネバーギブアップ、諦めないという信念を持ってきた。そしてこの信念を選手達にも根付かせたい。」
「攻撃的なサッカーがしたい。魅力があり戦えるチームにしたい。守備的なサッカーはしたくない。」
「常に攻め続けるサッカーが私の目標であり、選手にもこれを要求したい。」
「私が考える攻撃的なサッカーとは、チームとしてまとまりがあり、組織力の高いサッカー。
それを実践するためにはハードワーク、ハードトレーニングを行わなくてはなりません。それは我々の義務です。」
「試合を見に来たサポーターが、満足してスタジアムから帰ることができるチームにしたい。」
「良い結果を残すために来た。選手には、どの試合でも100パーセントの力を出してほしい。」
「ピクシーがやると言ったらやる。皆さん期待してください。」

ドラガン・ストイコビッチ語録 その2

1月下旬に始まった鹿児島指宿キャンプにて
「積極的なミスは許されるが、戦術的なミスは許さない。」
玉田に対して
「君は、Jリーグナンバーワンの選手だと思っている。去年ほとんど試合に出ていないのが信じられない。
今年はJリーグのMVPを取るつもりでプレーしてくれ」
ヨンセンに対して
「君を必要としている。攻撃の柱になってほしい」

試合前
「ゲームを楽しんでこい」

開幕戦後の玉田とのマンツーマンミーティングにて
「お前は代表を目指せ、目指すべきだ、入らなきゃだめだ。」

開幕2戦目アウェイ浦和戦を前に
「浦和は強い。リスペクトしている。今季加入した高原もいい選手だ。
それでも、我々のスタイルは変えない。守備をするために浦和に行くわけじゃない。」

TVインタビューにて
「相手は見ていない。自分達のことだけを見ている。自分達のサッカーをするだけだ。」

6戦目アウェイ清水戦を終えて
「組織化されたモダンで攻撃的なサッカーを見せることが最優先」
「テレビでセリエAの試合をやっていても、私はチャンネルを変えて、大宮と新潟の試合を見る。
守備的な試合はつまらない」
「モダンなフットボールをするためには、サイドを支配することと組織的な守備が必要だ」

ドラガン・ストイコビッチ語録 その3

第7節 千葉戦のハーフタイムで選手に激
「前半のことは忘れろ。後半新しいゲームが始まる。」

第7節 千葉戦後のインタビューにて
「これはハードワーク、一生懸命やってきたことの結果だ」
「グループで戦うことが重要」
「誰がプレーするかは重要ではなく、いかにプレーするかが重要だ。」

4月22日(リーグ戦6勝1分)のインタビューにて
「悪いオリジナルの方が良いコピーより良いと思っているので、私のオリジナルでやって行きたいと思っています。」
「“誰が”ではなく“いかに”プレーするかが大切だと思っています。」
「まとまってやること。これがある意味、キープレーヤーです。“オール・フォア・ワン、ワン・フォア・オール”
皆が1人のために、1人が皆のために戦っているということ。 キープレーヤーが誰と言うよりは、皆がキープレーヤーということです」
「我々は、ネバーギブアップの精神で戦っていくだけです。 」
「相手を尊敬はしますが、怖がってはいません。我々は自分達のクオリティーというものを信じていますから」

5月3日第10節G大阪戦 敗戦後の会見にて
「今日のグランパスは少し優しすぎた。サッカーの試合とは「小さな戦争」だという事を選手達に伝えたい。」

3連敗した後の5月6日第11節FC東京戦(アウェイ)を前にして
「守備だけに行くと言うのであれば、死んだも同然です。」

5月25日ナビスコカップH浦和戦 津田選手を途中交代で送り出す時の言葉
「おまえの最高の力を、全て出してこい」

5月31日ナビスコカップ京都戦に左SBでスタメン初出場した高卒新人の佐藤に対して。さえない前半のハーフタイムに
「おまえを起用したのはおれ。責任はおれにある。ミスしてもかまわないから思い切っていけ」

ドラガン・ストイコビッチ迷語録

キャンプにて
「納豆を食べろ。(体が)強くなるから」

【ドラガン・ストイコビッチ 秘話】
 1990年Wカップ予選でユーゴはフランスを破り本選出場を果たした。ピクシー
の華麗なボレーシュートで。

 フランス代表はピクシーの活躍でW杯出場することが出来なかった。W杯終了後、
ピクシーはマルセイユに渡った。ピクシーはそのフランスリーグで執拗なマークと
アンフェアなジャッジに合い、怪我に泣いた。その結果、満足いく結果が得られな
かった。日本に渡るも、リネカーの陰に隠れ、実力は評価されなかった。ピクシー
はフランスリーグのジャッジングの悪い思い出から、出場しても日本人審判の
ジャッジングにまで疑念を抱いていた。

 そのピクシーを救ったのは、ピクシーの真の実力とその過去を知るフランス人、
ベンゲルとデュリックス、パシだった。彼らはピクシーの能力に最大の信頼を置い
ていた。ベンゲルがピクシーの心の痛みを名古屋で癒したのだ。

 民族問題の深刻さを知る旧ユーゴの名プレイヤー達がピクシーを敬愛する理由
のひとつに、フランスのW杯出場を阻止した自国の英雄が、フランスのなかでも
気性の荒いサポーターの多いマルセイユに渡りプレーすることを決めたことにも
ある。マルセイユサポーターからさえも罵声を浴びされたにもかかわらず、
フランス人を恨まなかったピクシーの人柄がそこにある。

 ピクシーのサッカーに国境はない。
そこにあるのは、美しいサッカーを愛するひとりのフットボーラー、ドラガン・
ストイコビッチなのだ。

ピクシーの選手評価

玉田

好きな選手だった

村上(通訳)

中村直志


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最終更新:2008年06月25日 08:16
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